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第2話「坊やは、魔王の称号に興味はないかい?」

57999⑥⑧⑧三四五六七 ツモ3

打⑥。

理由はシンプル。4が入ったら聴牌、⑦が入っても一向聴、なのでカンチャン部分の強さは35>⑥⑧となる。




 分家筋、三男坊、スキルなし。



 ホウラ家の期待に応えることができず、あまつさえ家名に泥を塗ってしまった。

 ホウラ辺境伯閣下に恥をかかせた俺の処遇は、もはや決まったも同然だった。



 幸か不幸か、舞踏会などにあまり参加せず麻雀に明け暮れていた俺は、社交界にほとんど露出しておらず、貴族の間にあまり知れ渡っていない。

 だから、もみ消しに近い"寛大な措置"がとられることとなった。



 つまりはこうだ。

 ロナルド・パーレン・ホウラは生まれていない。

 ホウラ家の子供ではなく、単なる少年、ロナルド・パーレンとして生まれたのだ。











「おう坊主、お前、どうしてこんな場所に迷い込んじまったんだ? ああ? ぶん殴られてえのか?」



「……」



 違法賭博。

 ならず者たちが集まって賭け事に興じる場所。

 連座の商人たちがこっそり、裏で憲兵に賄賂を握らせて開催している催しであり、ホウラ家も幾分か目をつぶっている。過度な締め付けは反発を生むので、やむを得ない判断である。



 いずれにせよ、貴族だった俺が、今までまったく足を運ぶことのなかった場所である。



 周囲からの目はとても厳しい。

 貴族のおぼっちゃまが冷やかしに来た――そう受け取られても無理はない。

 だが、神によって殺生を禁じられている世界において、暴力の脅しはたいして怖くはない。



 それに、この賭博場では、金を持っている人間は拒まれない。



「……誰か、俺と賭け麻雀をしようじゃないか」



 懐から金貨の詰まった袋を出す。周囲の人間の目が、カモを見るような目になったのを感じ取った。











 ◇◇











 八八九①②④⑥⑥⑧5678 ツモ⑦ ドラ⑧

 俺は一筒(①)を手にとって打牌する。



(打①の裏目はほぼない。八八九のペンチャントイツ、②④⑥のリャンカン、5678のノベタン型、の3ブロックを育てていけば、どこかが自然と頭になってくれる)











 三五五五七七八④⑥45白白 ツモ二 ドラ②

 ここは六筒(⑥)。



 ポンテン含みで白二枚は残す。ターツオーバーなので、好形のターツを残す。よって最弱のターツである④⑥外し。

 白二枚落としをしても、結局、断么九にならない可能性がそれなりに残っているのであまり美味しくない。











 二三四②③③④⑤⑦⑧344 ツモ五 ドラ西

 手が止まる。



 三色を追うべきだろうか。

 ツモ切りか二切り、3切りならシャンテン数は落とさない。

 打4は三色狙い。三色なら4はほとんど使えないので先切りである。手にドラがないので、三色同順による翻数アップは魅力的である。



 一瞬4に指が伸びる。

 シャンテン数は落ちるが、345の三色だけじゃなく、234の三色目を残せるのが魅力である。

 それに頭候補の4を切っても、二三四五のノベタン型、②③③④⑤の連続系のどちらかで頭ができる可能性があることを考えると、ロスは少ない。

 ドラが西で活かしにくく、ほぼ誰もドラを使えない状況なので、充分形を維持しつつも多少手役を追いたい気持ちがある。



(……いや、打二か? 三四五、③④⑤が確定した形になる。ピンフの形になるならリーチでよし、②③⑦⑧5をツモったら三色を追ってよし。それに、たとえ先に4を切っても①ツモ2ツモみたいに三色崩れになる可能性が残っている……)



