第15話「認めるほかなかった。【暗殺者】の通り名の少女、ヤミは、相当強い打ち手である」
二三四五七八九⑤⑤⑥⑦⑧⑨ ツモ8
打⑥筒。
一通と三色の両天秤イーシャンテン。
これがもし下記のような断么九三色だったら、いわゆる黄金のイーシャンテンとなる。
二三四六七八九⑤⑤⑥⑦⑧⑨ ツモ7
打⑨筒。
しかしここで
二三四六七八九⑤⑤⑥⑦⑧⑨ ツモ8
のときは、断么九になりやすい打⑨が期待値が上になる。
(勝負手を潰された)
安い打点の振り合い。
満貫以上の打点が出ないまま、淡々と消化される勝負。
ここまで、ヤミとの戦いは、お互いに低い打点で推移していた。
(それだけじゃない)
だがしかし。
場がいかに小場であったとして。
あのヤミの1300には。
(親番も、流されてしまった)
まるで黙聴の手に跳満を打ち込んだ時のような、えも言われぬ重みがあった。
◇◇◇
(12000点のリードね。そして、おそらく相手の勝負手を流せた。そんな手ごたえがある)
勝負相手の親番をあっさりと流したヤミは、勝利がまた一歩近づいたのを自覚した。
あの局は読み切れていた。
少年が筒子の待ち。
そして筒子を出さない形で、最高の相手からの出あがり。
(あとは、局をさっさと消化してしまえば、勝てる)
ヤミはヨロクに目くばせをした。
これは合図である。ここからは打ち方を一風変える。
(初手国士は面白かったわ。でも、残念だけど、ここからはチャンスを摘んでいく)
――あと一手あれば、殺しきれる。
◇◇◇
東四局。タコナキ氏の親番。
ここから途端に様相が変わって、場は鳴き合戦に変わった。
「……ポン」
「チー!」
(! そうか、こいつらもう長期戦をするつもりなんてないんだ。このリードで逃げ切ろうとしているってわけか……!)
俺は内心ほぞを噛んだ。
鳴き麻雀と面前麻雀がぶつかったとき、よく言われる定説がある。
鳴き麻雀が多いときは、面前麻雀は不利。
面前麻雀が多いときは、鳴き麻雀は不利。
鳴きが多いと、面前で聴牌するまでに誰か他の人の和了で流されてしまう。
逆に鳴きが少ないと、いかに鳴きで全員の先手を取ろうとしても、三人いる他の面前にいつもいつも速さで勝てるわけではなく、リーチで追いつかれてしまい、短い手牌かつ低い打点で不利な戦いを強いられることになる。
こうなると俄然、点の低い方は不利である。
追う側は、どうしても打点を狙う必要があるため、必然と面前寄りの手組になってしまう。
だが場は、鳴きにより一気に早くなってしまった。
しかも、あのタコナキ氏も焦って参加しているのだから質が悪い。
(いや、焦ってはだめだ。これは向こうの作戦。向こうは、リードを保ったまま局さえ消化できればいいと考えているんだ)
――12000点負けている。
そんなときだからこそ、手の作り方は丁寧でなくてはならない。
(……点数が負けているからといって、打点を追い求めすぎる打ち方や、逆に和了だけを求めるようなもったいない打ち方はしない)
◇◇◇
(あら、つられて鳴いてくれると思ったけど、鳴かないのね)
ヤミは対面の少年の様子をちらりと窺った。
事前にヨロクと決めていたことがいくつかある。
こちらが点数のリードを取っていたらさっさと鳴いて局を進めること。
その際、ヤミが鳴いたらヨロクも鳴く。
ヤミが鳴かなかったらヨロクも鳴かない。
これは、鳴き麻雀か面前麻雀か、常に多数派に入ろうとする戦略である。
間接的に少年に不利を強いる戦略。
少年の手に若干の制約をかけるのだ。
いわば盤外戦術の一つではあるが、案外これはやられる側はつらいものがある。
(……ドラが二枚。面前で進めて満貫を狙うのではなく、この場は3900で和了を拾うべき場面)
