2、そして少女は思い出す
それは突然だった。
「うぅ…」
「アリアお嬢様!?」
何の前触れもなく頭が割れるように痛み、視界がゆがんで、目の前で星が瞬いているような感覚に襲われた。
体に力を入れる事が出来なくなって、何が起こったのかわからないまま、私の異変に気付いたらしい女性の焦った声を遠くに聞く。
その声の主を誰だか確認できないまま、私の意識は完全な暗闇へ吸い込まれた。
* * * *
「…りん…きて!起きて!海音!!」
「ふぇ!?…澪ちゃん…?」
誰かに揺さぶられるような感覚と一緒に、耳元で大きな声に名前を呼ばれ、夢うつつで旅立っていた意識が強制的に呼び戻された。
驚いて顔を上げた勢いのまま辺りを見渡すと、心配そうに此方を覗き込む女性と目が合った。
キョトンとして見つめる私に彼女、山本澪が呆れたように「やっと起きた」とため息をつき私の向いの席に座った。
まだ、半ば夢の中に居るような感覚でぼーっと澪を見つめる。
「約束の時間になったから来たらこんな所で寝てるなんて!
いくら人目が多いカフェ内だからって危機感なさすぎだよ!!」
「ごめんね、昨日遅くまでゲームしててちゃんと寝てなくて…澪ちゃん待ってる間に寝落ちしちゃったみたい。あっそうだ!
澪ちゃんから借りたゲームコンプリートしたよ!!」
なんだか不思議な夢を見ていたような気がして思い出そうとしてみたが、正面の椅子に座った澪の目が吊り上がり、一目で怒っているのが分かった為慌てて謝る。
澪は中学からの付き合いの私の親友様だ。
美人でオシャレな見た目をしているが、中身はただの腐ったオタクなので、陰キャの私とも話は合うし何かと気にかけてくれる頼れる奴。
彼女とはルームシェアをしているし、学校でも殆ど一緒に居るのが、今日は彼女が課題で朝早くに学校に行った為学校で待ち合わせをしていた。のだが、今日に限って私が寝坊し、被りの講義に出席できず、その後は講義が被らなかった上、お昼ご飯を忘れるという最悪なドジのコンボをやらかしたので、お昼に学校近くのカフェで待ち合わせをしていたのだが、どうやら彼女が来る前に寝落ちてしまったらしい。
私の手には、彼女が来るまでの暇つぶしとしてこの後澪と一緒にやる予定のゲームが付けっぱなしのまま握られていた。
瞬時に謝罪の言葉を口にした私をジト目で見て来る澪に耐えられず、話題を変えようと昨夜―最早今朝と言ってもいい―やっと終わったゲームの話を振った。
「まじ!?よかったでしょう?!
アクション系のミニゲームもあるし、なにより出てくる攻略キャラのスペック高すぎて三次元じゃ絶対いないかっこよさだよね!!!」
「そ、そうだね!」
目を輝かせて早口で語りだした澪に圧倒されながら相槌を打つ。作戦は成功。見事に話題をすり替える事に成功した。
澪に借りたのは女性向け恋愛シミュレーションゲーム『学園ラブマジック~運命の恋と乙女の涙~』。
所謂、乙女ゲームと言われるジャンルのゲームで、一カ月ほど前に澪から「絶対ハマるからプレイして!!」とすごい熱量で推されたのでプレイしてみる事にした物だ。
恋愛系のゲームはあまりしたことはなかったが、恋愛以外にもミニゲームという形でアクションがあり、思いの他面白く、3週間でコンプリートした。
キャラクターごとのルート分岐が多く、他のゲームと並行してプレイしていたので3週間もかかってしまったが…それでも早い方だろう。
「それまで散々細々とした嫌がらせをヒロインにしていたけど、全ての罪を着せられて殺されちゃうアリアは可哀想だったよね。」
「…アリア…?」
「アリア自身も馬鹿だけどかなりの美人だったし、高位貴族だから気づかない内に周りの妬みとか嫉みを買ってたんだろうね」
『アリア』この名前が何故か引っかかった。
『アリア』とは借りた乙女ゲームに出てくる悪役令嬢の名前。
高位貴族でとても美人なのだが、頭は良くない。
最後には主人公であるヒロインに細々とした嫌がらせを続け、物語の中盤でいなくなる大変可哀想なキャラ。
昨日、寝る寸前までやっていたゲームなので忘れるわけがない。だが、それだけではない"何か"があるような気がする。
何かを忘れているような漠然とした不安があるがそれが何なのか全くわからない。
思い出せない何かが引っかかってゲームについて話している澪に全く集中できない。
それに、澪とのこの会話に身に覚えがあるような気もして違和感を覚え、この違和感の正体は何だと必死に頭を巡らせる。
前にもこんなことがあった気がする。
澪に、借りたゲームを終わらせたと告げたら彼女の話が止まらなくなって、集まった目的のゲームが出来なかったのだ。
あれは――
――そう、あれはトラックに轢かれる少し前の―…
…?
…トラックに…轢かれた…?
―そう思った瞬間、ここは夢の中だと全てを理解した。理解、してしまった。
あの日、澪のマシンガントークの後、昼休みが終わるギリギリの時間になってしまった為、ゲームは夜行う事にして別れた。
放課後、バイトだという澪と別れ、特に用事も無かった私は大人しく帰路に付いた。
家の近くの交差点に差し掛かった所で、トラックがこちらに迫ってきて―………そうか、私は、死んだのか。
『それ』を理解したと同時に『アリア』の名前に引っかかった理由もわかってしまって、未だにマシンガントークが止まりそうにない澪を見る。
私は今、笑えているだろうか。
視界が歪んでいる気がするから上手く笑えていないかもしてない。
それでも…と、もう会えない親友に向かって口を開く。
「澪ちゃん。私ね―…」
そして、再び私の世界は暗転した。