第7話「ああ、坊やもそろそろ麻雀打ちたいだろ? アタシが最初はアシスト役をしてやるから、上手にやるんだよ」
二三四五六七八九①②③13 ツモ八 ドラ二
一通と三色になりそうな手だが、三色目はほぼない。正着は九切りリーチ。
しかし序盤八巡目までは打1索の方が期待値が上回る。
「代打ち?」
「そう、代打ちさ。アンタも興味があるだろう?」
今日も今日とて、マオと洗牌からの山積みの練習に励む。
マオとの積み込み勝負は負け越してばっかりだが、最近は欲しい牌を10〜11枚ぐらい積めるようになってきた。
マオは相変わらず14〜15枚をさっと積んでしまうぐらい手捌きが早いが、俺も徐々に慣れてきた。マオの妨害を先読みできるようになってきたのだ。これで、マオの散らしをうまく回避して、ようやく10枚程度である。
欲しい尖張牌と赤牌は合わせて総数27枚なので、ここからはマオとの拾い合い、速さ勝負になるだろう。
こちらから逆にマオの積み込みを妨害するまでには至っていないが、それでも成長している実感はある。
積むのは難しいのだ。
「代打ちって……俺がやってもいいのか?」
「ああ、坊やもそろそろ麻雀打ちたいだろ? アタシが最初はアシスト役をしてやるから、上手にやるんだよ」
俺は思わずマオの顔を見た。彼女は上機嫌そうだった。
芋引いたら即オヒキをやりなよ、と意地悪っぽくいうあたりはマオらしいが、何だかんだ彼女は俺のことを認めているのだ。
「そっか……代打ちか……」
思わず俺もニヤける。
代打ち。雇われて代理で勝負をする、勝負師のこと。古い言い回しでは傭兵ともいう。
雀士ギルドに登録された登録冒険者とはまた違い、フリーの傭兵は、強くなくては生きていけない。
雀士ギルドに登録しつつも、裏稼業として傭兵業を営むものも一部いるが、大抵の傭兵は雀士ギルドに登録せず、己の腕前だけでストイックに生きている。
ヤミテン暗殺者、オタ風のヲタ、老頭ロリババア、クソ鳴きメスガキ、策略姉妹――この世界に名だたる強豪は数多く存在する。
もちろん、ツンデレフリテン姫や、七光りチート王子のようなとても強い貴族もいるが、やはり傭兵稼業はロマンである。
「で、誰の代打ちをするんだ?」
「遊郭さ。潰れかけの遊郭の楼主が、一世一代の賭け麻雀をやろうってんだ。それでアタシをご指名なすったってわけ」
賭け麻雀。
殺生に関わる行為を神様に禁止されたこの世界では、よくある勝負である。
たとえば、商会と商会の揉め事。
たとえば、女性を巡っての勝負。
たとえば、徴税の利権を決めるための貴族同士の契約。
今回は、遊郭の経営者が借金で首が回らなくなって、とうとう賭け麻雀に打って出るのだという。
「というわけで、坊やには【列】の基本をたっぷり教えてやろうじゃないか」
「【列】……コンビ打ちのことか?」
「ああそうさ」と答えるマオの目が細くなった。
その表情を見て、今からおそらく、もっと密度の濃いイカサマの手ほどきがされるのだろうな、と俺は直感した。
◇◇◇
家宝の魔術書に物申して良いのは、正当な跡継ぎのみである。家宝とは家の格そのものである。記述内容にそうやすやすと口を出せるものではない。
“ホウラ家の魔術書は、間違っているかもしれない”――いかに神童と誉れ高かった分家筋の少年とはいえ、これはやりすぎであった。
これは、ホウラ家そのものへの批判ともとれる。先祖代々継いできた教え、精神、伝統そのものを否定するような物言い。
仮にそんな意図がなかったとしても、お家取り潰しもあり得るほどの暴挙である。
「……」
ホウラ家当主、ボーテン・ワンショット・ホウラはずっと無言を貫いている。事態を重く見ているとも、興味がないとも取れる態度だった。
そのため、当主よりも周囲が侃々諤々と議論を進めている。
まだ年若い少年である、と擁護する声。
厳格な処分を下すべきだ、と怒りに燃える声。
二つの声に挟まれながら、手紙を受け取った本人、ポーダンジェは暗い顔で俯いていた。
「……本当、馬鹿な人」
ポーダンジェは知っていた。ロナルドはそういう少年だと。
麻雀に対してどこまでも真摯で、そして麻雀以外のことにとても疎いのだ。
彼は無邪気すぎる。
より正しい理論があると分かれば、人はすぐ考えを改められると思い込んでいる。自分がそうだから他人もそうだ、と信じている少年なのだ。
現実は違う。
伝統に凝り固まった人間もいれば、保守的な価値観の人間もいる。
「――こうなっては、麻雀で決着をつける他あるまいですな! 神前にて試合を行い、証を立てていただこうではないか!」
貴族の一人が息巻いた。ホウラ家の親戚筋にあたる、マリガン子爵である。
周囲の貴族も同調したように頷いた。
麻雀で決着。
これは、事実上の“なんでもあり”である。
スキルのない彼と、ホウラ家側が用意した代打ちとで勝負を行うのだ。
どう考えてもロナルドのほうが不利である。
「回りくどい、一思いに断罪すればよかろうに。あの少年に弁明の余地はないぞ」
「そうは考えませんな! この世は実力こそ全て、大口を叩いた以上は責任を取っていただく。ロナルド少年も、麻雀で戦った上での結果であれば、納得するであろう」
より過激な貴族は苦言を呈していたが、マリガン子爵はそれを跳ねのけていた。
助け舟を出しているのか、突き放しているのだか分からないような子爵の口ぶりだったが、おそらく両方なのであろう。
あるいは助け舟を出すにしても、これが精一杯なのかもしれない。
「ポー、アニー。ロン君と戦いなさい。大人が子供をあしらうのはあまりに大人げない。少年の若気の至りは、同じ世代でケリをつけるといい」
片隅で話を聞いていたポーダンジェとアニーに水が向けられる。
マリガン子爵は、どうやら二人に戦ってほしい様子であった。
「そう、ですか……」
「……ちぇ」
二人の回答は、沈黙であった。
そして、この場において沈黙とは、肯定の意味であった。
◇◇◇
このとき、ロナルド少年にはまだ希望があった。
若気の至り、子供のいたずらである、と扱われる余地がまだ残されていた。
アニーとポーダンジェに叩きのめされてしまえば、彼もきっと目を覚ますだろうと思われていた。
――全ては、仮定の話である。