不自然な動機
「あの日、君は付き合っている彼氏の丸山玉男とデートでショッピングモールに来ていた。そうだね?」
「はい」
「そのショッピングモールには5階の高さまで昇降する4人定員のゴンドラがある。吹き抜け部分に作られたもので、移動のためではなく展望目的で設置されてある。柵の高さが約1メートルと低く、安全ベルトのようなものもなく、結構スリルリングなものだ。事件発生時、ゴンドラに乗っていたのは君達2人だけだった」
おれが無言で返事を促すと、眞尋ちゃんは仕方なさそうにうなずいた。
「……はい。でも、あんまり思い出したくないんですけど」
おれは構わず続ける。
「ゴンドラが3階まで昇ったところで、彼が言ったんだよね? 『俺、好きな人ができたんだ。だから、お前と別れたい』」
「……はい」
嘘だと確信した。
「それでムカついて、つい、殺意が芽生えてしまって、突き落とした、と」
「だから何べんも言ってるじゃないですか!」
彼女の語調が少し荒くなる。
「早く刑務所に送ってくださいよ!」
いや、やっぱりおかしいだろう。
そんなドキドキするような場所で、いきなり別れ話なんて切り出すか?
丸山玉男がそこでそんな話を持ち出したなんてのは嘘だとおれは確信している。柵の低い、スリリングなゴンドラの上……それは吊橋効果を狙って愛を告白すべき場所であって、危険な別れ話をするところではない。っていうか今どきよくそんな危険な乗り物をショッピングモールが設置してたな。この事件があってからようやく問題視され、今は利用不可能になっていると聞くが。
「東尋さん」
おれははっきり本当のことを言ってあげた。
「おれは鼻が利くんです。あなたが嘘を言っていることが、わかる。どうして嘘をつくんです?」
おれがそう言うと、彼女は慌てたように目をそらした。おれは続けた。
「丸山玉男がゴンドラから落ちたのは多くの人が目撃していますが、あなたが彼を突き落としたところは誰も見ていない」
そらしている彼女の目(まつ毛が長い)をまっすぐ見つめ、俺は言った。
「そして丸山玉男がそんな場所でいきなり別れ話なんか始めるのはあまりに不自然だ。あなた達は結婚も予定している仲のよいカップルだったとの調べがついています。だとすれば、あなたには彼を殺害する動機がない」
「だから『つい、やってしまった』って言ってるじゃないですか!」
眞尋ちゃんがおれの目を睨んだ。かわいい。
「あるでしょう? 彼が私を大事にしてくれないって思うようなことがあったら、つい彼のノートパソコンを2階から投げてしまうとか、自分の運命の相手じゃなかったって痛感したら、つい傘で身体中突き刺してしまうとか!」
あるのか? いや、おれは女性と付き合ったことがないから知らない……。
「愛と憎しみは裏表! いわば同じものなんですよ!?」
彼女のその言葉に何やら胡散臭い匂いがした。それはまるで映画で聞いた台詞を喋っているような━━。