第11話「背中から見てなよ。俺の麻雀を見ててくれ」
四五五⑤⑤⑤⑥234588 ツモ8 ドラ九
打2。
くっつき一向聴として分解して見ると
四頭頭 刻刻刻⑥ 2延延5 刻刻刻
であり、ノベタンの2と5が両方浮き牌扱いになって強いので、本来ならば四か⑥を選ぶ場面(それぞれ13種42枚と12種41枚)。
しかし打2でも10種33枚で聴牌は十分広く、かつ確定断么九がつく。
どういうことだ、と疑問を口にするより先に、マオが「一服させてくれ」と休憩を申し出た。
ありがたい提案だったので俺も便乗する。
先程までずっと一人でセンリ、ヨロクの二人と戦ってきたので、さすがに集中力の限界が近かった。
ここからぶっ続けで打つよりは一回休憩を挟みたいところであった。
それにマオには聞きたいことが山ほどある。
マオの和了放棄の件もだが、それよりも相手方の貴族の言い分も気掛かりだ。
今までの勝負は白紙、というのはあまりにも横暴すぎる。
(もし仮に俺たちが負けていたら、向こうは勝負を白紙にしていただろうか?)
答えはノーであろう。
きっと負けているから、こうやって強引なちゃぶ台返しを提案してきたのだ。
そして、よりにもよってタコナキ氏はその無茶な条件を呑んでしまったのだ。
横柄にもほどがある。絶句する他ない。
(……しかも、相手が用意した代打ちが交代するだって? どう考えても俺とマオ相手に用意した隠し玉じゃないか)
やってきた刺客。
その名も、暗殺者のヤミ。
噂には聞いている。
代打ちの中でも屈指の実力者で、表舞台にこそ中々顔を出さないものの、赤なし麻雀を打たせたら最強格の一人だと言われている。
そんな圧倒的な実力を持つ代打ちの少女が。
今、俺とマオを倒すために、立ちはだかっている。
(今回のルールが赤アリ麻雀でよかった。これがもし赤ナシルールだったら、和了放棄のマオと一緒だと、どう頑張っても勝ち目は薄い)
部屋からバルコニーに出て、マオの隣に並んで立つ。
無言で煙草を取り出したマオは、何故かそれを俺に差し向けていた。
吸えというのだろうか。
一応、まだ成人の儀を終えていないので煙草は吸えないのだが。
やんわりと断ると、マオは「そう」と淡々とした素振りで自分の煙草に火をつけて、深く息を吸い込んでいた。
「……色々とすまんな。騙すつもりはなかった」
「え? ああ、和了放棄の話か?」
マオは軽く首肯した。
「五回目の半荘以外は和了放棄。元々そういう条件でしか呑んでもらえなかったんだ。だが、こいつは丁度いいと思ったんだ。お前の力を測るための絶好の場だと思ってな」
「……それは」
「それに、アタシなら五回目の半荘で勝ち切ることもできると思っていたしな」
すごい自信である。
今回は累積点数を競うルール。和了放棄だと相手にいいようにツモられるだけなので、わかりやすく言えば、最終点数はだいたい15000点ぐらいになってしまう。ノーテン罰符を丁寧に拾ったとしてもだいたいこの程度だろう。
これを四半荘だとすると、40000点取られた状態からスタートである。点差にすれば80000点差。これをたった一回の半荘で取り戻すなんて夢のまた夢だろう。
普通ならば。
(……おそらくマオは、役満を作るつもりだったのだろうな。あいつだったら何だって作ることができる)
そうとしか思えない。親の役満直撃は96000点差までを捲くることができる。
つまり、俺がよほど酷い麻雀を打たない限り、マオひとりで勝ち切ることができる。
でも、それを敢えて俺に伝えてないということは。
「……アンタが、どこまで一人で戦えるのか見ておきたかった」
(……俺に一言教えてくれよ、という気持ちは正直ある。今度の戦いはマオに和了放棄の条件が課せられているって。でも、きっとマオは)
「……アンタが、アタシの力なしでもちゃんと戦えるかどうか知っておきたかった。この先アタシがもしかしたら、アンタの足を引っ張ることになるかもしれない。その時でもアタシは、アンタを頼りにできるのか知りたかった」
(……きっとマオは、弟子じゃなくて、相棒が欲しかったんだろう)
きっと、俺は無意識のうちに、マオに甘えていたのかもしれない。
