第5話「麻雀牌へのガン、ここから転じて魔眼さ。坊やにはちょっと早いかなと思ってたんだけど、気付いたんなら話は別だね」
四六六②③④⑥⑦⑧1134 ツモ① ドラ西
①ツモ切りが正着で、一番和了に近い。
だが序盤六巡に限れば1トイツ落としの期待値が上回る。
タンヤオと一通が見える牌姿に変えられて、かつ後半に鳴きも望める。
「七枚ぐらいしか積めてないじゃないか。ほら、よく見るんだ。直前の局の相手の河とか手牌はどうだったんだい?」
今日も今日とて、マオとの洗牌訓練である。
もとい、積み込みの訓練である。
積み込みのコツは、洗牌の時、手の中に有効牌をため込むだけ。
必要な牌を手の中に、不要な牌を手から外に出す感覚を身に着けることが大事である。
目の良さ、記憶力が試される。
慣れないうちは、手に入りきらない分の必要牌は、自分の胸元へと転がしておいて、そしてもう一度手に収めなおしたりするぐらいの牌の散らしもやっておくといい。
「おいおい、気が散ってるのかい? 赤牌は色で目立つからぼーっとしててもだいたい分かるけど、尖張牌はちゃんと目で追っておきな」
気が散っていると指摘される。
もしかしたら、敏いマオには気づかれてしまったかもしれない。
公開試合でポーダンジェと麻雀を打って、情けない和了を見せてしまったこと、それで今俺が落ち込んでいることを。
俺が、まだあの負けを引きずってしまっていることを。
だがそれだけではない。俺がうまく積み込めないのはもう一つある。
(分かってるとも、だけど、マオに先に拾われるんだからそう簡単にできるはずないじゃないか!)
積み込み練習は一対一で行う。積込の山をお互いに作る。十七トンを作り上げたところで山の開示を行う。
ただそれだけ。
だが、手の動きがしなやかなマオ相手だと、どうしても先にキー牌を拾われてしまうのだ。
経験の差と言うべきなのだろうか。
うまく拾えたと思った矢先、手の下に貯めていた牌を払われて崩されてしまったり、要らない牌をこちらに寄せられて壁を作られてしまったりする。
一つの渦のように両手を回す動作。
二つの渦を左右に作るように回す動作。
無限の字のように手を振る動作。
ただ混ぜているだけの所作だが、これらが的確に使い分けられている。
たとえば一例を挙げると、奥の方の有効牌を自分側に寄せるときには一つの大きな渦を作り、自分の側に寄ってきた有効牌を守るときには左右に渦を作るのだ。
そして多分、要らない牌を押し付けるときに無限の字の手でかき分けている、ような気がする。
やはりマオは、麻雀の所作に限って言えば何をとっても上手だった。
頑張って真似ようと試みるも、彼女の動きの方が何倍も丁寧で綺麗であった。
まずもって基礎に差がある。
山を積む速さ、目ごろの牌を見つける速さが違うし、なにより牌を薬指や小指で操る技のうまさも段違いである。
こればかりは練習が必要であった。
それにしても、である。
大まかな領域で見分けているのだろうか、マオの最初の洗い方はとても大雑把にみえる。
なのにきっちりと有効牌を拾っているのだ。
(いや、それだけで説明できないほど、確率的におかしい。牌は6面ダイスに近似できるから、一つの角度から確認できる面数は3/6。つまりランダムに洗牌される尖張牌と赤牌で、目で把握できる牌数は13.5牌程度のはず。前局で河に出たもの、自分の手牌などで見えた有効牌が10枚程度だとしても、残り27-10=17牌の半分の8.5牌と足して18.5牌ぐらいまでしか把握できないはずなんだ。その18.5牌のうち、俺が7、8牌ぐらい押さえているはずなのに、彼女は平然と15牌ぐらい積んでいる……)
そう。
確率では到底説明しきれないほど、彼女の有効牌把握力はとても高い。
まるで牌がわかっているかのような把握能力。
俺とこんなに差がつくなんて、普通だったらありえない。
「もしかして牌の背中に、印か何か付いてるんじゃ……」
「! アンタ、魔眼に気付いたね?」
俺がつぶやいたと同時に、マオの赤い目が、獲物を見つけたときの猫のように輝いた。
らんらんとしている。とても嬉しそうだった。
「麻雀牌への傷、ここから転じて魔眼さ。坊やにはちょっと早いかなと思ってたんだけど、気付いたんなら話は別だね」
「ま、がん?」