 打二、打4、指が迷う。

 殆どのケースでは、シャンテン落としが有効なのは序盤六巡目ぐらいまでである。

 具体例を挙げると、ペンチャンと中張牌一枚、それぞれメンツになる確率を比較したとき、中張牌は十二回ぐらいツモ回数が残っていると有利、それを下回るツモ回数しか残ってないなら不利となる。



 今回はペンチャン払いではないが、もしも序盤六巡を一つの基準にするなら、三色を追いかけてシャンテン数を落とす打4は七巡目以降は控えたほうがよいだろう。



 今は七巡目、微妙なところだが打二に構える。











 四四五六七七八八⑥⑦568 ツモ8 ドラ北

 これは四切り。



 四八がほぼ余剰牌で、四切りは一盃口の目も残る。

 ターツオーバーの形をしているが、一番弱いターツはトイツである。



(安牌じゃなくて8を残した理由は三色目を残すため。

 四四五六七七八八⑥⑦568 ツモ六 or ⑧

 になったとき五を切る手筋が残る。だがこの手形なら四萬切りで十分)











 ②③④⑤⑥22344566 ツモ⑤ ドラ四

 打2。

 ⑤、2、6が不要で、26どちらかを切れば筒子、索子ほぼ何を引いてもテンパイである。

 ⑤を切る手筋としては、35どちらでも確定一盃口となり打点が上がりやすいという利点があるが、先に筒子三面張か埋まったときの待ち枚数が悪い。











 二二四五七七③④④2233 ツモ七 ドラ五

 本来なら五を切る手。

 四対子と一暗刻。七対子の一向聴を維持しつつ暗刻手への移行も見据えられる。

 今回はドラが構成面子に入りそうなので、ドラ切りはしない。七対子を見切るなら並び対子の愚形ほぐしの打3、トイツ手に寄せるならドラ表示で一枚使われている打四。

 ここは、打四でツモの流れに任せる。











 二二二②④④⑥⑥⑧⑧799 ツモ8 ドラ白

 打②。七対子なのかカンチャン・シャンポンリーチの手なのかどっちつかずだが、決め切らなくてよい。

 ここから更に6を引いたときでも6をツモ切ってもいいぐらいである。(手筋で⑥を切りそうになる形だが、流石に七対子や暗刻手が無視できない)

 この手は④⑤⑥⑦⑧と789のツモを望む手。上がり率は低いが、押し引きがはっきりしてて分かりやすい(≒テンパらなかったら即降り)とも言える。











 七八九④r⑤⑦⑧⑨r56789 ツモ③ ドラ1

 三色が露骨に見えるので悩ましいが、すんなり9切ってリーチでいい。

 リーチに赤ドラ二枚で5200上等である。すでに赤ドラで翻数が確保されているので、変に三色で翻数を高める必要がない。約三割で裏が乗るほうがおいしい。



 6切って5待ちのダマテン、待ち頃の牌を引いてからリーチ、というのは上がり確率をがくんと下げる。

 東南西北白發中を引くのは多めに見積もっても7/34で20%程度(だいたい序盤に捨てられるので確率的にはもっと低い)。

 つまりだいたい五巡はラッキーロンがない限り上がれないことを覚悟する必要がある。

 それならば、ノベタン待ちのリーチの方が強い。











 洗牌する。

 理牌する。

 効率を誰よりも突き詰める。



 ツモっては切り、手を作り、悩むところにきたら考える。

 この繰り返しは、自分を裏切らない。積み重ねは確実に自分を強くしてくれている。



(そうさ。俺は、チートスキルがなくても戦える。チートスキルなんて関係ない。俺は、誰よりも強くなりたい)



