第6話「後日、この手紙がどのようなことを招くか、この時の俺はまだ知る由もなかったのである」
二二四五六六七③④34北北 ツモ② ドラ⑧
打北。
和了確率は打二が上で三色も狙えるが、確定断么九になるため期待値は打北が上となる。
(※聴牌確率は七巡目時点で、82%と87%)
ちなみに
二二四五六六七②③④23北北
の形で確定断么九にならなくても、微差で北対子落としのほうが期待値が上になる。(が、この場合は後手を踏んだときのケアとして北残しとする打ち方もある)
麻雀の技術書――転じて魔術書。
この世界では、魔術書はかなり高価な値段で取引されている。
そうなるのも当然である。普通は麻雀の戦術なんて誰も大っぴらにしようとしない。
麻雀の強さがこの世界では全てなのだから、自分の強さの秘密を公開する人などいるはずもない。
そんな状況であるから、歴史ある貴族の家には、一家代々受け継いできた奥義書のようなものが存在するのだ。
大貴族たるホウラ家にも魔術書はある。
そこにはこうある。
“対子落としはなるべく離して切るのがセオリー”
“リーチの宣言牌のまたぎ筋は危険”
などなど。
これらは短い格言のようなものだが、魔術書の中には理由も詳細に記載されてあった。
俺はそれを読んで、しばらく唸っていた。
記載されているセオリーは、確かに納得のできるものである。
だが、古い。
俺の直感に反する。
魔術書を読みながら、俺はまた別の可能性を検討していた。
(なるほど、対子落としは癖があるから読まれたくないのだろう。だけど俺は平気で対子落としするけどね)
対子落としのパターンはいくつかある。
断么九を狙うとき。
ターツオーバーの3トイツ手等をほぐすとき。
ベタオリのとき。
いずれにせよ、対子落としをする相手は、単騎待ちの可能性が極めて低くなる(※トイツを落とした後、単騎待ちになるのはレアケースで、例えば、224567北北の24カンチャン選択→北ツモで4567北北北のノベタン変化→西ツモで456北北北西の西単騎、など)
また、間を離さずに対子を落とした場合、そいつは一向聴以下である確率が高い。
そのため対子落としをそのまま素直にしてしまうと、他家から押されやすくなるのだ(単騎待ちは警戒しなくてよい、かつ聴牌してない確率が高いため)。
もちろんこの読みは、手出し、ツモ切りを全部見ている前提でのテクニックである。
対子落としは離して打て、とはその情報を与えないためのテクニックである。
しかし、俺はこれを実践していない。
ほぼ安牌のオタ風対子ならともかく、普通に危険な牌の対子ならさっさと処分するに限る。自分が一向聴という情報は与えてもOKである。
どうせ対子落としになるときはだいたい好形(愚形ならシャンポンの種にすることが多い)だし、意味のない対子の片割れを残すぐらいなら、フォロー牌 or 安牌を抱えるスペースにしたい。
対子の片割れをしばらく残して、聴牌になってから切る、ということになってしまうとむしろ危険度が増してしまう。
押されないように情報を消すのではなく、押されたときに押し返せる手組みにしておくことのほうがよっぽど大事なのだ。
それにもう一つ。
俺は次の記述に目を落とした。
リーチ宣言牌のまたぎ筋が危険というのはやや古いセオリーになる。
(まず、言葉が正確じゃない。手出しリーチならその通り、ツモ切りリーチならその前の手出しのソバが危ない)
ソバテン、という言葉がある。出した牌のソバの数牌が危ないという読み方だ。
例えば3切りの時、233からの3切りを警戒し14索が危ないという読み方だ。手出し3索の隣の筋であるこの14索をまたぎ筋という。
(他にも裏筋と疝気筋があり、裏筋は一つ内側の跨がない筋、疝気筋は二つ内側の跨がない筋である)
このまたぎ筋が使える理由は、リーチ直前までは完全一向聴に構えようとする人が多いからである。
ソバテンにもいくつかパターンがある。
■隣の牌
112から1or2切りリーチ
122から1or2切りリーチ
223から2or3切りリーチ
233から2or3切りリーチ
334から3or4切りリーチ
344から3or4切りリーチ
445から4or5切りリーチ
455から4or5切りリーチ
(1〜5と5〜9は対称形なので上記のパターンになる)
■二つ隣の牌
113から1or3切りリーチ
133から1or3切りリーチ
224から2or4切りリーチ
244から2or4切りリーチ
335から3or5切りリーチ
355から3or5切りリーチ
446から4or6切りリーチ
466から4or6切りリーチ
(1〜5と5〜9は対称形なので上記のパターンになる)
上のパターンを見ると、ソバテンを警戒すると
1切りリーチ:23
2切りリーチ:134
3切りリーチ:1245
4切りリーチ:2356
5切りリーチ:34(67)
が危ない、という読み方だ。
(※要するに、直前の手出し牌の1〜2個隣の筋である)
これが使えるのは、「相手の理牌後の手出しと入り目がどこかを見ておく」という前提がつく。
なぜなら基本的に、聴牌受け入れは複数あるからだ。
例えば。
223四五という構え方の完全一向聴のときを考える。
このとき、14索を引いても、三六萬を引いても聴牌になり2が出ていく。
だが、2索が出たからといってソバテンになっているかというと、50%の確率でソバテンではない。
すなわち、入り目がどこか、を見抜く必要がある。
(リーチ宣言時の最終手出し牌のソバテンであるかどうかは、最終のツモ牌入り目が萬子、筒子、索子のどこらへんに牌を入れたかで判断すればいい)
例えば。
相手の理牌により、どこらへんに萬子、筒子、索子があるかを事前にチェックしておく。
そして、相手からリーチがかかったとする。
最終ツモ牌入り目が筒子エリアで、最終手出しが筒子のとき、「待ちは多分筒子以外(今入ったのが筒子のため)」と予測することができる。
逆に、最終ツモ牌入り目が筒子エリアで、最終手出しが萬子のときは「待ちは多分萬子でソバテン(萬子のターツをフォローしていた関連牌を捨ててリーチしている可能性が高い)」と読めるのだ。
(宣言牌ではなく、最終手出し牌。最終手出し牌のソバテンが危険かどうかは、入り目がその色と一致するかどうか。入り目が同じ色のときは、その色は埋まったばかりだから比較的安全、入り目が違う色のときは最終手出しのソバテンの可能性大、が正解だな)
魔術書を閉じながら、俺はしばらく考えこんだ。
ホウラ家の魔術書を書き換えたりする権限は、今の俺にはない。むしろ大事な家宝に勝手に落書きするとは何事だ、と騒がれてしまうだろう。
たとえ、書かれている内容が間違っている理論であったとしても、そしてそれを正そうとしているだけだとしても、到底受け付けられないだろう。
それでも――と俺は少し思う。
ポーダンジェだけには教えておくべきだろうか。
いや、それでさえも問題になるだろうか。
しばらく悩めども、答えは出ない。埒が明かないので、俺は、ポーダンジェに手紙を書くだけにとどめた。
“ポーダンジェへ。家宝の魔術書について、内容に間違いがあるかもしれない。また議論しよう。ロナルドより”
――後日、この手紙がどのようなことを招くか、この時の俺はまだ知る由もなかったのである。