第4話「まーじゃんで世界最強? チートスキルもない貴方が、麻雀で優勝できるわけないでしょう?」
一二三三四六七③23478 ツモ9 ドラ⑤
本来は打③。
三色の可能性があっても、打③の方が形が強く、萬子のほぼどれを引いてもリーチが打てる強いイーシャンテンになる(しかも二萬以外愚形にならない)。
しかしドラが①~⑤の時は、三色+ドラを拾える可能性を残す打三が期待値を上回る。
かつて、大陸には「龍」がいました。
王牌に鎮座するもの。
この世界の構成要素――白、發、中の三元を司るもの。
しかし龍は、いつの間にか、人々に忘れられてしまいました。
人々は、力を求めたのです。
教会の聖女の手によって、人々に恩寵が与えられはじめたのは、まさにそんなときのことでした。
――古い言い伝えより。
◇◇◇
「よく聞きな、ロン。アンタが見破ったイカサマは、ベタ積みとぶっこ抜きっていうんだ」
賭場の片隅にて。
山を作りながら、マオは俺にわかりやすいように解説を入れてくれた。
俺が見破ったイカサマは二つ。
自分の山の上ツモと下ツモ、好牌と使えない牌を片寄せして積み込む技。
自分の山から有効牌をぶっこ抜く技。
「ベタ積みは簡単さ。中張牌を拾うといっても普通の中張牌じゃだめだ。端的に言えば、尖張牌(37牌)と赤牌を拾って、自分のツモ山に置くのがいい。自分が上ツモになる東家、西家なら上に、自分が下ツモになる南家、北家なら下に積むだけさ」
そういってマオは、ベタ積みの山を開いて見せた。
マオのベタ積みは見事であった。
37牌と赤牌を合わせて十三枚も積み込んでいる。13/27、約半数がこの山に吸収されている。
ごく自然な積み方に見えたのにこれだけ偏っているのだ。もっと頑張れば17枚全部を37牌と赤牌にすることも可能であろう。速くて綺麗な手つきだった。目で捉えきれなかった。
尖張牌である3、7の数牌は、ほとんどの順子に関わってくる牌である。
何といっても、456の順子以外はすべて尖張牌を使用している。45、56の両面待ちでさえ、片方は尖張牌待ちになる。
これを利用して、尖張牌をごっそり自山に積んでおけば、たとえ他家のリーチが来たとしても、自分の山に差し掛かるまでは比較的安全に突っ張ることが可能……という応用もできる。
これを応用して、意図的にトイツ場っぽく仕向けることも可能である。
自分の山に差し掛かるのがぐっと遅いときは、トイツ場っぽい様相になりやすい。
なぜならば、順子を作るキー牌となる尖張牌が山に深く眠っているからである。
後は、自分の牌姿に合わせて打ち方を変えればいい。
トイツ場に従うか、自分のツモりやすい37牌を絡めた順子系の手にするか。
加えて、赤牌もこの山に抑えてあるので、自然と上家、下家の火力と速度を殺している。
「で、これがぶっこ抜き。左手芸ともいう。自分の山に不要牌をくっつけて、自分の山からその分牌を補充するのさ」
見てごらん、坊や――と俺を股の間に座らせて、マオはそれを瞬時に行った。
なんだか子ども扱いされているようで恥ずかしい、と一瞬照れてしまったが、それはすぐに霧散した。
鮮やかにすり替わったのだ。
左手の中で二枚牌を重ねたことだけはわかった。そのあとそっと、前に山を差し出したことまでは目にとらえた。
だが、いつの間にか右手に二枚牌が吸い付いていたのは驚いた。
今、山を差し出しただけのように見えたのだが。
これを序盤に数回行うだけで、ツモ回数が劇的に増える。不要牌の整理だってあっさりできてしまう。これができるなら、ペンチャンなんて消えてしまうのも理解できる。
残りツモが11回以下であれば、ペンチャンより3~7までの孤立牌の方が不利だが、この交換が三回ほどできれば6巡程度でペンチャンよりも有利になる。