 周囲のどよめきは無視する。



 きちんと確率を考えたら勝てる。

 きちんと牌を読めば勝てる。

 地道な積み重ねと研究こそが実を結ぶ。



 ラスだけは回避しつつ、1着、3着、2着、2着、3着……と浮きを維持して半荘を次々と進める。



 浮きを確実に確保しつつ、きっちり勝ち切るときは勝ち切る。

 俺をカモだと思って寄ってきた連中から、逆に金を巻き上げているまさにそんな時、その女はやってきた。



「へえ? アンタ、まだスキル使ってないんだ? というか、スキルを使わずにそれ? 面白いことしてるじゃん」



 龍神族の女。ギザギザと尖った歯の間から、ちろりと長い舌が一瞬だけ見えた。

 強者の風格のようなものを一瞬だけ感じ取る。だが、それが一体何故なのかはわからなかった。



 歴戦の冒険者ならもっと服装も綺麗になると思うのだが、身なりはよさそうに見えない。

 だが、彼女からは強者特有の自信がどことなく漂っている。



「ねえ坊や。アタシはマオっていうんだ。ちょっくら打ってもらえるかい?」











 ◇◇◇











 第一印象は、"このマオという女は見かけに反して、山を積むのが早い"であった。



 しなやかな指。

 牌が吸い付くように集まっては、するすると山が出来上がる。

 それに、理牌も早い。



(もしかすると、彼女はこの賭場で一番強い打ち手なのかもしれない。その証拠に、周囲にいる観衆の空気が変わった)



 次に抱いた印象は、“マオの積んだ山は妙に有効牌が多い”であった。

 対面のマオの山からいざ牌をツモるとき、一九字牌の数が妙に少なかった。



 これは今までの勝負のツモ切り、手出しなどをある程度記憶しているから気づいたことなのだが、彼女と半荘をするときは、どうにも俺と彼女(・・・・)に有利なツモ山になっているようである。



 というよりも、彼女の上家と下家(・・・・・)にあまり有効牌が入っていないように見える。



(……相手の聴牌を遅らせるような能力者なのだろうか? いや、でもそれなら俺に手が入るのはおかしい……)



 そして第三印象。

 打牌もしなやかで美しいのに、彼女はマナーを守っていない。



 たとえば、彼女は必ずと言っていいほど、伏せ牌で戦う。

 手牌は後ろの誰にも見せていない。

 後ろを警戒するような仕草を何度か見せているので、もしかすると【通し】を警戒しているのかもしれない。

 逆に言えば、それを警戒しなくてはならないほど、彼女はマークされている(・・・・・・・・)雀士なのかもしれない。



 たとえば、彼女の山から配牌がスタートしたとき、彼女はなぜか嶺上牌を下ろす前にドラをめくって、その後に嶺上牌を下ろしている。

 教会の定めたる聖書(ルールブック)によれば、厳密な順番は逆で、嶺上牌をおろしてからドラをめくるのだ。

 別に違反したからといって罰則はないが、少し引っかかる点でもあった。



 それに、配牌を受け取りながらドラを捲ろうとしたりするのも気になる。一旦配牌を受け取って落ち着いてから王牌に触ればいいのに、不自然であった。











「なあ、坊やは知ってるかい? ……かつて魔王ってのはさ、麻雀の王のことを言ってたのさ」



 半荘を半分ほど消化したころで、マオが気安く話しかけてきた。

 魔王。

 それは、古代の魔王大戦の時代に現れた、伝説の存在のことを言ってるのだろうか。



 かつて、大陸で一番強いと謳われたもの。

 かつて、誰よりも早く聴牌し、誰よりも多く和了ったもの。

 かつて、誰よりも多く役満を作り上げたもの。



 人々が未だに忌み嫌い、そして恐れる存在。

 魔王。



 もはや名前さえも歴史書から消え去り、口に上ることさえ不吉であるとして、『魔王』の称号のみしか残らなかったという。



 急に魔王の話なんか持ち出して、一体どうしたんだろうかと俺は訝しんだ。



「知ってる。その魔王を倒すために、神から人々にスキルの恩寵が与えられたんだろう? 急にどうしたんだ?」



「そうだ。魔王の圧倒的な聴牌率、和了率、そして雀力に対抗するために、人々にチートスキルが与えられたんだ。魔王の恐ろしいチートスキルに対抗するために、だ」



 山を積みながら、マオはどこかしみじみとした口調で語っていた。

 懐古の気持ちがあるのだろうか、どこか遠くを眺めているような目になっている。

 彼女は口元をさらに釣り上げた。



「だが、人々は誤解しているのさ。一説によるとだ、初代魔王にはチートスキルなんて存在してなかったんだ。初代魔王から言わせると、ズル野郎は人間の方。人間の方がよっぽどチート野郎だったのさ」



