14個目
パン屋さんを素通りなんて出来るわけない。
この世界に限ったことではないが、パンの香りには逆らえない。吸い寄せられるように、店内に入る。
「いらっしゃい。おはよう、ロロちゃん。白パンが焼きたてよ」
店主の妻カルーネが、客のパンを袋に入れながら声をかけてくれた。店主のダンノが奥の厨房で一人でパンを焼いている。【カルーダンのパン】。五十代の夫婦だけでやっている小さい店だ。白パン二個と、すぐに食べる豆パンを一個注文した。
白パンは何でも合うから好きだ。スープやパスタソースをつけてもいいし、ジャムにも合う。上を十字に切ってチーズや刻んだベーコンを入れて軽く焼いても‥‥‥。
「こりゃたまらんわ」
「ねぇロロちゃん、最近思ったことが口に出てるわよ」
「おっと」
魔法鞄を作ってもらったら、白パンをいっぱい注文予約しようと思った。
パン屋の前にベンチがあり、空いていたので座って、豆パンを食べ始めた。うんまい。
‥‥‥お茶が欲しい。
目を瞑って、再び便利な魔法鞄のことを考えてしまった。鞄に手を突っ込めば、用意しているお茶が出てくる‥‥‥。
「どうぞ」
お茶が出た。
驚いて顔を上げると、薄黄の髪色の見知った青年だった。魔法鞄職人メリー・バッガーの弟子だ。
「ザックさん」
口の中のパンを飲み込んでから名前を呼ぶと、再び「どうぞ」と薄い青色の丸いグラスに入った冷茶を渡してきた。リュックを手に持っていたので、そこから出したのだろう。
「あ、ありがとう」
せっかくなので、いただくことにした。ほうじ茶みたいな味‥‥‥美味しい。
ここいい?と、ザックは隣に座ってきた。
「そのグラス、良かったらあげる。入れた飲み物が冷たくなるグラスなんだよ」
「おおっ!え?でも」
「まだいくつか持ってるんだよ。それ、コイルが作ったんだ」
コイルは、魔法道具職人トム・メンデスの弟子だ。
「試作品なんだよ。何度も改良しては使ってみてって僕にくれるんだ。今度からカフェでしばらく使ってみるみたいだよ。商品化も近いかもしれないね」
「すごい!商業ギルドにも?」
「特許取得して、あとは任せるって。貴族にも平民にも皆が使えれば嬉しいからね」
「職人さんの創造力と努力のおかげで、私たち便利な生活ができるんだね」
「‥‥‥」
「‥‥‥?」
急に黙ってしまったザックに、ロロは戸惑った。何か失礼なことを言ってしまっただろうか。
「僕はまだ、自分で何も出来てないよ」
ザックは苦く笑った。
「考えても仕方ないってわかっていても、このところ眠れない日があって‥‥‥情けないな。コイルもユルも、凄いから‥‥‥」
ああ、そうか。
この人は、焦燥感に苛まれているのだ。
「ごめん、今の言葉忘れて!これからギルドに行くの?」
「うん」
「一緒にいい?女性が持ちたいような魔法鞄も参考にしたいから、着くまで話がしたいんだけど」
「それ、私で参考になる?」
ロロは苦笑いをした。自分の格好はとても女性らしくない。今日も安定のワークパンツだ。
「いや、あの、格好じゃなくて」
「大丈夫ですーありがとうございますー」
「女性視点でってことだから!」
困った顔の薄黄色の瞳は、新しい何かを得ることで輝きを増すだろう。手にはメモ用紙がある。きっと、どんなに悩んでも、目指すべき魔法鞄職人の理想を高く掲げて、この先も進むのだ。
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