この速さ。
この鮮やかさ。
俺が目を丸くしていると、マオはいかにも嬉しそうに笑っていた。
「これを、アンタがやるんだよ。最初はゆっくり丁寧にやりな。速さを上げるのはもっと後でいい。空中でいったん止めても牌がこぼれないようになってから、速さを上げていくといい」
◇◇
ポーダンジェ・チューレン・ホウラ。
俺の従妹であり、天使の肌なんて名前に恥じないぐらい、愛らしい少女である。
そして彼女こそ、ホウラ家の本家筋の娘。
彼女に宿る血筋の高貴さは、彼女のスキルが物語っている。
名を【転移無縫:3】。
自分が親番の時に、ツモをする前に発動可能。
次の局の親番を強制的に次の人に譲る。
またこのスキルを発動した局、発動者は、九蓮宝燈以外のロン、染め手以外のツモができない。
自分の手牌を三枚まで、相手の捨て牌と交換することができる。
この時交換された相手は、交換した方の牌を捨てた扱いになる(フリテンになる)。
このスキルの怖いところは、染め手を作っていれば三向聴からいきなり聴牌即リーチまで持っていけるところである。しかも、待ちは大概両面以上の好形に持っていける。
親番に染め手をツモ。シンプルに強い。
加えてこのスキルは、後手を踏んだときも使える。
相手の危険牌を掴んだとき、それを相手の河に置けばいいのだ。
例えば、相手のリーチが来た時。
その相手に通っていない危険筋最大三枚を交換する。うまく行けば、相手のリーチをフリテンまで弱体化させることができる。
まさに、チートスキルである。
今日は、ホウラ家の親善試合である。
この日は観客が多かった。
なぜならば、神の恩寵により与えられたスキルの、公式なお披露目試合だからでもある。
対戦相手はいずれもホウラ家に連なるもの。
だが、注目は何といってもホウラ一族本家の娘、ポーダンジェの闘牌であろう。一体彼女がどのような闘牌をするのだろうか、と周囲の貴族がにぎわっている。
もっと言えば、この日は俺とポーダンジェが思う存分に麻雀でスキルを発揮するはずだった場でもなる。
今となってはどうでもいい話だが。
南二局。
十巡目に俺が667から6を切ってリーチを放ったところである。14667を1→4→6と外した形で、他家からは46のカンチャン払いに見えるのがよい。
(いや、単純なカンチャン払いなら6を引っ張る理由がない。6はもう少し早く切るべきだったか)
二巡ほど進んだが、ロン出来そうな気配はない。
16300点持ちの四着目の俺からのリーチだし、周囲のみんなは、やや打点が高そうだからと警戒して降りているのだろう。実際は単なるメンピンドラ1の3900手なのだが。
そんな時、対面のポーダンジェがつぶやいた。
「……【転移無縫:3】」
③⑤8を俺の河に並べられてしまう。取られたのは、西と二萬と七萬。
これで、67のリーチが8でフリテンになってしまった。嫌なタイミングで交換されてしまったな、と苦笑する。
これであと五巡は、ほとんど自摸切りマシーンと化してしまった。自力で自摸上がらない限りは、他家にロンされるだけの案山子になってしまう。
それにしてもポーダンジェは萬子染めか、と納得したところで、彼女は牌を切った。
切ったのは西。
今俺から拾った牌である。
(……あ、そうか)
少し考えて気づく。降りてもいいのか。
南二局の点数状況は以下のとおりである。
上家:23600
対面:38900
下家:21200
ロナルド:15300
供託1000
この状況だと、万が一、俺が跳満をツモってもまだ余裕がある。
俺から拾った西と二萬と七萬は、(フリテンリーチでない限りは)当然俺への安牌。
ポーダンジェは、手を進めつつ、危険牌を三枚処理しつつ、万一の備えとして三巡の安全を確保したのだ。
天使のポーダンジェ。