「……初耳だな、そんな話」



「坊やとまるっきり同じなのさ」



 ニタリ、と。

 その瞬間、目の前の女から恐ろしい気配を感じた。



 何かを見透かされた。

 あるいは、何かを望まれている。



 背筋が冷えるような感覚。

 話の先が全く読めない。

 まるっきり同じだなんて、何の話だろうか。



「……同じ、だって? はは、俺はスキルを持ってるよ、人違いさ」



「じゃあ坊や。話を変えようじゃないか。チートスキルの良し悪しで人の麻雀が左右されるなんて、そんなクソみたいな世界をぶっ壊そうと思わないかい?」



 どきり、と。

 心臓が鷲掴みにされたような気がした。



 何も反応してはいけない、と本能が囁く。俺はついマオから目をそらした。

 彼女の赤い瞳が、俺の中にある暗い欲望を見透かしている、ような気がする。



 チートスキルなんかで麻雀が左右される――確かに、それは理不尽だと思っている。



 でもそれは、生まれつき運動の得手不得手があるのと同じ、生まれつき音楽の才能の得手不得手があるのと同じだ。

 それは、甘受すべき不平等なのだ。

 世の中が完璧に平等であるはずはない。



 チートスキルがあるお陰で、人々はより麻雀を楽しむことができるようになっているのだ。

 チートスキルがない人よりも、楽しく、そして奥深く――。



 ……。

 ……チートスキルがない人よりも、楽しく、そして奥深く?



 これ以上考えてはいけない、と直感する。

 これ以上は、あまりにも暗い話になる。俺の中にある暗い欲望に、直結してしまう。

 ありえない。

 あってはいけないのだ。



 麻雀に、チートスキルなんて、不要だなんて、思ってはいけない。

 震える手で配牌を受け取る。今は麻雀に集中しないといけない。



「スキルなんてクソ喰らえだ。ああ、クソ喰らえだ。そうだろう? そんなものを世に布教しようとした教会をぶっ壊そうとして、魔王は戦ったのさ。結果は魔王が負けちまったけどな」



「……何が言いたいんだ」



「坊やは、魔王の称号に興味はないかい?」



 配牌の手をあける。

 ダブル立直が打てる手。

 あまりにも良い手が入っていて、俺は一瞬だけ驚いた。



 12334⑤⑤⑤⑥⑦四五六 ツモ8



 ダブル立直とピンフ。この3900は貰ったも同然。

 8を切ってリーチ。



 しかし、その途端、マオがニタリと笑った。



「ロン」



「えっ」



 手牌が開く。そこにあったのは、

 333②②②④⑤⑥六七八8

 といった中途半端な手牌。



 だが、マオの第一ツモより先にロン、ということはつまり。



「人和。リー棒はいらないよ。役満直撃は、坊やのトビだね」



「なっ」



 賭場にきて初めてのラス。役満直撃。しかもトビ。

 だがしかし、こんなことが起きる確率なんて、そんなのほとんどあり得ない。

 あり得ない、のだが。



 マオは口元をにんまりと釣り上げて、もう一度同じ言葉を繰り返すのだった。



「坊やは、魔王の称号に興味はないかい?」



 ――理不尽に対して、腹が立ったことはないかい?

 と。

 そう問いかけられているような気がして。



 目の前の女は、「さあて、敗者には何か言うことを聞いてもらいたいねえ」と冗談半分の口調でケラケラと笑っていた。



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