【読み切り】呪いのビデオ(※コメディーです)
これは、今より少し未来の話ーー
昔、呪いのビデオというものが流行ったのをご存知だろうか。
イチャつくカップルの日常が延々と映し出され、見た者の大半は自覚もないままに「リア充爆発しろ」と呪いをかけてしまうという、世にも恐ろしいビデオのことを…。
何故私がそんなものを知っているのかというと、古物マニアの兄に聞かされたからだ。
そのビデオの現物とともに。
最初それを見た時は首を傾げた。
分厚く四角い形状の黒いプラスチック。手書きのタイトル。裏面には二つ穴が開き、片面にピロピロした変なテープが入っている。
思わずそのピロピロを引っ張り出したら、兄にゲンコツを落とされた。
ひどい。ちょっとした好奇心だったのに。
私に自慢した癖に、兄はそれを見ようとはしなかった。
一週間経っても。
二週間経っても。
兄は重度の怖がりなのだ。
打開策として、私にそのビデオを見るよう兄は命じた。ちょっと面倒くさかったけれど、報酬のピザ(トッピングし放題)につられて引き受けた。
兄の部屋で一人、教わった通り再生機にビデオを入れる。
兄は自分でビデオを入れるのすら嫌がったのだ。とんだチキン野郎だ。
再生機本体のボタンを押すのは少し変な感じだけれど、マークは一般的なアプリと同じなので使い方はわかる。
ポチッと再生ボタンを押した。
数秒待ったけど何も映らない。
壊れてるのかな?
なんかガチャコンガチャコンいってるけどわからない。
仕方がないので、兄が置いていった手書きのマニュアルを開く。
ちなみに兄は、再生中の家にいるのも嫌だと言ってお出かけ中だ。ピザはレポートと引き換えなので、解決策を見つけないといけない。
『ビデオが再生されない時』の項目を見る。上からチェックしていくが、どれも違う。最後の方に『巻き戻しが必要な場合』というのがあった。
巻き戻し???
何のことだろう。
首を傾げるがわからず、とりあえずマニュアルに書かれたのと同じマークのボタンを押した。
途端にギュルギュル言い出す再生機。
思わず肩がビクッと震える。
………壊れた?
少し不安になる。
でもマニュアル通りにやったのだ!
私は悪くない!
そう開き直ってじっと待つ。
やがて異様な音は止まった。とりあえず煙を吐いたりはしていない。
恐る恐る、もう一度再生ボタンを押した。
ガチャンと大きな音がして動き出す。
心臓に悪いから、もっと静かにして欲しい。
内心文句を言いつつ、映像が映し出された壁を見た。
いきなりアップで映し出されたのは、女の肩に腕を回した男だった。
そのニヤけ顔に即座にイラっときて、壁を殴りそうになる。
すぐに場面が変わる。
小洒落たカフェだ。
向かい合って座る、先ほどの男女。
テーブルの上にはドリンクが一つ。
そこに刺さる二本のストロー。
嫌な予感がした。
次の瞬間、男女は微笑み合うと同時にストローに口をつけた。
赤い液体で透明だったストローが色づき、その形があらわになる。
ハート形。
そう、ストローはハート形にカーブしていたのだ。
赤いハートを挟んで見つめ合うリア充。
手に持ったままのマニュアルが、グシャリと音を立てた。
次は外だった。
ベンチに座った女が、ドーナツを男に差し出した。
男は口を開け、それをかじる。
女が男の口端についた食べかすを指で拭った。
照れ笑いする男。
女から食べかけのドーナツを受け取り、それを女に向けて差し出す男。
味そっちのけな雰囲気に、胃がムカムカする。
また場面が変わった。
今度は陽射しの強い浜辺だ。
なんとなくわかった。
これから何を見せられるのか…。
頼む…もうやめてくれ…
案の定、波打ち際をゆっくり走る女を、これまたゆっくりと男が追う。
キラキラと波しぶきが輝く。
眩しい太陽。
この世で一番幸せなのは自分たちだと言わんばかりの、二人の満面の笑み。
……っ…ダメだ…もう耐えられないっ…!
ついに、口から禁断の言葉があふれた。
「……リア充爆発しろ」
約束された呪いの言葉。
そのことに気づき、我に返って口を押さえるがもう遅い。
私は……ビデオの呪いに屈してしまったのだ……。
呪いのビデオ。
見た者の妬みを増幅し呪いの言葉を吐かせ、リア充への尽きぬ嫉妬を抱かせる。
そんな途轍もなく恐ろしいものがこの世には存在することを、ゆめゆめ忘れてはならない…
裏設定:
今より未来の話なので、情報の精度が低い。
呪いのビデオと結婚披露宴で使われたビデオがごっちゃになり、誰かが冗談としてタイトルと注意書きを添えたこのビデオが、本物の呪いのビデオとして一部マニアの間で噂になっている。