第3話「世界をぶっ壊すんだろう? 俺も世界をぶっ壊したくなった」
一一二三五五六七七④⑤4r5 ツモ3 ドラ西
打七。
何も考えずに一を打ちそうになるが、亜両面二つに受ける。打五ではなく打七なのは、四萬の二度受けを回避するのと、四萬で三色がおまけに狙えるから。
マオは圧倒的に強かった。
彼女と同卓する直前まで、俺は浮いていたのに、彼女と同卓してからは負けが込んだ。
マオと打つまで、俺の半荘五回の着順平均は2.2。
だがマオと同卓してからは4着、2着、3着、2着、と俺の平均着順が2.75着に落ち込んでしまった。
半荘九回の平均をとると着順2.444となりギリギリ勝ち越してはいるものの、マオには到底及ばない。
マオは、一着しかとっていない。
しかも手順が異常なのである。
(マオの聴牌速度は異様に早い。一回のツモあたり二、三枚自模っているんじゃないか、と思うぐらいに手がよく進む)
どんなスキル持ちなのだろうか、と気になったが、マオは一度もスキル名の宣言を行っていない。
供託支払いや強制副露などの代償支払いも見たことがない。
マオはただ、普通に打っている。
普通に打って、何故か普通を遥かに上回る打点を稼いでいる。
(……彼女の和了系はチャンタ系の手やトイツ系の手が少ない。当然といえば当然だが、タンピン中心の理想的な手組だ。トイツ場っぽい場況でも平然と平たい手を作って、先に上がるぐらいにまっすぐだ。両面率も高い。
気になるのは、染め手じゃないときの愚形和了率が極端に少ない。ゼロだ)
マオの不思議な点は、その両面率の圧倒的高さだ。
普通、ドラドラのリーのみの手を先手で取った時など、愚形5200先制リーチを放つべき場面は結構出てくる。
当然、愚形でも先制できる5200(残り3枚程度)はリーチである。
変化は見ないほうがいい。
たとえ一番変化の多そうな中張牌カンチャン(35、46など)でも両面手替わりの有効牌種類は3/34(すんなりカンチャンツモも含め)で平均11巡はかかる。
中盤(残り山+王牌で60~70枚ぐらい)で、手替わり有効牌が12枚丸ごと眠っていると仮定しても、5、6巡ぐらいだ。
タンヤオがついていたり一盃口がついていてダマ和了ができるならともかく、そうでないなら先制リーチの方がよい。それぐらい先制リーチには価値がある。
だというのに、である。
マオは、先制愚形を取らないのだ。
必ずと言っていいほど、先制好形か、後手好形になっている。
彼女は、ツモが効きすぎている。
(その割に、河へのペンチャン落としはあまり見ない。そんなにペンチャンが入らないのか? と思うぐらい、彼女の牌姿にはペンチャンの形跡が見当たらない。いつの間にかペンチャンが消えているかのような確率の低さだ)
彼女は、愚形で先手を取ろうという意識が極めて薄いのだ。
もう一つ、マオの麻雀で気になる点がある。
手の読みにくさである。
マオは基本的に手が早いので、読みにくくなるのは当然なのだが、それでも手出しを見ていればある程度読めたりする。それが普通である。
例えば西①9二の手出しの牌の位置が、
???9①???二???西?
という形であれば、その人はなんとなく索子、筒子、萬子を三色使っているように見える(理牌は索子、筒子、萬子の順番っぽい)。
切り出しの優先度が西>①>9>二だったので、
「②③はなさそう」
「④持ちの可能性はありそう」
「78はなさそう」
「6持ちの可能性はありそう」
「切り順から普通のタンピン志向っぽい」
「西の隣の孤立牌が気になる」
ぐらいの読みはできる(もちろん外れることもある)
だが、マオはどうにも読みが嵌りづらい。
うまく説明できる自信はないが、例えるならば
???9①???二???西?
の真ん中の筒子ゾーンがいつの間にか端に寄せられて
???9①二???西????
