ある一言から始まったキス物語
本文は短いですが、もしかしたら人を選ぶかもしれません。それでもいいよ、という方はどうぞゆっくりしていってください・・・
・・・キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカンコーン。
とある日の午後一時五分。五限目の授業が始まる音がした。
それから間もなくして教室前方の引き戸が開き、僕らのクラスの『Biology』を担当する女教師、井上尚子が入ってきた。
「えー・・・今から授業を始めます。クラス委員さん号令をお願いします」
井上尚子がそう告げると、
「気をつけ、礼。お願いします・・・」
男女一人ずついるクラス委員のうちの男子のほう、大和大輔がそう言った。
そのすぐ後、僕を含めた他の生徒も席につきながら彼のように授業開始の挨拶をした。
「えー・・・では、最初に前回の復習からしていきますね。皆さん、これから私が黒板にチョークで描いたものの名称について答えてください。分かりましたか?」
僕らが返事をする時間を用意することもなく、
「分かってくれたというていで早速、描いていきますね・・・」
と、井上尚子は言うと黒板に白いチョークで揚げ物のイカリングみたいなものを描き始めた。そして、
「では、これはなんでしょうか?そこのあなた答えてください!」
せめて名前で呼んでほしいものだが、まぁ、それは別にいいとして。
(他にも複数の生徒がいるなかでなぜ僕のことを指名したんだ、井上・・・?)
と、今すぐにでも叫び散らかしてやりたかった。でも、僕はそんなアタオカなことはしない。だって、心がチキンだから。コケ―・・・。
「えー・・・と、女性の唇ですか?」
僕は、イカリングと女性の唇で迷ったが、気づいたときには唇のほうで答えていた。
「そうです、正解です」
「え?本当ですか?」
僕が聞き返すと、
「はい、マジです・・・」
井上尚子は、笑顔でそう言った。
このとき、僕は不思議と何かがおかしいと思い、すぐさま机の上に積まれた生物の教科書で唇みたいなやつの正体を調べることにした。
(えー・・・っと、これじゃなくて、それでもない。こっちでこうだから、それだ・・・。あった、あれは気孔だ。植物の葉にあって蒸散とかしてるやつ。けど、だとするとなんで井上は正解だと言ったんだ?)
僕は、唇みたいなやつの正体が気孔だと判ると、視線を教科書から井上尚子へと向けようとして・・・
「うわっ!?大輔か・・・ってお前、今、授業中だぞ。それに、なんで井上は注意しないんだよ?」
「あなたのことが好き。ねぇ、キスしていい?」
「いやいや、僕とお前は同性同士だぞ!早く席に戻れ!!」
僕がそう、クラス委員の大和大輔に伝えると、彼はいきなり僕の額に薄っぺらい唇をくっつけてきて、
「うん、美味しい。可愛い、かわいい、あ・な・た」
「ちょ・・・お前、何すんだよ。やめろよ、気色悪いぞ」
僕は、いきなりのことで動揺しつつも彼のことをぐいっと押して引きはがした。
そのとき、僕はクラスにいる全員がとろけ顔になっていることに気がついた。
席を立ち、周囲を見渡すと、約四〇名いる生徒のうち僕を除いた全員と教師の井上が、僕のほうを瞳をとろんとさせて見つめてきている。
「おい、皆どうしたんだよ?それと井上、授業はやらなくていいのかよ?」
「「「・・・・・・」」」
僕の言葉に対して誰も何も答えてくれない。いや、ただ一人だけ答えてくれた。
「あなた、もう一回キスしていい?いや、何も言わないで。どっちみちするつもりだから。んー・・・」
「おい!お前に関しては、何があったんだ?本当に気持ち悪いぞ」
と言うと、僕はピシャリと唇を突き出している大輔の頬を一度叩いた。
「い、痛いわ、あなた。けど、そんなあなたのことも好きー・・・」
「だーかーら、やめろってばー・・・!」
僕は、しつこいと言わんばかりにキスしたがっている大輔のことを押し返した。
そして、再び周囲を見渡すと、ついさっきまでは唇を突き出していなかった他の生徒らも大輔のように唇を突き出して何かをボソボソと言っている。
耳に全身を駆け巡る神経を集中させると、
「「「キス、キス、キス・・・」」」
なんていう言葉を何度も繰り返して呟いていることに気がついた僕は、寒気と恐怖を感じて脱兎のごとく教室を抜け出した。
