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第16話「――降りるわけが、ないだろう?」

二四四七九②④⑥⑥⑧7799 ドラ: 南


なんと打九萬。冷静に見れば、最も弱いカンチャンはここのみ。四トイツ形なので七対子の目も残る。



二三三七九③④⑥⑥⑦7799 ドラ: 南


これも打九萬。これも四トイツ形なので七対子の目も残る。

もっとも聴牌確率が高いのは打7索。




 南一局(0本場)終了時点。

 ヤミ:36900

 ヨロク:23300

 ロン:26600

 タコナキ:13200











 南一局 1本場。ドラ⑤萬。



 開始時点、サイコロの出目で対面(とい)3が出て、尖張牌の積み込みをした自分の山からの配牌となった。

 これで全員にまんべんなく尖張牌が回ってしまった。今までのように俺以外が尖張牌に苦しみやや後手を踏む、という展開にはならなくなった。



(――ヤミは、【暗殺術】リーチを使わなかったな)



 それなりに手がいいということだろうか……と考えた矢先。



「……リーチ」



 8巡目にヤミからリーチが入る。静かな入り方ではあったが、いずれにせよ親リーチである。



 ヤミの河:

 西北2八中⑨76











「(⑨手出しの後、76手出し? あんまり情報はないが、強いて読むなら、⑤⑧筒か58索じゃねえのか? それ以外は読めねえな)」



「(……マオもそう思うか?)」



 両面ターツ落としはかなり条件が限定される。

 普通、両面ターツを落とすことはめったになく、両面待ちよりも良いターツになった時にしか発生しない。



 主な例としては、

 ・3467のような片二度受けを嫌った

 ・6677のような両二度受けを嫌った(ダブルメンツ落とし)

 ・67五六のように、片方がドラ絡みターツなのでそちらを大事にした

 ・染め手に向かっている

 ・トイツ手(七対子など)に向かっている

 ……などである。



 字牌・端牌と中張牌の切り順から、対子手でもなさそうである。

 また色のバランスからも染め手でもなさそうである。

 とすれば、二度受けを嫌ったか、ドラ絡みが本線。



(だが、普通6677からの両面ターツ落としなら6→7の順番で内切りをしそうだが……。7索が一枚河に出ているから、微差でトイツ目を残した、ということか?)



 2索が捨ててあるので、3467の可能性はほぼない。

 6677の可能性は残っているが、切り順が奇妙である。



(もう一つのポイントは、2八中⑨の順の⑨手出し。28や役牌よりも⑨を引っ張っている。⑨の関連牌を持っていた可能性が高い。

 ⑦⑨に⑥を引いてきた、⑤⑦⑨のリャンカンを落とした、⑦⑦⑨や⑦⑨⑨から⑨を切った、などがある)



 このうち、67索の両面落としに至るほどの手があるとすれば、⑥⑦⑨の⑥⑦を大事にしたか、⑦⑦⑨で雀頭を⑦に固定したか、である。

 それ以外はターツとしてあまりに弱く、67索を手に残しそうである。



(……よって、可能性が高いのは、1面子1雀頭+両面両面67⑦⑨のターツオーバー形だろう。ターツオーバー時の選択で、⑥⑦と67の比較で、ドラ受けが残る⑥⑦を残して67払いが本線)



 一瞬6索を手に残した理由は、例えば頭が44の形で一瞬だけ赤5索の受け入れを見たか、444で暗刻になっていた、だろうか。



 面子面子両面44467+?

 のヘッドレスの形で7切り、単騎待ち候補の?が偶然重なって頭になったので、6切りリーチになったのだとすると、?を切るのが一番広いイーシャンテン(暗刻ヘッドレス)なのでおかしい。



 面子面子両面両面4467

 の形なら、(相当微差だが)まだ瞬間的に6索が手に残るのは分かる。



(……67の切り順はフェイクが入っている可能性もある。入り目だってある。大げさに読みすぎているかもしれない)



 それでも、4索が山に薄いかもしれない、という可能性を検討できる。

 あまり信用できない読みだが、何にも情報がないときの山読みにはこういった細かい情報も拾っていく。

 自分の手に355、という形が残っているときに、3索を見切る判断ができる。



 ――だが。











 次巡ツモ。

 四五②③④⑤⑤⑧⑧⑧355 ツモ4

 後手を踏んだ聴牌。



(4索が薄いのであれば3索を切ろう、親リーチの筋でもある――と思っていた矢先にこれだ)



