第10話「……すまないが、今までの勝負を一旦白紙に戻し、条件を引継いで、急遽新たに一回の半荘戦を行うこととなった」
一一二三四六⑦⑧⑨3468 ツモ一 ドラ6
打六が正着で最も広い。
一一一二三四⑦⑧⑨3468
となり、2345678で聴牌。8ツモ以外ドラの6が出ていかない。
次点は打8。
一一一二三四六⑦⑧⑨346
五六2356で聴牌。半分ほどドラが出ていくが、ツモ3以外は良形聴牌。
※ドラが全く68索(払い候補の弱いターツ)に関連しないとき、打8のほうが期待値が高くなる。
危険牌を押し通せるのは、おおよその相手の入り目を見ているから。
通ってない筋でも平気で切るのは、自分の手の期待値が上回っているから。
相手よりも先手を取ってリーチを放つことができるのは、牌効率に明るく、かつ手牌読みや山読みに自信があるから。
配牌時点で么九牌が10種あるとき、終局まで邪魔が入らないと仮定すると国士無双を和了れる確率は約8.5%、配牌11種で約20.1%となる。
実際は他家の和了があるのでもっと低くなるが、たとえ約20.1%の四分の一だと仮定しても魅力的である。5%で役満。期待値は十分である。更に言えば、マオは和了しないので約6.7%に上振れする。
他家の先制リーチやドラポンが入っても、期待値的には押すことができるし、危険牌を掴んだら降りればいいのだから、防御面もさほど悪化しない。
そして何より、ぶっこ抜きによる手牌操作が効く。
序盤六巡で国士無双を一向聴〜聴牌に持っていくのはさほど難しくない。
(せいぜい、危険牌ゴリ押しのヌルい麻雀だと思ってろよ。俺はその隙にやりたい放題させてもらう)
後手を引いても押す。
期待値的には無理のない押しなのだが、これをきっちり行う。相手に先手を取られても、ほぼ五分五分の勝負に持ち込んでしまうのだ。
何となれば。
有効牌が4種16牌である両面二つの満貫一向聴、3種9牌の満貫七対子一向聴でさえ、比較的押せるのに、2種8牌の国士無双一向聴を押さない道理はない。
(点数のリードを多少取られても構わない。こっちは役満圏内ならいつだって逆転可能なんだ)
マオがアシストしてくれなくても構わない。
和了放棄をしようが、俺がその分だけ和了ればいい。
マオに言いたいことは山ほどあったけれども。
それより先に、この場を勝ち切らなくてはならない。
センリ、ヨロクという二人の代打ちを前に、俺は一歩も引かない闘牌で渡り合った。
極めて苦しい戦いであった。
勝ったり負けたりを繰り返す、一進一退の攻防。
センリもヨロクも、別段弱い打ち手という訳ではない。むしろ基本に忠実で力強い麻雀を打っている。
門前志向のセンリと、鳴き主体のヨロクは、二人まとめて相手にしようとするとなかなか手ごわい。
しかしそれでも、俺は最善を尽くした。
多分、たった一人でできる精一杯のことは、やり尽くしたと思う。
一位、二位、一位、三位。
ぶっこ抜きと国士無双の力を借りて、何とか着順1.75位という驚異的な成績をキープする。だが、そろそろ牌の読み過ぎで頭が痛くなりつつあった。集中力の限界であろう。
思考が定まらず、息も絶え絶えになってきた頃、その時ようやく、マオと目があった。
――マオの口元は、綻んでいた。
◇◇◇
王国騎士団、ナイツ・オブ・ラウンド。
またの名を、【雀卓の騎士団】。
それは、騎士王と名高き初代国王が設立した、大陸で最も由緒正しき騎士団である。
言い伝えによると、雀卓の騎士たちはかつて遥か昔に、聖牌探索に成功したとされている。
聖牌の前で、一人の騎士が呟いた。
「……聖牌を騙し騙し使い続けているが、もうじき限界を迎えるだろう。そうなれば最後、人々は神からの恩寵を失い、世界は再び混迷を迎える。そうなる前に、我々は新たなる聖牌を探さなくてはならぬ」
聖牌探索。
すなわち、新たなる適合者の探索である。
次の時代の繁栄のためには、この世界の三元要素――大三元の調和が必要となる。
肉と骨と魂。
龍の力を宿すとされるそれらは、別名ドラゴンタイルと呼ばれている。
「新たなる聖牌を、新たなる人柱を。この世界が再び混迷に包まれることを、防がなくてはならぬ」
聖牌とは、人々に力を与える石のことである。
奇しくもそれは、精霊石と呼ばれる石の姿に酷似していた。
◇◇◇
(……坊やを騙していたわけじゃないんだ。けど、最後の半荘まで和了る訳には行かなかったのさ)
遮二無二になって四半荘を戦い切った相棒を目の当たりにして、マオは確信した。
