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1-4 名前、それは一人ずつ一つ

 一の町銀座、改め松野銀座。駅前通りとの交差点に面している神殿には、かつて闇の神の端末が置かれていた。

 松野祐子は、その端末に宿って身体を乗っ取った。なので現在、神殿は私の住居。

 異世界なのにビジネスホテルとワンルームマンションの合いの子みたいな居住空間があって、二十一世紀初頭の日本の食べ物も勝手に補充されている。テレビやインターネットはないけれど、わりと日本と大差のない生活を過ごせる。それもこれも、すべて闇の神の厚意――――なはずもなく。

 闇の神、つまりこの星の創造主で端末の本体は、私と同じ時代に日本で暮らす人間だ。それが適当に創造すれば、本体の記憶が再現されるだけ。

 もっとも、住民用に造った建物は、すべて百年近く前の古くさいものばかり。意識して造る時は古くさくて、どうでもいい時は現代風になる。端末は二十四時間立ってるだけの人形だったから、その住居なんて形だけ用意されたおまけでしかなかった。


「では次の方どうぞ」

「はぁ…、祐子様助けてくださいぃ」

「それは無理だから」


 で。

 神殿一階、端末が突っ立っていたスペースに二つのテーブルが設置され、臨時の相談コーナーが開かれている。

 何の相談かって? 名付けなのだ。

 名付けと言っても、どこかのご都合主義な話のように、命名したら進化して強くなったりはしない。まぁ名づけは大国主やらヤマトタケルからの伝統だし、命名で社会的立場を得るのはアリだろうけど、今はそんなことはどうでもいい。

 例えるなら、明治になって戸籍のために名字をつけた時が似ている。一応、この星の人類は姓名の名はもっているから、名字をつけるだけなら同じだ。

 ただし名づけの対象は人間だけではない。

 町の名前。中心部の駅前通りと銀座だけ名前があるが、他はただ数字を振っていた。一丁目から始まって、百八十丁目まであったらしい。

 店なども同様で、町長たちに接待された料亭は第一料亭で、第二十料亭まである。とにかく、何もかも数字の羅列。

 なぜそうなったのかって? 簡単だ。闇の神は自由な名づけを許可しなかった。禁止したわけではなく、許可すると言わなかったせいでこの有り様だった。

 だから現人神の私は、自由な名前を許可した。それどころか、呼びにくいから名前を考えるよう求めた。神の命令は絶対なので、人々は焦って名前を考え、思いつかない人たちが相談に訪れている。


「そもそも、なぜ私たちが担当なのですか?」

「あなた方は教養もあって適任だとうかがいました。市長に」

「ち、父は娘を祐子様の近くに置きたいだけです」

「ちゃんと仕事が出来ているじゃないですか。巴さんも頼りにしてますよ」

「祐子様ぁ…」


 相談員は静と巴。静さんは市長の娘、巴さんは静さんの同級生。なので女子大生みたいな外見で、まさかの八十代、孫多数あり。

 巴さんは静さんの推薦だったけど、御前つながりでいい感じにやってくれている。うん、御前つながりって何?


 ちなみに、やたら古くさい名前なのは、これも闇の神のせい。

 闇は最初の人類創造にあたって、日本の百年前の戸籍と、歴史資料からランダムに名前を割り振った。そして、今後生まれる人類用に、その名前一覧を役場に置いた。結果として、一覧に載っている名前しかつけられなくなった。

 これも私が、自由につけていいと詔したので、今後は変わっていくはず。改名も今から自由。


「祐子様。同じ名字だらけですが、これで良いのでしょうか」

「巴さんが気にすることはありませんよ。ないよりマシです」


 この星――なんと「地球」と呼ばれている――の中で最大の都市が松野市で、今日現在の人口は約十三万人。そのうち、名字をもっていた人は一万人ほどで、残る十二万の名字を一斉につけるのだから、日本がそうだったように同じ名字ばかりになる。

 一応、一年間は変更可能にした。事務手続きが大変だって? そこは大丈夫。役場…ではなく市役所には、戸籍箱という激レアアイテムがあって、手書きの書類を食わせてやればそれで登録完了。

 副市長に自慢されたので視察したら、「最高級」と書かれたコピー機だった。

 というか、見た目は日本のコピー機で、「最高級」PC内蔵。闇の神が造ったので、百年間全く故障もないというトンデモな代物なのだ。激レアというのも間違いではなかった。

 神の保護は基本的になくしたけど、今のところ戸籍箱は仕方なく保護を続けている。ただ、保護している限り、代わりの機器を開発してくれないだろう。どうしてくれるんだクソ闇。



 結局、命名騒ぎは半月ほどで落ち着いた。

 この星の人類は、全員が最低でも日本の中学校卒業程度の学力をもつよう設定された。もちろん頭脳の優劣はあるが、自分で自分の姓名を考えることはできる。パニック状態がおさまると、各自冷静に検討するようになった。

 なお、参考文献として名前一覧をアップデートして、市内各所に置いた。


「私の思いを踏みにじるなんて、祐子はひどいわー、もうやる気でないわー」

「次は鉄道と航路だからよろしく」

「アンタって創造主様を何だと思ってるのよー」

「語尾が鬱陶しい人」


 アップデートした結果、悲しいことにあれが増えてしまった。そう、キラキラネームだ。

 闇の神が、意図的に最近の名前を外したと気づいていたけど、そしてキラキラネームは自分も好きじゃないけど、そこで勝手に省くのは神のわがままだと思った。


「類意似ちゃんとか黴胃ちゃんとか、祐子は責任取りなさいよー」

「元ネタがないんだから違和感もないでしょ」


 真面目な話、どうしてそれを選ぶのか理解不能な名前は少なからずあった。でも、松野市民が本気で自由にやった結果なのだから、創造主は喜ぶべきだ。うん。今からでも変えた方がいいと思うけど。


※異世界の星の名前が地球というのは、わりと珍しいのではあるまいか。

 次からの鉄道建設で完結。冒険者ギルド編へ。

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