 まさかの4索ツモ。

 ダマ聴でも5200点聴牌。リーチすれば満貫。

 負けている以上、ここは勝負一択である。



(タンヤオドラ2の聴牌。打点と放縦率を比較すると、片筋切れている5索を切って勝負、なんだが……)



 5索にくっつけるために無筋の四五外しは、単純に遅いし危険である。

 親にぶつけるなら、打5索しかない。



(……⑤⑧を俺が五枚も固めている。⑦⑨に⑥をもってきたとして、そのあといきなり⑤⑥⑦や⑥⑦⑧に完成させた可能性は低い)



 親の河から読める情報は、ターツオーバーからの両面外し。

 未完成ターツは、⑤⑧待ちが本命。

 最悪の場合、⑤⑧筒も58索も入り目で、結局よくわからない両面の可能性もなくはない。



 ならば。



(打5索の勝負――!)



「リーチだ!」



 ――打5索。











「ロン。リーチピンフ裏1。5800は6100」



「……っ」



 ヤミの牌姿:

 一一四五六①②③23467



 ヤミの河:

 西北2八中⑨76



 痛打。一万点差が二万点差まで拡大する。

 同時に、とどめの一撃を食らったときのような薄ら寒さが背筋を走った。取り返しのつかない過ち。動揺と後悔。

 子供の時、思いっきりすっ転んで肉が抉れて膝の骨が見えたとき以来の――頭が熱くなって白くなる、あの遠い感覚。



 まさに、鎧袖一触の一撃。











(……なんだよ、その捨て牌)



 対面のヤミに点棒を渡したとき、ヤミの口元がかすかに緩んでいるのが分かった。

 それを見たとき、俺は彼女に嵌められたのを悟った。



 読みすぎた(・・・・・)のだ。



 2索の先切り。――23で聴牌したときの布石。



 76索の逆順切り。――4索の壁を見せかけて、索子を安く見せるブラフ。あるいは、(ほぼ効果は薄いが)トイツ手の単騎待ちなどを演出したブラフ。



 そして何より、⑨筒の引っ張り。――ターツオーバー時の両面落としで、67索のダブルメンツ落としが目立つのをぼかすための、⑦⑧を一瞬想像させるブラフ。



 成功するかもわからない、成功すればラッキーという程度の、そんな細かな罠の数々。

 だが運よく決まれば、こうやって10000点差を広げることだってできる。



(……このブラフは、確かに最適手順じゃないが、頭の中で逆再生してもさほど損失がない手順だ)



 息を吐く。



 分水嶺。

 ここが勝負の剣ヶ峰。

 もしくは、もうこれが決定打かもしれない。



 脇でタコナキ氏が「267索が切れてて5索が当たるのか!?」と驚いていたが、俺は別の意味で動揺を隠せなかった。



 ――俺の読みを、逆手に取られたのだ。











 ◇◇◇











 20000点の差。

 だが、戦っている当人にとっては、全くそのようには感じられない。



 ヤミは、誰にも気づかれないように、深く息を吐き出した。

 逃げ切った。満貫直撃でも逆転されないだけの差を作り上げた。あとは直撃さえ逃れたら、局を消化するだけで事足りる。



(……不思議ね。最初は簡単に勝てそうな相手だと思ったのに)



 何度もチャンスをつぶした。何度も局を制した。



 東一局。ヤミの親番、初っ端の国士無双リーチを放たれたときも、何とか手を回して、危険牌の南を抑えつつ単騎にして、形式聴牌をかろうじて維持できた。

 東二局。ヨロクの親番、ヨロクのドラポンに真っ向から危険牌を切ってまで立ち向かってきたときも、【暗殺術】リーチで打ち取った。

 東三局。相手の親番、⑧ツモ切りリーチを放ってきた時も、高い手を作られてしまった気配はあったが、かろうじてダマテンで打ち取れた。

 南一局。二度目のヤミの親番。①筒のトイツ落とし狙いを看破されたのか、うまく逃げられてしまったものの、手を崩してノーテン罰符を払わせることに成功した。



 そして、続く一本場。聴牌まで手を作られてしまったものの、河に一部フェイクを混ぜて相手を撹乱し、最高のピンフ出あがりを決めることができた。



 思い返せば、どれも紙一重である。



 対面の少年は、何度もあきらめずに立ち向かってくる。

 そのたびにヤミは、かろうじて迎撃に成功していた。



(……まだ、半分もあるのね)