「ガン牌ともいうけどねえ。さあ坊や、気付いたんなら今度は利用してみな。そのうち丁寧に教えてあげるけど、最初は自分で頑張るって経験も大事さ」
さあ、もう一度積み込み練習だ――とばかりにマオは俺の手を取って洗牌を続けさせた。
気付いたからと言われても、じゃあそれを利用だなんていきなりそんなことできっこない。
何せこちらは、傷のパターンに気付いたわけではないのだ。そもそも、どんな傷がついていて、それがどの牌なのかまったく見当もつかない。
「指使いがきれいな男はモテるんだよ。ほら、ちゃんと頑張りな」
嬉しそうなマオには悪いことだったが、俺はしばらく勝つあてもない積み込み勝負に明け暮れるのだった。
◇◇◇
王国には【暗殺者】の一族がいる。
神によって殺生が禁じられた時代においても、その一族はまだ穢れ仕事を引き受けていた。
殺すことはできない。だが、代打ち稼業はできる。
闇に紛れるその雀士は、教会に雇われて、今日も麻雀を打っていた。
「【暗殺術】……リーチです」
第一打、リーチ。
供託1000点を置き、少女はそのまま手を進める。
二打目、手出し。そのあとも手出しが連続し、どんどん手が組まれていく。
五六六24677①①②②② ツモ5 ドラ⑧
打六と打2の天秤である。
打六が一番手広いが、ノミ手にしかならない。
ロスが少なく、すんなり六①7ツモの三暗刻目にも備えられる打2の期待値がどうしても高くなる。
先制両面リーチが取れるメリットが大きいのは事実だが、筋が絞り込みづらく、かつツモ和了で1300手が満貫になるこのシャンポンが偉い場面は多々ある。
ただし、この【暗殺者】にとってはこの手はほぼ確定で打六であった。
スキル、【暗殺術】。
局の開始時にリーチ宣言可能。表ドラと赤ドラを放棄する。リーチ後も手替え可能。鳴き聴牌は不可。また流局時にノーテンの場合は、確定で自分一人のみ三人に罰符を支払う。
このスキルが厄介なのは、いつ聴牌したのか周囲にはわからないところにある。
火力こそほとんどなくなるが、和了にまっすぐ向かっていけばほぼ不意打ちのように他家からロン和了できるようになる。
これさえあれば。
仮テンでもなんでも和了可能になる。
しかもこの手組は、ドラが使いづらい手で、赤ドラや表ドラの後引きに期待するぐらいなら初手【暗殺術】で周囲を脅しておいた方がいい手なのだ。
供託1000点で一本場、配牌時が
一五六九2477①①②②北發
のトイツ手っぽい三シャンテンの形から、七対子を見て先に【暗殺術】リーチを放つのが、彼女の戦い方である。結果的にメンツ手に育ったのは、あくまで結果論である。
①トイツ落としができないなら出和了ダマテンが効かないので、これが和了までの最速なのだ。
10巡目、ツモr五は結果論。
むしろ赤五萬をツモって、周囲の火力を削ることができて僥倖だと考えるのだ。
r五六245677①①②②② ツモ四
先に両面を埋めて、打2に構える。
カンチャンの24か、シャンポンの77①①の比較だが、②の壁がある分①が出やすい。
このカンチャンとシャンポンは優秀で、打2でも打7でもソバテンにならないのがよいところである。しかも、場合によっては危険牌候補の568索や③筒は手に収められる。
今は誰もそんなに前に出ていないが、今後危険になっても"受け"に構えられるのだ。
そして。
「ロン。裏ドラが四で、2600。一本場で2900です」
供託と合わせて3900の和了。
供託1000点を細かく拾いに構えられるのもメリット。使えない表ドラでノミ手リーチしたくない場面でも裏ドラを乗せて行けるのもメリット。
これがこの【暗殺術】スキルのいいところである。
「……おう、闇テンのヤミか。仕事が回ってきたぞ」
「……聞かせて」
ヤミと呼ばれた少女が答える。
声をかけられても微動だにしない。次の局の配牌、打牌のリズムは全く狂わなかった。案の定この局も【暗殺術】リーチがかかる。
ヤミは通常のリーチも、通常のダマテンも、鳴き麻雀も使いこなす。そして【暗殺術】リーチの使いどころもわきまえている。この使い分けが効果的だからこそ、【暗殺者】なのだ。
「古の魔王の再来……魔王の血族なのか子孫なのかしらねえが、この龍人族の女が次のターゲットだ。このあたりの賭場に長く住み着いている腕利きの女だが、とある大商会様を怒らせちまった」
「……そう」
ヤミはその黒い髪を少しだけ揺らして、短く答えた。