のように理牌された後、いつの間にか筒子が消えて、絶一門のタンピンの手に代わっていたりするのだ。
俺のように、理牌からもある程度牌姿を読むようなタイプには、これがとても効くのだ。
「……ふふふ、坊や、アンタ最高だよ、本当にやりづらいよ」
(はっ、よく言うよ。俺の方がやりづらいに決まっている)
内心で舌打ちをする。
マオの麻雀は変幻自在である。
例えば、他家からのリーチが来た時に手出しのトイツ落としをして、こちらが「マオは降りたな」と判断したところ、こっそりダマテンの2000を張っていたりする。
かと思えば、誰よりも早く、高めタンピン三色のリーチを放つ。
こちらが油断していれば、ドラの暗槓でドラ爆のタンヤオに構える。
(だめだ、こんなに差があるのか。どう考えてもありえない。これはもう、確率的に異常だ)
彼女のしなやかな指がするりと伸びる。
マオと同卓して五半荘。
局の数では五十局余り。
この五十回ほどの闘牌に、理解が追いつかない。
まるで、牌が途中で入れ替わっているかのような奇術。
「……牌が、入れ替わっている……?」
思ったことを呟いたその時、マオの笑みが最高潮に深くなった。
牌の入れ替えは。
この世界においては、禁忌である。
特に、それを神前にて行ったものは。
二度と、神から祝福を授かることができなくなる――。
「へえ、アンタ、アヤを付けてるのかい? 証拠はあるんだろうね?」
「……あ、いや、俺は……」
「アタシはゲンを担いで、この鉄火場で糊口をずっと凌いできたんだ。伏せ牌はアタシがこれでずっとやっていくと決めたもの。これはアタシの見つけたジンクス、アタシの心意気、アタシのやり方なのさ。
命より大事なそれに、アンタはアヤをかけようってんだ。それ以上文句をつけるならば、命を賭けなよ?」
マオの赤い瞳に奇妙な力が宿ったのを感じた。
触れてはいけない一線に触れたような気がした。
周囲の観衆たちも、みんな凍ったような顔つきになっていた。"おいおいおい、死ぬわアイツ"と見放すような視線が俺に集まる。
だがそれは、逆に言えば、図星を突いたという証拠でもあるわけで。
売り言葉に買い言葉。
きっかけは、口からこぼれただけの言葉ではあったが。
俺は、思わず口走っていた。
「……俺にも、これでやっていくと決めているものが、一つある。かけがえのないものだ。それのためならば、喜んで、命を賭けられる」
俺の直感が。
俺の麻雀観が。
俺が今まで積み重ねてきた、観察、経験、あらゆるものが、俺を突き動かしていた。
これは、鉄リーチだ。
突っ張るべき局面なのだ。
「へえ? それは何なのさ?」
「それは、麻雀だ」
「……言うねえ、坊や」
胸元から煙草を取り出して、マオは試すような目付きになった。
事の次第によっては殺す、とばかりの気炎であった。
「そんなに威勢がいいんだ、坊や、証拠はあるんだろうね?」
「……それは」
ある。
あるが、それは安目だ。
安目は見逃す。高目の逆転手まで望むべきなのだ。
「確証はない。強いて言うなら、俺がそう思ったからだ。信じられるかどうか、決めてくれ」
「……おいおい、ははっ、おいおい!」
破顔。
正確に言えば、マオは笑顔のままであったが――意表を突かれた今の笑顔が彼女の真の笑い顔のように思われた。
我ながらあきれたような物言いだと思う。
人の打ち方にアヤをつけて、証拠はありません、だなんてお粗末にもほどがある。
信じてくれ、なんて何を言っているのだろう。
何を信じるんだろうか。
取り巻きの連中も、まったく何もわからないと言わんばかりの表情になっていた。
だが、俺はみんなの前で暴かないことを決めたのだ。
――逆転手は、自力でツモるのだ。
途端にご機嫌になったマオは、俺の首に手をまわして「あっはは、こりゃあいい、こりゃあいい!!」とゲラゲラ笑っている。
「おいおい坊や! アタシが強すぎて魔法か何かだと思っちまったのか? あっははあ、そりゃあ面白いぜ! 命まで賭けちゃってさ! あっははあ、そりゃあないぜ、そりゃあ傑作だ!」
傑作だ、とマオは笑っていた。
周囲にいる観衆のみんなも、当惑し、引き笑いのように失笑していた。
この場において、それで話はひと段落してしまった。更なる追及の声はついぞ上がらなかった。