 ヤミは誰にも見えないように、ひっそりと苦笑した。

 あと何度、あの少年の攻撃をかわし続けないといけないのだろうか。

 いつの間にか彼女の手のひらには、うっすらと汗が滲んでいた。

 それだけ神経を使うような戦いだった、ということらしい。



(……そもそも、あの河の意味(・・)をどこまで読めたのか気になる)



 河には、ヤミぐらい読める打ち手が自分で引っかかるような細かい仕掛けをいくつか仕込んだ。

 仕掛けの途中で相手のリーチが入れば全部無駄になる。しかも河を読めない相手には意味がない。

 ――そんな、細かい仕込みである。



 当然、先手を取る必要がある。

 だが河づくりをすれば、当然手が若干遅れる。



 2索の先切りは、完全イーシャンテンになりにくい。

 67索のターツ落としの逆切りは、途中で他家リーチが入った時、若干危険な牌が手に残ってしまう。

 ⑨筒という無関係な牌の引っ張りなんかも、途中で他家リーチが入った時に、ただ危険牌を一枚手に残しただけになってしまう。



読んでくれた(・・・・・・)、ということかしら。それとも、ただ単に索子が安そうだから5索を押した、というだけかしら)



 ――読んでくれる(・・・・・・)

 代打ち界隈でも、並ぶものがいないと言われるほど、ヤミはよく読み(・・)を働かせる。

 精緻な読みこそが、【暗殺術】リーチの肝要。



 そして鋭すぎる読みは、時に、人には理解できない打ち筋を導く。

 ありえない手筋で上がったり、ほとんど暴牌のような牌を抜き打ったり。

 当然、失敗したりすることもある。

 その失敗を、人は理解できない。ただの暴牌、ただの愚かな手筋、と笑ったり怒ったりするだけである。



 だからこそ、ヤミは、どこか孤独でもあった。



 ――同じ水準で読んでくれる相手がいなかったから。



(……ふふ、期待しすぎね。もしかしたら彼はただのブンブン坊やだった、ということもあるわ。何を考えているのかしらね、私は)











 ◇◇◇











 ――麻雀ですべてが決する、この世界にて。



 かつての時代、この大陸では不正行為が横行していた。

 積み込み、すり替え、拾い、通し――こういった麻雀技術こそが強さに直結する時代があった。



 神は嘆いた。

 暴力や戦争を禁じたのは、大陸の平和と文明の発展のためである。

 だというのに、それがねじまがって、不正行為の跋扈する世界になるとは思いもよらない顛末である。



 ――古の時代の魔王。

 名前を出すことさえ憚られるその存在が、自らを“神”を僭称しはじめたとき、とうとう神は裁きを下すことを決意した。



 この世から、不正行為を駆逐すべし。

 こうして神は、地上に《聖女》を遣わしたのだった。



 それ以来、麻雀にて不正行為を行った人は、神からの祝福(チートスキル)を失うのだとされた。











 ――異なる伝記がある。



 古来より龍は、この世の三元素を司るとされた。



 龍の血肉は、人を若返らせて万病を癒す万能薬になる。

 龍の骨は、首飾りにすれば不思議な力の湧くお守りになるし、船の材質にすればどんな荒波も耐える頑丈な船へとなる。

 そして、龍の魂は、願いを叶える摩訶不思議な力を宿していると言われている。



 時代は下り、やがて、龍を狩るべくため、不思議な力を分け与えられた人々が現れた。

 《聖女》より賜りしその力、最も輝くときは龍を狩るとき。



 龍に死を。

 人に祝福を。



 やがて、龍はこの世界から姿を消して、人との混血種族である龍人族しか存在しなくなったのだという。











 ◇◇◇











 ――戦いもいよいよ大詰めとなってきた。

 二万点差。そして南場。大勢は決したと言っていい。



 南二局(3本場)突入。

 ヤミ:42000

 ヨロク:22300

 ロン:20500

 タコナキ:16200



 ヤミと俺がにらみ合う中、タコナキ氏が渾身の大明槓を披露し、カンドラがもろのりしたのがつい先ほど。

 三副露のドラ4確定のタンヤオ仕掛け。

 そんな奴がいたら、もうその局はかなり受け気味に進めるしかなくなってしまう。



 ヤミはベタ降りに回る、ヨロクも受け気味になる。

 結局タコナキ氏一人聴牌で流局となったのである。



 ヤミの親番があっさりと流れて、結果的には悪くない展開である。

 だが、残りの局数も少なくなってきた。



(カンは結果的にファインプレーだったが、俺がヨロクに牌を絞られて、全然聴牌できなかった。チャンス手を二回殺したというのに、ヨロクもなかなかどうしてしぶとい)