八八八22東東 ⑤④⑥ r546 ドラ⑥
12000点のリードがあれば、わざわざリーチドラドラなんてしなくても、役牌バックの仕掛けでも十分である。
なぜなら相手は、東をつかんでも止める余裕がない。バックに構えても全然あがれるだろう。
万が一相手からリーチが入っても、東二枚を落としつつタンヤオに回ることが可能。
(上家がぬるいタコナキ氏で助かったわ。キー牌の⑤筒と赤5索を鳴くことができたもの)
◇◇◇
8巡目。
四五五六2346789②④ ツモ③ ドラ⑥
ネックのカンチャンが先に埋まる。打五萬で69ノベタン待ちのリーチと行きたい手。
だが、この手はノベタンに取ると役なしドラなしのリーチのみの手となる。
ドラが一枚あれば即リーチも考慮するが、今は打9索が期待値的に勝る。
「(……へえ、一気通貫は見切るのかい、坊や。打六萬とすると、一手変わりで234の三色と索子の一気通貫を両天秤で狙えるぜ)」
「(そうだ、マオ。この手はピンフもタンヤオもない、ただのノミ手。ピンフやタンヤオのどちらかが付けば、それだけで御の字なんだよ)」
三萬以外にも、四六七萬、28索、②筒どれを引いてもタンピン変化になる。4索④筒でもピンフ、⑤筒でもタンヤオが付く。
無理に一通を見る必要はない。
聴牌取らずの打六萬とは違い、出あがりのきく打9索に構えると、ぽろっとこぼれた赤五萬を咎めることだってできる。
更に――。
「(裏目のツモ5索となっても、三面張のタンヤオになる!)」
四五五六234678②③④ ツモ5
「リーチ!」
打五萬でリーチを放つ。
258索の待ち。一気通貫にこそならなかったが、69索のノベタンより待ちは強く、打点は高くなっている。
(基本は即リーチ。そう、ほとんどのケースで即リーチが有利だからこそ、手替わり基準を知っている打ち手が強いんだ)
手替わり待ちの基準は、
4巡目で打点倍増6種類/良形変化9種類、
7巡目で打点倍増7種類/良形変化11種類、
10巡目で打点倍増9種類/良形変化11種類。
ダマ聴維持のときは、和了牌そのものも手替わり牌に含めて計算する。
出和了が効くときは、その受けをおおよそ四倍して見積もる。
(今回の手は、変化が二三四六七萬と、2458索、②④⑤筒の12種類、二枚受けの出あがり五萬を四倍してプラス2種類の、およそ14種類程度の手替わり待ちの価値がある。この変化を見逃さないことが強者の条件――)
一巡後、まさかの1索ツモに思わず苦笑いしそうになるが、かまわず即切りする。
三巡後。ツモリ上げた牌に手ごたえを感じた。
「ツモ! 1000-2000!」
鳴きをかいくぐってのツモ。
あっさり局消化されてしまうかと思ったこの展開で、鳴きで速い他家をかわしてのこのツモには、値千金の価値がある。
東四局終了時点。
ヤミ:35400
ヨロク:21800
ロン:28100
タコナキ:14700
7000点差。ようやくの南入である。
◇◇◇
(……あの捨て牌、あのリーチ、そしてあの最終形。やはり違和感がある)
東四局の牌姿を思い出しながら、ヤミはしばらく黙考に沈んだ。
対面のロナルド少年の手。
9索手出しとリーチ後の1索捨てを見ると、一気通貫を捨てただけの、ただの下手くその打ち手のように見える。
現にヨロクは、一気通貫逃がしを見て鼻で笑っていた。
だが、五萬切りリーチを冷静に見ると、五萬の中ぶくれ持ちの、三色手替わり待ちだったことが見て取れる。
となると牌姿は、
四五五六234579②③④ ツモ6
あたりだろうか。
上のように8索を持っていなかった牌姿なのだとすると、9索が出ていくのも無理はなさそうである。