勝負の段取り。条件決め。全てをマオに任せっきりだった。
その上、イカサマの技術をマオに教えてもらいながら。
挙句の果てに、代打ち勝負の当日になって、早速マオに頼ろうとする始末。
一体何が。
俺も世界をぶっ壊したくなった、だろうか。
俺はどれだけ甘えん坊だったのだろうか。
「……正直、予定にない勝負だ。暗殺者のヤミと戦うなんて、そんな話は全く上がってなかった。こうなると全く話は変わってくる。二人でとんずらするぞ」
「……マオは、逃げたいのか?」
「あん?」
マオの言葉に、俺はつい口を挟んでいた。
言い分はわかる。戦う必要はない。さすがに相手の提示してきた条件は横柄すぎる。
こんなのを飲み込むタコナキ氏もタコナキ氏だが、それならもう代打ちは降りるのでタコナキ氏が自分で戦いなさい、という話だ。
だがしかし。
逃げるなら、戦って負けてからでも遅くはない。
どうせ今尻尾を巻いて逃げたら、相手に好き勝手に噂を流されて、俺たちがほぼ負けた扱いになるだけだ。
負けてはない、逃げただけ、なんて、言い訳にしても苦しすぎる。
また逃げるのは、嫌なのだ。
「……マオ。もし、十全の状態のマオだったら、暗殺者のヤミとも渡り合えるか?」
「そりゃあ、アタシは、やりようはいくらでもあるけどよ……平で打つんじゃなくて、イカサマで打つんなら有利に戦える。だけどアタシには盟約の制約があって――」
「じゃあ俺も、有利に戦える」
「は? お前な……」
――また逃げるのは、嫌なのだ。
ポーダンジェのことを、化け物だと思って、敵わないと思って逃げたのを、今でも後悔しているのだ。
だから、化け物と逃げずに戦って、ねじ伏せてやりたいのだ。
「マオ、戦ってやろう。マオの名誉が傷つく前に。どうせ今逃げても、今度は“暗殺者のヤミを連れてきたら逃げた”なんて言われる羽目になる。向こうは何らかの難癖をつけてくるはずだ」
「……そりゃ、代打ち稼業やってるアタシとしちゃあ、困ったことになるだろうけどさ」
「今回依頼人はマオをわざわざ指名してきたんだ。そしてその依頼人は、不自然なぐらいマオに不利な条件を呑み込んできている。さらにここに来て、俺たちの知らない刺客の登場だ。話が出来すぎている」
マオが一体どこの誰に恨みを買っているのかは知らない。
正直、どんな陰謀が渦巻いているのかさっぱり分からないけれど。
俺が相手の予想より遥かに強ければ、全部の問題をねじ伏せられるはずなのだ。
「そうじゃねえんだ、聞けよ坊や。アタシは聖女から力を分け与えられた能力者とは、致命的に相性が悪い。大した祝福じゃない能力者ならともかく、あれだけ強力に祝福を受けた能力者とアタシが同卓したら、まずいことになる」
「……まずいこと?」
「……かなり、まずい」
半分泣き言のように彼女はぼやいた。
こんなに弱気なマオは初めて見る。
いつもは麻雀のすべてを教えてやる、ぐらいの気概だったはずなのに、今の彼女はなんだか余裕がなくなっているように見えた。
「……くそ、こんなに早く戦うことになるなんて……っ、アタシはまだ、教会と事を構える準備なんてできてないのに……」
「……わかった。マオは同卓しなくてもいいよ。センリかタコナキ氏に同卓してもらう」
「!」
「同卓できないんだろ? なら俺が戦うよ。その代わり、後で色々と教えてくれよ」
一言ぐらい教えてほしかった。
今日は、そんなことが色々とあった。
それはきっと、俺がまだマオとの信頼関係を築くことができていないからで。
きっと、まだ彼女に頼られる存在ではないからだろう。
「背中から見てなよ。俺の麻雀を見ててくれ」
◇◇◇
「……もう休憩はいいの?」
戻ってくるなり、黒髪の少女がそう問いかけてきた。
まさかそんな、こちらを慮るような台詞をかけられるとは思っていなかった俺とマオは、拍子抜けして一瞬言うべき言葉を忘れてしまった。
「……ええと、その、勝負の条件だけど」
「和了放棄じゃなくていい。その代わり、そのマオという女性は常に手牌公開状態で麻雀を打ってもらう」
驚きの条件を提示されてまたもや言葉を失う。