 タコナキ氏は絞らない。だがヨロクはしっかり絞る。

 この違いは、じわじわと俺を苦しめていた。



 もしヨロクがもう少し甘ければ、さらにあと3000点、ヤミと差を詰めれていたかもしれない。

 だがそうとはならなかった。ノーテン罰符のケアもきちんとしてくるあたり、ヨロクも腕の立つ雀士である。



 正直、状況は厳しい。だが俺は、それでもまだ勝つことをあきらめていなかった。











 ◇◇◇











 淡い期待。

 もしかしたら相手の少年は、自分が求めていた好敵手なのかもしれない。

 そんな気持ちを抑えつつ、ヤミは配牌をつかみ取った。



 読みあいができる相手と戦いたい。

 そんな、長年の願いが、もしかすると叶うかもしれない――。



(この配牌。この得点差。ダメ押しで【暗殺術】リーチを使うべき場面――)



 南二局 3本場。

 四八九九九②②⑥⑧⑧⑧48西 ドラ1



 ドラも使えず、鳴きに向かえない三シャンテン。強くない手。

 ヨロクに目くばせすると、ヨロクも対して強い手ではない、という様子であった。



 となると、タコナキ氏か、もしくは少年が相対的に有利。



 躊躇いはない。ヤミの判断は早かった。ヨロクとはさみ込んで(・・・・・・)一気に勝負を決めにかかる。



「――【暗殺術】リーチ」











(【暗殺術】リーチの使い方は、役なしドラなしの手を戦える手にするだけじゃない。ブラフ(・・・)にも使える)



 ブラフ。

 相手にプレッシャーを与えて、受け気味に立ち回らせる戦略。



 そもそもドラもなく、手役にもなりづらく、あまり高くならなさそうなこの手は、聴牌までもっていけば上々、というぐらいの手である。

 この手でどうやって相手にプレッシャーをかけるのか。



(染め手を装う? それともブラフ鳴き? ――そう、【暗殺術】を持っていない普通の人だったら、そうやって打つかもしれない)



 よくあるブラフとしては、染め手のふりをする、というものがある。

 明らかに一つの色に染めているような打牌を繰り返し、中張牌をばんばん処理していき、字牌や親の安牌を確保する。

 そして、中旬以降に聴牌気配を匂わせるため、染めている色の牌をあえて抜き打って、周囲を牽制・警戒させるというもの。



 他にあるのは、無茶な鳴きを行って、純チャンや混老頭などの高い手役を匂わせる、というものがある。



 どちらも共通するのは、たまにブラフがそのままツモ次第で形になることがある、というもの。

 まさに瓢箪から駒。

 形にならなかったとしても、それはそれで降りてしまえば問題ない。



 が、ヤミは【暗殺術】リーチならではのブラフを決行した。



(……手の速さを偽装する)



 すなわち、手出しのフェイクである。



(余剰牌をツモっても、ツモ切りしない。あえて手出しを見せることで、手が進んでいるように見せかけつつ、牌姿を読ませなくする)



 二巡目。

 四八九九九②②⑥⑧⑧⑧48 ツモ南

 相手(ロナルド少年)の風でもあるダブ南を早切りする場面。これは何のフェイクにもならないのでツモ切り。



 三巡目。

 四八九九九②②⑥⑧⑧⑧48 ツモ一

 これがブラフである。一萬は四萬があるのでほぼ不要牌であり、ツモ切りでOKだが、あえて8索を手出しする。一萬が関連牌だから手に残したように見せかける(・・・・・)