(……負けているんだったら、打六萬のシャンテン戻しで、一気通貫も三色も両天秤にしそうなものだけど、思いつかなかったのかしら)
ヤミが今まで戦ってきた強者たちは、概ねそのように打っていた。
負けているときは手役をつけて、高く手を育てていた。
だがあの少年は、一気通貫を見切っていた。あくまで上がりやすいタンヤオでリーチ。
あんな手筋は、代打ちらしくない。あの手筋を打つ人間はほぼいない。
そう、ほとんど。
(……私と彼、ぐらいかしら)
【暗殺術】リーチを使いこなすヤミは、あの手筋をよく知っていた。
あの、むやみに一撃必殺を追い求めない、静かに獲物を追い詰めるような手筋を。
◇◇◇
南一局。
再びのヤミの親番。
しかし麻雀というものは得てして不条理なものである。
「……チー」
9巡目に対面のヤミが動いた。
③r⑤を使って④筒をチー。
そこから打②筒。
ヤミの牌姿:
?????????? ④③r⑤
この情報だけを見ると、②③r⑤の形から、赤ドラを使い切りたいから④を鳴いた、という構えに見える。
よって①④待ちはない。
(もしあの瞬間にイーシャンテンが聴牌になったと仮定すると、余剰牌は赤⑤だったはず。完全イーシャンテンの形ではない)
しばらく考え込む。
だが、対面のヤミの表情からは、何の情報も読み取れない。
「(? どうして悩んでいるんだ? ①落としの一択だろ?)」
「(……違うんだ、マオ。俺の気にしすぎかもしれないが、①筒のトイツ落としを読まれたような気がする)」
……何故、俺がここで一瞬止まっているのかというと。
捨牌:
1發西2④九1北①
手牌:
三三四五六56678①⑥⑦ ツモ七 ドラ⑨
――今から切る牌が、①筒だからである。
◇◇◇
(運がいい。対面は恐らく①筒の対子落とし。④筒を鳴けたのは僥倖ね)
④筒を鳴くかどうか。
普段ならば仕掛けないようなこの鳴き。
だがヤミは、この鳴きが、狙いを研ぎ澄ましたひと刺しになると予感していた。
対面の少年の捨牌:
1發西2④九1北①
(タンピン系の河で、④筒手出しのあとに不自然な①筒手出し。
④より①が手元に残るケースは少なく、考えられるケースは、①①②④の④切り→③ツモ①切りか、123三色狙いか、①対子落とし。
一つ目の①①②④については、負けている状況なら①①②④の①を対子落とししてタンヤオぐらいつけそうだから可能性は微妙。
二つ目の123の三色も、1索捨てが二回入っていて不自然。
よって、可能性が高そうなのは、三つ目の①の対子落とし。
どこか中張牌を対子にして、タンヤオに振り変わろうとしているのね)
ヤミの牌姿:
4r56九九九白白白① ④③r⑤
(死角でしょう? 断么九っぽい仕掛けで、まさかの端牌待ち。しかも①②③の出来面子から鳴くなんて)
親の三翻40符で7700点。
ヤミはこの仕掛けに自信を持っていた。
(4r56九九九白白白①②③r⑤の形のとき、いくら勝っている親だとしても、赤⑤を淡白に先切りはしない。
七八萬引きや3467索引き、待ち頃の字牌引きになったら打⑤筒のリーチだけど、赤⑤の周辺へのくっつきも狙える。それに)
この④筒チーが強いのだ。
②③⑤を晒してチーして、一体誰がこの①待ちを読めるだろうか。
(①対子落としじゃなくても、待ち頃の単騎に変えればいいだけ。でももしそれが予想通り①対子落としだとしたら……)
この7700直撃は、決着打になる。
◇◇◇
三三四五六56678①⑥⑦ ツモ七
この①を打たなければ、この手は死ぬ。メンタンピンの3900手。
それに567の三色も見える。しかし。
(①を打たない手筋はない。だがもし、①と心中するなら……)