この少年、ロナルドはとても使える、と。
たった一人でこの勝負を互角以上に渡り合ったのだ。嬉しくならないはずもない。
(この勝負、アタシは五半荘のうち四半荘、和了ることを禁止されていたのさ。そういう条件でしか呑んでもらえなかったんだ)
元を正すと、この勝負はマオ側にとても不利な条件を与えられていた。
言い換えると、タコナキ遊郭がそれだけ足元を見られていたという証拠でもある。
借金で首が回らなかったのか、それともパトロンとなってくれる貴族が見つからなかったのか、もしくはその両方か。
いずれにせよ、平等な条件での麻雀代打ち勝負ではなく、タコナキ遊郭側にいくつか重たい条件が課せられていた。
五回の半荘戦を行うこと。
五回目の半荘を除き、マオは常に和了放棄すること。
マオと組むものは、裏の世界で名の通った代打ちではなく、あくまで初心者であること。
(全ての条件に適うのが、あの坊やだった。馬鹿げているぐらい麻雀が打てる、代打ち初心者。もっとも、向こう側もまさか貴族の子供を連れてくるなんて思ってもなかっただろうけどねえ)
少々酷な話をすると。
最悪の場合、マオは、ロンを見捨てる道もあった。
負けてしまったとしても、マオはその場から立ち去って逃げる算段であった。
名門貴族のホウラ家の血縁者である彼に、すべての責任を覆い被せてしまうという方法も取ることができた。
そして事実、全く使えないと判明した暁にはそうするつもりであった。
――かつての、荒んでいた頃のマオならば間違いなくそうしていた。
(……情でも湧いたかね。アタシらしくないねえ。無意識のうちに、あの坊やが勝つことを期待していたんだから。勝っても負けてもどちらに転んでも大丈夫だったはずなのにねえ)
五回目の半荘が始まる。
この最後の半荘に限っては、マオは本気を出してもよい条件であった。
ここまで本気で戦って、場を繋いでくれた相棒に報いなくてはならない。目と頭を酷使してすっかり憔悴しきっている少年を前にして、マオは決意を固くする。
最後の勝負。マオはこの上なく真剣に取り掛かろうと考えていた。
もはや敗北は許されるはずもない。
彼女のやるべきことはひとつ。芸術的な積み込みと手捌きで、この半荘をきっちりと仕上げることであった。
だが、しかし。
「……すまないが、今までの勝負を一旦白紙に戻し、条件を引継いで、急遽新たに一回の半荘戦を行うこととなった」
いざ五回目の半荘戦が始まるまさにその時に、それは訪れた。
ノータリン・タコナキ氏と、相手方の貴族が同時に部屋に入って勝負の延長を告げる。
一緒にいるのは、影を思わせるような暗い印象の少女。
マオはその時、恐ろしい仮説に気付いた。
条件を引き継ぐとはどういうことか。
「……ちょいと待ちな。今回の勝負は、半荘戦を五回行って、累積点数の多いほうが勝ちというルールだったはずだ。打ち手はセンリとヨロク、アタシと坊やの四人と決まっている」
「当人同士で決めたのだよ。倍の金を弾むと伝えたら、タコナキ氏も同意してくれたよ。だから勝負は一旦白紙に戻り、次の一半荘で全てを決することになる」
相手の貴族に食って掛かったマオだったが、そのまま何を言っても無駄とばかりに受け流されてしまう。
当人同士が決めたことであれば、代打ちには決定権はない。
だが、タコナキ氏がこんな馬鹿げた条件を呑むなんて、普通はあり得ないことなのだが。
今回の雇い主のタコナキ氏は、ただただ申し訳無さそうに俯いていた。それが何を意味するのか、マオにはすぐにわかった。
裏切りである。
いかにも冷淡な様子の貴族の男は、マオに対して通告を突きつけるような面持ちで言葉を続けた。
「条件を引継ぐというのはつまり、君の制約もだよ。マオくん。これは五回目の半荘戦ではない。一回目の半荘戦だ。よって和了は放棄してもらう」
「あ? そいつは無理筋ってもんだ。屁理屈捏ねて、とんでもねえこと抜かしても、そうは問屋がおろさねえ」
「試してみるかね? 私の行ったことが間違っているかどうか、実際にやってみるといい。そうすればわかる。お前たち龍の血族は、約束を破ることができないのだから」
「……っ」
何と外道なことを、とばかりにマオは睨んだ。
だが、睨む以上のことはできなかった。
龍の血族の盟約は、絶対のものなのである。
突然のことに目を白黒とさせているロンをよそにして、貴族の男はさらに言葉を続けた。
「それでは紹介しよう。センリの代わりに入ってもらう代打ちだ。【暗殺者】のヤミだ」