 四巡目。

 一四八九九九②②⑥⑧⑧⑧4 ツモ⑤

 ここもブラフを続行。一萬が一番早いが、あえて暗刻の隣の八萬を切る。

 ②②筒のトイツがある状態なので、八九九九の形の暗刻くっつきがあまり強くないのである。



 五巡目。

 一四九九九②②⑤⑥⑧⑧⑧4 ツモ1

 一萬と1索を入れ替える。

 どちらも四萬と4索が手にあるので同じぐらい不要だが、それなら少しでも手が進んだように(・・・・・・・・)見せかける。1索がドラというのもさらに好都合である。



 六巡目。

 四九九九②②⑤⑥⑧⑧⑧14 ツモ白

 白ツモ切り。南と同じく、これは何のフェイクにもならない。

 なぜこの牌を引っ張ったのか、と相手にミスリードさせるのも大事である。だが字牌はミスリード材料にあまり使えない。

 いくら手が進んでいるように見せかけるブラフ中だとはいえど、ここはツモ切りでOK。



 七巡目。

 四九九九②②⑤⑥⑧⑧⑧14 ツモ6

 ここで、ドラの1索切りである。

 中盤は、ちょうどブラフを続けるかまっすぐ行くかの岐路になる。

 ブラフに走ったせいで468の形を逃したものの、この段階で1索を手放せたのは悪くない。



 なぜなら、相手の少年から見れば、この1索で聴牌したようにも見えなくはない。

 八萬や白よりも1索を大事にした、1索は関連牌だった可能性がある、と、そう見えるはずなのだ。



 いつロンが飛んでくるかわからない【暗殺術】の使い手だからこそできるブラフ。



(【暗殺術】リーチということは手が早い、そして何度も手出しが続いている――そう読んで、少しでも1索付近の牌を手にとどめてくれたら重畳)



 ヨロクもヨロクで、ブラフに走っている。

 彼は、無理やり萬子を鳴いていた。

 ヤミの一萬をポン。そしてタコナキ氏の八萬をポン。



 親の萬子染め。

 特に、一萬のポンがかなり異彩を放っていた。



 ヨロクとヤミは、どちらもブラフ手である。

 だが、相対する敵から見れば、到底そうとは見えないだろう。



 一番の理想は、全員がノーテンで局が流れること。

 局消化さえ進んでしまえば、ヤミは二万点のリードを守りつつ、さらに有利になる。



(ふふ、染め手と【暗殺術】リーチを警戒しつつも、まっすぐ向かってくるかしら。それともこの局は日和って降りてくれるかしら)



 河に1索を並べたヤミは、対面の少年を見つつ、不敵な笑みを浮かべた。











「――降りるわけが、ないだろう?」



 打七萬。

 あまりに強い打牌。どちらにも通っていない無筋である。



 やけっぱちになったのか、と目を丸くしたヤミに向かって、少年は言葉をつづけた。



「単純な読みさ。ドラ色じゃない染め手。ドラが手元にないと白状してるような【暗殺術】リーチ。そんなの、お前ら二人の手は安いと白状してるようなものじゃないか。……降りないに決まってるさ」



「――――――」



 ――鋭すぎる読みは、時に、人には理解できない打ち筋を導く。

 ――同じ水準で読んでくれる相手。



 このとき。

 ヤミは。

 衝動的に、口元が吊り上がるのを、抑えられなかった。











 ◇◇◇











(ドラを使えないはずのヤミがドラの1索をわざわざ引っ張った。普通に読めば、13に4を引いて、34索の両面ターツが手にあるとか、もしくは112や113が順子になって余剰牌になった1索を切った、という読みになるが)



 南二局 3本場 八巡目。

 355③④④④⑤⑤⑦三四五 ツモ④ ドラ1索



 まさかの④筒の四枚目のツモ。

 打3索でカンチャン⑥筒待ちリーチとすれば、2600点の聴牌。

 だがここは聴牌取らずの打⑦筒とする。



(変化が245索と②③⑤⑥筒の7種類ある。基準より少々満たないが、南場に入って残り局数が少ない今、愚形安手で局を消化するのはもったいない)



 最悪の場合でも、タンヤオの形なのでポンテンやチーテンをとれる。

 リーチでカン⑥筒待ちの2600に決め打ってしまうのは窮屈で(それならリーチ後危険牌をつかむ可能性をケアして、三色の急所の4索をチーしてタンヤオ三色2000点の聴牌に取るなどがバランスがいい。上家のヨロクは萬子染めなので4索はつかんだら出す)、なおかつダマツモで満貫まで望めるこの手筋こそが、最終的な勝利に直結している。

 ……はずである。



(……ふ、こんなこともあるとはな。何度目の裏目引きなのか忘れてしまった)



 次巡。

 ツモ⑥筒。リーチを放っていれば、一発ツモで満貫。



(だが、これで出あがり5200点は6100点! ツモってしまえば2000-3900は2300-4200で、ヤミに迫れる!)