指で6索をつかみ上げる。
この手で一番弱いのは、自分で一枚使っている47索子受けである。
打三萬は、①筒を雀頭もしくは単騎待ちに固定する打ち方であり、②筒や③筒引きの時に打6索に劣る。①筒を打たない前提なのであれば、①筒周りの引きも考慮したい。
「(!?)」
「(……考えすぎかもしれないが、赤ドラの使い切りのため、①②③r⑤の出来面子からのチーはありえる)」
ポイントは、東と白がまだ出きっていないこと。
役牌暗刻の可能性は残っている。
「(……タンヤオドラ1の方が可能性が高いのに、なんでこんな①筒が切れなくなっちまったんだろうな)」
細かな話だが、理由を付け加えるとすれば、対面のヤミの理牌のせいかもしれない。
ヤミの手出しの位置から、もともと見えていたのは、
筒筒筒?索索?????字字
という形で、おそらく?????の五連続部分は萬子か索子だろうと読んでいた。
問題は、ヤミが何か一枚ツモって来たあと、筒子三枚とその一枚、あわせて四枚を字牌の隣に移動させていたのだ。
順番も並び替えての不自然な移動。そして鳴きさらしが端から⑤③②の順番。
決め打ちの読みになってしまうが、移動させた四枚がもし筒子なのだとしたら、残りの一枚は何なのか?
(――①筒)
おそらくヤミは、牌姿を読まれるのを避けたのだろう。
もし理牌のしなおしをせず、普通に鳴いて、
? ②③⑤ ?????????
という形でさらしてしまったとしよう。残った左端の一つが見え見えの①筒になってしまう。
だから、
??????????②③⑤
の形で鳴いた方が全然読まれない。
――その直前の移動を、俺が見逃しさえしなければ。
(細かすぎるかもしれないが……俺は、俺の読みを信じる)
打6索。
◇◇◇
(……止められた? ①のトイツ落としじゃなかったのかしら)
ロナルド少年の手出しの6索を見て、ヤミは奇妙な疑問を覚えた。
まだ聴牌してなかったのだろうか。それとも、わざわざ①筒を止めたのだろうか。
対面の少年の捨牌:
1發西2④九1北①6
(……①②③④④の形から、トイツが余ったから④→①の順番で外したのかしら? いいえ、それだと違和感が……)
そうだとしても、④筒→①筒即切りではなく、間に安牌の北が残っているのがおかしい。
①筒は安牌ではないのだから、手にとどめておく理由はない。
(……だめね、下手に読んだら逆に自滅しそうね。レアケースとして考えられるのは暗刻絡み。筒子の牌姿は①②②②④の形から④→①を切った形、かしら)
いずれにせよ、今打たれた6索のまたぎ筋は、やや危険度が増したと考えられる。
そう考えていた矢先のことだった。
ヤミの牌姿:
4r56九九九白白白① ④③r⑤ ツモ8
(――――)
打①筒。
◇◇◇
(! やっぱり①筒のトイツ落としを読まれていたのか!)
ヤミの打①筒を見て確信した。
彼女は、俺の①筒トイツ落としを読んでいたのだ。でなければ、あんな①筒が手に残ってるはずがないのだ。
(……紙一重だった。かろうじて、流局に持ち込めたが、正直態勢は悪い)
牌を混ぜながら、俺は深いため息を吐き出した。
――結局、その局は流局となり、ヤミとヨロクの聴牌で終わった。
南一局(0本場)終了時点。
ヤミ:36900
ヨロク:23300
ロン:26600
タコナキ:13200
(……戦って分かった。やっぱり、二つ名もちの代打ちは、相当強いな……!)
追い詰められているというのに、ひきつったような笑いがこみあげてくる。
強い打ち手との戦いは、いつだってとても楽しい。
認めるほかなかった。
【暗殺者】の通り名の少女、ヤミは、相当強い打ち手である。