「本当に、なんなんだよ今日は。皆、どうしたってんだよ・・?」
僕はポツリと呟いた。その直後、僕は教室のドアを閉めずに廊下に出てきてしまったことを思い出す。
「あっ・・・しまった。ドア、閉めてなかった」
急いで踵を返そうとした僕だったが、それは無理そうだ。
というのも、もうすでに教室から何名かの生徒が廊下に出てきてしまっており、
「キス、キス、キス・・・」
と言いながら僕のほうへと歩いてくるからだ。
「はぁー・・・これが、男子じゃなくて女子だけだったらよかったのに。いや、女子だけでも好意を寄せてない相手からだったら恐怖でしかないな。そんなことより逃げないと・・・」
僕は、そう言い残し全力で走りだした。すると、そんな僕に合わせるように教室を出てきた生徒達も走りながら僕のことを追いかけてくる。
「いや、マジでなんなんだよ。それに、さっきより数も増えてるじゃねーか・・・」
とにもかくにも僕は一生懸命に腕を振りながら紺色の学校指定ブレザーに身を包み汗だくになりながら廊下を左へ右へ、上の階、下の階へと走り続けたのちに今では使われていない空き教室へと入り身をそこで隠すこと決めた。
「ふぅ~・・・ここまで来ればなんとかなるかなって、いや、万一のことも考えておかないと。それにしても何がどうなってこうなったんだよ?それと、ここって普段なら施錠されてるはずじゃなかったっけ?」
僕がブツブツと呟きながら現在までの原因になりそうなことを考えていると、廊下の足音が徐々に大きくなってくるではないか。それにすぐさま気づくと僕は、まずいと思い息をひそめた。
それでも足音が、コツ・・・カツ・・・と近づいてきて次の瞬間、ガラララララ・・・と、僕のいる空き教室の引き戸が開いた。
「小谷田寧々さん!?」
僕はつい、驚いたあまり大きな声で空き教室に入ってきた彼女の名前を叫んでしまった。
「あ、こんなところにいたんだね。探したよ・・・。一緒に教室に戻ろうよ?皆、心配してるから」
「いや、もしそうだったとしてもなんで今日の皆は、キスにばっかり執着してるんだよ?」
「それはね、君のせいだよ。君が『唇』なんて言わなければ皆、変にならなかったのに」
「な、なんのことだ。というか、小谷田さんは、どうして僕のほうに身体を寄せてくるんだよ?」
「ばれちゃったかー・・・。じゃあ、いただきまーす・・・」
「んんっ!?」
僕は、高校に入学してから人生で初めて恋心を抱いた異性である小谷田さんに意味も判らぬまま、バージン唇を奪われた。
「んっ・・・こや・・・さ・・・」
「あなた、本当に可愛い。もっと、可愛い顔を見せて・・・」
僕がパチッと瞬きをして目を大きく見開くと、そこに、そこにいたのはなぜか大和大輔だった。
「おえー・・・気持ちわる。というか、小谷田さんは?それとお前は、どっか行け!マジで・・・」
僕が本心を言葉にすると、頭に何かがコツン・・・と当たった気がして、
「はっ?!なんだよ?」
と言うと、僕の目の前には怒った顔をした井上尚子が立っていた。
「あなた、今まで寝てたわよね?」
「いや、寝てないです・・・って、ここは教室ですよね?」
僕が聞き返すと、
「なにをあたり前のこと言ってるの?教室以外にどこだって言うのよ?とにかく廊下に立ってなさい!」
生物の女教師、井上尚子が僕にそう伝えた。
「はいはい、立ってればいいんでしょ?」
「そういうことです。それと、『はい』は一回!」
「はいよ・・・」
僕は、席を立つと寝ぼけ眼な目をこすりながら廊下へと向かって歩き出す。
そして、そんな僕のことをクラスの生徒が笑いながら見送った。
(いやー・・・今までのは夢だったのか。よかったようで嫌なような気がするけど、大輔とのキスだけは夢でよかったと思うわ、ほんとに・・・)
そんなことを思いながら僕は廊下へと出て行った。
そのとき僕は、クラス委員の大和大輔が廊下へと出て行く僕のことを意味深にじっと見つめていたことを知る由もなかった・・・・・・。
この度は最後まで読んでくださり有り難うございました。
少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。
皆さんで、とにかく頑張っていきましょー・・・(エイエイオー)。