和了放棄と実質あまり変わらない――ように見えるが、これは天地の差だ。マオはツモ和了ができる。俺はいつでも差し込みができる。
本来ならば乗りたい条件である。
これでも無茶を言われているぐらい不利な条件だが、和了放棄と比べるとかなり良い。
だが。
(……マオはどうしても、強力な祝福を受けた能力者と同卓したくないらしい)
俺は首を横に振って話を断った。
「だめだ。条件を出す。マオの代わりにタコナキ氏に入ってもらう。それで、サシウマを握る。君と俺と、どっちのほうが着順が上かを勝負する。これなら話を受けてもいい」
「……? 何故あなたが条件を提示できる立場だと思っているの?」
「逆だよ。どうして、そこの半端な貴族が急に出しゃばっているのか俺には分からないね。マオが出るまでもない」
ブラフだ。
ここは強気に出て、話を少し掻き乱させてもらう。
向こうはどうしてもマオと戦いたいのか。
それともマオが逃げた、ということにできたらいいのか。
タコナキ氏は相手方に通じているのか、それとも交渉があまりに下手で向こうに良いようにされているのか。
正直なところ、どうとでもなれ、という気持ちさえある。
こんな訳のわからない状況になってるのだから、大人しくしたところでよくなるはずもない。
「なっ、貴様! 無礼であろう! 私がノーテン士爵だと知っての狼藉か!」
相手の貴族が鼻白んで声を張り上げた。だが爵位を言うとは愚かである。
俺はもう少しブラフを効かせることにした。
「……ノーテン卿か。覚えたぞ。ホウラ辺境伯の八男、ロナルド・パーレン・ホウラだ。当然嫡子ではないが、辺境伯の庶子ともなれば、田舎士爵にもっといい田舎を紹介することだってできる」
「!? な、何を抜かすか!?」
「この首飾りがホウラ家に縁あるものの証拠。この賭け麻雀が正当なものかどうか、御用改めとしてもいいのだぞ」
相手方の貴族、改めノーテン士爵は、顔を紅潮させて何とも言えない顔になっていた。
(全部ブラフだ。俺がスキルなしと発覚して以来、俺に発言力なんてものはほとんど存在しない。俺が動かせる大人なんて、ほとんどいないさ)
だが、この場を凍らせるだけの力はあるらしい。
本来、爵位を出すのはこれほど力のある言葉なのだ。
向こうが言い出したのでこちらも出したが、やや早まったかもしれない。
「……とはいえ、勝負事にケチを付けるつもりはなくてね。いっそのこと勝負事を全部白紙にしてやろうかと思ったが、そんな大人げないことは俺もしたくないわけだ」
「……嫌味かね」
「嫌味じゃないさ。いくら辺境伯の子供だとはいえ、お前みたいな小物一人のために、憲兵や判事を動かすのは骨が折れるんだよ」
これは事実である。
むしろ、ほぼ動かせないと思っていい。
かなり頑張って辺境伯の威光をかざせば無理じゃないだろうが、周囲に多大な迷惑を掛ける羽目になるだろうし、最悪の場合、勘当扱いになるかもしれない。
だがそれはそれ。
この場でブラフを利かせる分にはいくらでも振りかざせる。
「もう一度言うけど、マオの代わりにタコナキ氏に入ってもらう。それで、サシウマを握る。そこの代打ちのヤミっていう女の子と俺と、どっちのほうが着順が上かを勝負する。この条件なら全然呑んでもいいんだ」
「……子供が一丁前な口を利く」
「俺は別に、タコナキ氏を助けたいとか、この勝負をご破談にしたいとか、そんなつもりはないんだ。ただね、道楽貴族の子供ってのはね、武勇伝を一つぐらい欲しいものなのさ。……早い話が、代打ちとして箔がほしいんだよ」
そうすりゃあ、女受けもいいしね、とうそぶく。
女遊びにうつつを抜かしている道楽息子。そんな風体を取り繕ってみたが、もしかしたら少しわざとらしかったかもしれない。
とはいえ向こうも、俺のはったりに飲まれている部分がある。
否定し切れないのだろう。ここが押しどころだ、と俺は思った。
「暗殺者のヤミともサシウマを握ったことがある、なんて格好いいじゃないか。何なら君、負けてくれてもいいんだぜ。ホウラ家に口を利いてやってもいい」
「……」
「さて」
じゃり、と牌を掴む。
風牌を集めるふりをしながら、それとなく赤牌の場所をちらっと記憶しておく。
「席を決めようじゃないか」