ただ、マオに可愛い疑いをかけただけの間抜けな少年が生まれただけだ。
緊張で張りつめていた空気は、急にほっとしたように緩んでしまった。
もはやこの場で、マオを暴き立てようとするものはいなかった。
――まさに今、この瞬間である。
「……証拠は、お前の山の端だ。おそらく四枚の筒子が入っている」
「!」
マオにだけ聞こえるような声で突きつける。
俺は、憶測をつぶやいた。
「マオ。お前のツモ切り、手出し、理牌を俺は見ていた。お前は伏せ牌で戦っているが、それは観衆を通じた【通し】対策だけじゃない。すり替えのため不要牌を伏せるという動作を自然に見せるため、そしてすり替えの瞬間を目撃されないためでもある」
「……」
「そしてお前は、筒子をおそらく四枚持っていた。持っていたはずなんだ。それをお前は、山の端にくっつけて処理した。引き換えにお前は、山の逆の端から四枚を持ってきたんだ」
「……」
「これでお前の聴牌が異常に早い理由、お前が愚形をほとんど持っていない理由が分かった。マオ、お前は自分のツモ山と手牌を交換していたんだよ。愚形や不要色の牌は、全部ツモ山に紛れ込ませて処理して、そしてその分を交換していたんだ」
赤い瞳の彼女と目が合う。
瞬間、まったく関係ない言い伝えを思い出した。
古の時代、かつて人と対峙した魔王は、燃えるように赤い瞳だったと――。
「……は、証拠にならないね」
「なるさ。お前のツモ山を開けてみろ。おそらく、上ツモには中張牌、下ツモには一九字牌がうなるほど入っているはずだ。お前は自分の山を積むとき、上ツモ、下ツモを意図的にそろえているんだ。上ツモになるのは親と西家、下ツモになるのは南家と北家。鳴きが入らない限り、サイコロの目は関係ない。自分の山からツモるときは、自分が有利なツモになるよう調整していたんだ」
「……ほう」
「お前の山は、今、端四枚が筒子に交換されて、それ以外は上が中張牌、下が一九字牌でできている。これでも証拠にならないと思うのか?」
「……ふん、じゃあ今この場で暴いてみなよ」
マオの低い声。一触即発の危険な気配。
俺はそれをあえて、首を横に振って断った。
「いや、それじゃあお前が捕まって終わってしまう。お前が、この場のみんなにひどい仕打ちを受けるだけだ。それじゃあ意味がない」
「……何考えてやがる?」
「全部よこせ。お前のすべてをだ」
マオの瞳が揺れた。
俺は、これこそとどめの一撃とばかりに言葉をつづけた。
「世界をぶっ壊すんだろう? 俺も世界をぶっ壊したくなった」
「お前……」
「もう一度いう。世界を変えられる確証はない。信じられるかどうか、決めてくれ。俺は――麻雀に命を賭けている」
うまく説明はできないが。
俺は。
とても個人的な理由で。
この女を口説きたくなった。
なぜならば。
彼女の協力さえあれば。
俺は、この世界を、ぶっ壊せるかもしれないから。
「……龍の盟約って、知っているか?」
目の前の赤い瞳の女は、もう、笑っていなかった。その代わり、彼女の瞳は、熱を帯びていた。
◇◇◇
この日、一人の契約者が生まれた。
龍との契約。魂の結合。
魔王を彷彿とさせる、飢えた眼差しのその少年。
その名は、ロン。龍使いのロン。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
「龍使いのロン:異世界麻雀は牌効率とイカサマで成り上がる」、ついにようやくプロローグが終わりました。
本作品は、そんなのありえねーって思ってしまうチートスキル連中を、牌効率、イカサマの限りを尽くして撃破してやろう、麻雀話もできる限りたくさん詰め込んでしまおう、という意欲で執筆しております。
ここから先は、イカサマ修行編です。
マオに数々のイカサマを仕込まれる主人公。行く手を阻む、代打ちのやつら。そして、アニーとポーダンジェとの決別。
……なんてことを考えております。(でもでも、ぶっちゃけ予定は未定! なので、予定通り書きあがらなくてもご容赦いただけると嬉しいです。。。)
乞うご期待!
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