彼女の強さは、一色手による力押しのみではない。
先手を取っても、先手を取られても柔軟に対応できるその対応力にこそある。
結局その局は、ポーダンジェが西をトイツ落とし、二萬切りしながら七八九でチーを入れて聴牌。
俺とポーダンジェのみが聴牌で、ポーダンジェはついに40000点越え。もしも彼女を捲るならば、連荘するか、親っ跳を狙わなくてはならない。これで、親以外は誰が満貫を直撃させても彼女に勝てない点差になった。
もはや、速さ勝負の二着争いになるだろう。ポーダンジェの勝ちはほぼ決まったも同然だった。
「……かつての神童も落ちぶれたものですな。やはり穢れた血ですかな」
親善試合を見ていた貴族の一人がつぶやく。
きっと誰に聞かせるでもない、ただの独り言だったのだろうが、それは俺の耳にやけに強く残った。
かつての神童。それはきっと俺だろう。
ロナルド・パーレン・ホウラ。
ポーダンジェ・チューレン・ホウラに麻雀を教えた少年。
チートスキルを授かる洗礼の儀をうけるずっと前から、麻雀で大人顔負けの活躍をしていた子供。
今の俺は、見る影もない。
今やせいぜい、必死に二着狙いの3900~5200の手を作るしかできないのだ。
(……かつての神童が落ちぶれた、だって?)
否定する言葉は思いつかない。まったくその通りだと思う。
俺には、この状況を打破するようなスキルはない。ただこの状況に食らいつくだけしかできないのだ。
ポーダンジェと目が合った。彼女は、どことなく辛そうな顔をしていた。
◇◇◇
最後は全員ノーテンの流局で終わる。
ホウラ家の代表を二名決めるこの親善麻雀で、俺は5200をロン上がりして、二着となっていた。
屈辱的な二着であった。
二着確定上がり。それは、ポーダンジェにかなわないことを暗に認めるような上がり方だった。
「……昔の貴方だったら」
去り際、ポーダンジェに背中から声をかけられた。
言葉はこのように続いていた。
「絶対に、逆転手を作ろうとしていた。多少不利でも、捲れる手を作ろうとしていたはず」
平たい声。感情を殺したような声色だったが、どこか失望が含まれているようでもあった。
かつて俺は、彼女の先生だったことがある。
かつて俺は、彼女とライバルだったこともある。
だけど、今の俺は。
俺は、ポーダンジェに負けたという事実より、その言葉を聞いてしまったことに衝撃を受けていた。
ポーダンジェが、俺に失望した、という事実に、衝撃を受けていた。
「っ、ポーダンジェ! 次は絶対に負けない! 俺は、絶対に麻雀で世界最強になってみせる! だから――」
「世界最強?」
自分で思ったよりも、すがるような情けない声が出た。
だが、それよりもポーダンジェから冷えた言葉が返ってきたことが意外だった。
その一瞬、俺は後悔してしまった。
あの情けない和了を見せてしまった俺が、一体どの口で世界最強などほざくのだろうか?
「まーじゃんで世界最強? チートスキルもない貴方が、麻雀で優勝できるわけないでしょう?」
「……っ」
「素敵な5200だったわ。とても合理的よ。でも、あなたの大事なことの優先順位が変わったような気がした」
ポーダンジェは背中を見せたまま、こちらを振り返ることもなかった。
もしかしたら泣いていたのかもしれない。
「勝つための合理的な戦略、一か八かの勝負にするための合理的な打牌じゃなかったのかしら。でもあの和了は、合理的に打つための戦略だった」
全てわかってしまった。ポーダンジェの想いを、痛いほど理解してしまった。心底後悔した。
なぜ俺は、二着確定の和了をしてしまったのだろうか。
俺のために悲しんでくれているポーダンジェに対して、俺は、何故絶対勝てないと思い込んで、あんな風に勝負から逃げたのだろうか。