 瞬間。

 ――ヤミが34索で聴牌しているのでは、という憶測が一瞬脳裏をよぎった。

 あくまで可能性の一つ。確定ではない。

 だが、そうでなければ、あの1索は一体何なのだろうか。



 対面のヤミは、手出しが六回あった。

【暗殺術】リーチが三シャンテンより長いなんてことは恐らくない。

 手出し一回につき0.5シャンテン進んだと仮定すると、すでにヤミは聴牌である。



 直前の手出しは1索。

 どうみても、関連牌。



(……いや! 違う! ここで3索を切って5索のみのタンヤオにする手筋はない! ここは、三色で決めないといけないんだ!)



 なまじ手が読めてしまう。だからこそ、過剰に警戒してしまう。

 それが俺の弱点でもある。可能性を過剰に検討してしまい、適切なリスクテイクをためらってしまうことが、俺の麻雀の弱さでもある。



 麻雀の読みに絶対はない。

 どうしても運試しの要素は出てしまう。

 ならば、ここで5索を警戒しすぎるのは独り相撲というものである。



 強いて言うならば。

 尖張牌は、俺の山にほとんど死んでいる。

 俺以外のみんなは、手牌にほとんど尖張牌がないはずなのだ。



 尖張牌がほとんどない状態であれば、5索はさほど危険ではない。

 警戒するべき待ちは、5索単騎やシャンポン、46索のカンチャンだけ。

 打点もおそらく安い。



(通せ!)



 ――打5索。

 卓に緊張が走る。



 同時に、対面のヤミの表情にこわばりが見えた。











 ◇◇◇











(……間に合わなかった、まさか本線の5索を通されてしまうなんて)



 十巡目。

 四九九九②②⑤⑥⑧⑧⑧46 ツモ九 ドラ1



 先に④⑦筒さえツモることができれば、あの少年の打5索を捉えることができたというのに。

 そうでなくても、1索のひっぱりで、25索を打ちづらく見せかけていたというのに。



 だが、あの少年は、5索を真っ向から勝負した。そして通した。

 彼はヤミのブラフをすり抜けたのである。

 となると、あの少年の手牌はおそらく聴牌、それもおそらく打点は高い。



 もはや、手にある四萬を勝負できるような状況ではない。



(……なんてしぶといのかしら。五回も相手の手を妨害したというのに、それでもまだ食いついてくるなんて)



 東一局。東二局。東三局。南一局、0本場と1本場。

 そしてこの、南二局でさえ。



 ヤミの持てるすべてを駆使して、相手の手をつぶし、ここまで優位を積み上げてきた。

 それでもなお、勝負は一向に楽にならない。



(……九九九の槓子落としと、⑧⑧⑧の暗刻落としでこの局はオリ、ね)



 まさかこの状況でカンはありえない。かといって立ち向かえる手ではない。

 もはやこうなっては、相手にツモられずに流局するように祈るほかない。



 ヤミは、長い息を吐いて、オリを選択したのだった。











 ◇◇◇











 ――流局。

 結局、俺のタンヤオ三色は不発に終わってしまった。

 向こうの注文通り、貴重な局数が一つ減ったわけである。

【暗殺術】リーチの罰符によって、ヤミのみが罰符支払いとなったが、それでも依然として大きな差が残っている。



 南三局(4本場 供託1本)突入。

 ヤミ:38000

 ヨロク:23300

 ロン:21500

 タコナキ:17200



(……16500点差だが、4本場に供託がある。7700直撃。もしくは、親満ツモだ)



 南二局が終わった。

 これで、貴重な残り局数が、三局から二局に減ってしまった。

 逆転のチャンスも、おおむね残り三回から二回になったと言える。



 連荘という希望はかすかに残っているが、一般的な麻雀の和了率は20~30%が平均。

 裏を返せば、七割の確率で流れてしまう。



(この親番を逃してしまえば、跳満ツモでも届かなくなって倍満条件になってしまう。ここで決めなくては――)











 ◇◇◇









 そして訪れる、運命の南三局。



(来い、逆転の手!)



 配牌は――。

 二二五九18②②④東東南白白 ドラ8



(……四トイツ、役牌が二つ、ドラ1つ……?)



 第一感は、七対子。



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