その十七 王家の服
「そんなことより、どう、この服直せそう? 血は落としといたんだけど」
「うーん……」
金髪の少女が聞くと、服屋の男は難しそうな顔をしながら破れた学生服とズボンを見ていく。
「彼は旅をしているって言ってたよな」
「ええ」
「旅先で手に入れたものなのか知らないが、こんな服はついぞ見たことがないなあ。生地もうちが扱ってるものと似てはいるが、どことなく違うみたいだし……」
男の言葉に、少年はドキリとする。こことは別の世界の服なのだから、見た目や生地が違っているのは当然かもしれない。
しかしいまここで、少年が別の世界から召喚された者だということを打ち明けても良いものなのだろうか。
これまでの黒髪の少女たちの話から察するに、この世界に召喚された者の多くがチート能力を得ていて、そしてそのチート能力者の一定数が悪い意味で幅を利かせているらしい。
もしここで少年が召喚された者だと知られてしまったら、この服屋の男を不必要に怖がらせたり不安にさせたりしないだろうか……。
少年が抱くそんな不安をよそに、金髪の少女は何事もないかのように服屋の男に聞く。
「無理そう?」
「いや……生地をここに置いてあるもので代用して、見た目も他の部分から推測して縫い合わせていけば、できないことはないだろうが……」
そう言いながら、服屋の男は学生服とズボンと少年を順々に見ていく。
「でもなあ、こんなでかい穴を塞ぐくらいなら、新しい服を買うなり別のものを仕立てたほうが手っ取り早い気がするけどなあ。そんなにこの服は大切なものなのかい?」
ちょっと前に青年からも言われた言葉だった。青年に返答したときのように、少年は言う。
「あ、いえ、そっちの服はべつにどっちでもいいんです。それより、もう一つの外套のほうはどうしても直したくて……」
「これのことかい?」
男が傍らに置いていた破れた外套を広げてみせる。そちらのほうも難しそうな顔で見ていた服屋の男だったが、外套の左胸の部分を見て、
「あっ……!」
と驚いた声を上げた。
何事かと思って金髪の少女たちがその部分を覗き込むと、そこには金糸で施された、ドラゴンをあしらった刺繍が縫い付けてあった。
服屋の男が見開いた目を少年に向ける。
「こりゃあ王家の刺繍じゃないか……! まさか彼は王家の関係者なのかい……⁉」
その声につられて、金髪の少女たちも少年を見る。しかし驚いたのは少年も同じことで、
「え? え?」
と言われた意味が全く分かっていない顔をしていた。
ははははと笑いながら青年が少年の肩をたたきながら言う。
「おっさん、冗談がうまいなあ~。こいつがそんなたいそうなやつに見えるなんてさ~」
「い、いや、冗談も何も、実際にこれは王家を表す刺繍だし……」
少年は別の世界から召喚された者だ。だからこそ、服屋の男以外は、少年が王家の血など引いていないことをよく分かっている。
金髪の少女が少年に聞いた。
「ケイ、たしか世界樹に薬草を採りに行く前は、これ着てなかったわよね。どこで誰から受け取ったの?」
「え、えっと、ソナーさんっていう、仮面をつけた人から……」
「仮面?」
「うん」
仮面というワードに、金髪の少女が訝しげな表情をする。青年もまた不審に思ったような顔を浮かべた。そんななか、服屋の男が独りつぶやく。
「……退治屋……」
その声は小さかったが、少年たちにはよく聞こえた。
「退治屋?」
少年のその疑問には答えずに、服屋の男は確認するように彼に問い返す。
「その人は、剣士だったかい?」
「え、あ、はい。すごく強い人でした」
「…………なら、間違いない。その人は『退治屋』だ……」
それきり、服屋の男は黙り込んでしまった。
しかしそれだけのことでは、少年には事情がよく飲み込めない。自分が出会った人物はどういう存在なのだろうか……そんな一抹の不安を覚えた少年がなおも聞く。
「なんなんですか、その退治屋っていうのは……まさかソナーさんは悪い人なんですか……?」
仮面の剣士と話したときは、そんな感じは微塵もしなかった。むしろ仮面の剣士は少年のことを助けてくれた恩人でもある。
服屋の男の代わりに口を開いたのは金髪の少女だった。
「逆よ」
「逆?」
「ええ。その仮面の剣士はこの国のいろいろなところに現れて、そこにのさばってる悪人を捕まえたり、悪さをしてる魔獣を討伐したりしてるの。ものすごく強くて、神出鬼没で、仮面を着けてて素顔が分からないから、みんな『退治屋』って呼んでるのよ」
青年も口を挟む。
「その話なら俺も聞いたことがあるぜ。まあ悪人や魔獣を倒すとは言ってるが、チート能力者にはあまり手を出してないみたいだけどな」
「おおかた、チート能力を持ってるわけじゃないんでしょ」
「かもな。だがまさか、そんなすげえやつが王家の関係者だったとはな。ソナーって名前に聞き覚えはあるか?」
「……。似た名前なら……」
金髪の少女が言いかけたとき、それまで黙り込んでいた服屋の男が我に返ったように、
「イブちゃん……!」
金髪の少女が服屋の男を見ると、彼は静かに首を横に振った。何も言わないほうがいい……男がそう伝えたいのを察して、金髪の少女も言葉を濁す。
「そうね……まさか王家の関係者がそんな危なっかしいことやってるわけないものね……どうせ、どっかに落ちてたこの外套をその仮面の剣士が拾って、そのあとケイに渡しただけでしょ」
彼女はそう結論付けたが、青年は納得していないように、
「いやいや、王家の服を道端に落とすとか、そっちのほうがあり得ないだろ。やっぱりそのソナーってやつは……」
その声を、服屋の男が遮った。
「にーちゃん、すまないが、それ以上は何も聞かんでくれ。それといま話したことは全部忘れてくれないか」
「…………」
青年が服屋の男を見つめると、男は視線をうつむかせる。
「……退治屋は悪人を捕まえるって言ったろ、それはつまり、退治屋に仕返ししたい悪人もたくさんいるってことだ。もし退治屋の正体が知られちまったら、どうなるか分かんねえ……退治屋は正体不明だから、退治屋なんだよ」
「……なるほどな……」
「それと、ケイくんっていったか」
服屋の男が少年を見る。
「あ、はい」
「悪いけど、いくらこの店がこの街一番の服屋でも、王家の服を無断で扱うわけにはいかねえ。この服は王都にある、王家専属の仕立て屋に依頼してくれないか」
「王都、ですか……」
「ああ」
それを聞いて、学生服の上着とズボンを示しながら金髪の少女が口を添える。
「そういうことなら、こっちの上着とズボンもその仕立て屋に頼んだほうがいいかもね。そっちのほうが効率が良さそうだし」
「おいおいイブちゃん、俺がいる前でそういうこと言うかい?」
「だってそうじゃない。ここでこの上着とズボンを直してたら、その間、ケイはこの街で足止め食っちゃうんだから。それにもしかしたら、この上着とズボンだって王家のものかもしれないでしょ」
「う……それは確かに、そうかもしれないなあ。もしそうなら、やっぱりうちじゃ扱いに困るしなあ……参ったよ、ここはイブちゃんの言う通りにしようか」
そう言いながらも、半ば安堵したような顔の服屋の男は、ごそごそと破れた服を紙袋のなかに戻していくのだった。




