1、最悪の日
今にして思えば、その日は酷くついてない日だったような気がする。
朝は寝坊して電車に乗り遅れて遅刻ギリギリだったし
家を出る前に点いていたテレビの占いは運勢最悪だったり
お昼のお弁当を忘れてコンビニに走る羽目になったり
その途中、慌ててたせいで廊下で派手に転んだり
そんな感じで、その日は本当に何をやってもダメで、現実逃避でもしてないとやってらんない一日だった。
だから一刻も早く家に帰って大好きなゲームで現実から目を背けたかったし
その日がどハマりしているゲームの大型アップデート前日で、翌日から始まる新イベントに備えて色々準備をしたかったというのも理由の一つ。
だから
用事があるというルームメイトと学校で別れ、寄り道もせずに早足で帰路に着いたのに…
それがその日の――いや、私の人生で最悪の分岐点だったのかもしれない。
正直何が起きたのか覚えてない。
ただ、突然の事で頭が真っ白になって、やけに周りがゆっくり動いていた事だけは覚えている。
煩いくらいにクラクションを鳴らしながらこっちに向かってくる大型トラックがすぐそこまで迫って来て、瞬間的に"死"という単語だけやけにはっきり脳裏に浮かんだ。
画面越しの映画やドラマでも見ている気分だと頭の隅で他人事の様に呟く自分が居て、本能は逃げろと囁くのに迫って来るトラックを呆然と見詰めるだけで体は動いてはくれなかった。
多分、その時にはすでに私の体は諦めて運命を受け入れたんだと思う。
昔からあまり運動は得意な方じゃなかったから、トラックが視界に入った瞬間に無意識に諦めたんだと思う。
死ぬ時はスローモーションに見えるって本当だったんだな…なんて、どうでも良い事を呑気に思ってしまったのがその証拠な気がする。
でも、今にして思うとそれは、‶死‶に対する恐怖への私なりの現実逃避だったのかもしれない。
実際にはほんの一瞬だったのかもしれないのに凄く長く感じた時間も
トラックのクラクションの音も
町の騒音も
ドンという何かにぶつかる音でさえも
やけに遠く離れた場所から聞こえているような感覚がしたし、余計な事を考えていたせいかそれ程怖いとは思わなかった。
そんな中で私の視界は暗い闇の中に落ちて行って
二度と光が入ってくる事はないのかぁ…と理解するのに時間はかからなかった。
何故、自分がこんな目に…と思う。
自分では"人生が突然終わる"ような、そんな目に遭う人生を送ったつもりは無かったけど、知らないうちに神様に嫌われるようなことをしてしまったのだろうか。
ただ、普通に…本当に普通に学校に行って、将来に漠然とした夢と不安を見ていただけだ。
多少は人見知りだったり、他人と上手く話せなかったり、他人とは違うオタク的な趣味を持っていたりはしたが、それでも普通に学生生活を謳歌していたと思う。
なのに、こんな事になるなんて…。
こんな事になるなら、もっと実家に顔を出せばよかったと少し思う。
お母さんやお父さん、お婆ちゃん…大好きな家族に最後の別れを言いたかったし、何ならもっと色んな話をしたかったと思う。親孝行だって…これからだったのに…。
幼稚園に入学したばかりの双子の甥と姪とも遊ぶ約束と姉夫婦の新居への引っ越しの手伝いは果たせそうにない。
それに何より、明日のイベント一緒にスタートダッシュ決める約束した親友は激怒するかもしれない。
中学から一緒で、ずっと変わらず私の側にいてくれた美人で男前な親友は私の自慢だったけど、少し性格がわかっているから私意外と上手くやって行けるのか心配。
そういえば、二人で借りている家は私が居なくなったらあいつが1人で家賃を払う事になってしまうから負担をかけてしまうな…。
薄れていく意識の中で浮かぶのは大好きな家族の顔と親友へのどうでも良い心配で、心の中でごめんねとつぶやいて私の意識は完全に闇に飲み込まれた。
闇に落ちる寸前に、泣きながら怒り散らしている親友の幻覚が見えた気がした。