その十六 信用してるわけじゃないから
「服屋に行きたいって、破けた服を直したかったのね」
紙袋を手に提げている少年の隣を並んで歩きながら、金髪の少女が言う。
いまは少年と金髪の少女、および青年と白髪の少女の四人で、街にある服屋やギルドへの道のりを歩いているところだ。黒髪の少女はまだ休まなければいけないし、修道長は修道会の仕事に行っていた。
金髪の少女の言葉に、しかし少年は答えなかった。彼は何か考えているらしく、自分の足元を見ながら歩いていた。
そんな少年の様子に気付いて、金髪の少女が彼の肩を軽くたたく。
「……え……?」
きょとんとしたように顔を上げた少年に彼女は声をかけた。
「『え?』じゃないわよ。なに考えてたの?」
「いや、その……」
少年は口ごもる。先回りするように金髪の少女が言った。
「もしかしてサキの呪いのこと?」
「あ……」
図星だったのか、少年は少しだけ驚いたようだった。肩をすくめながら金髪の少女は言葉を続ける。
「さっきも言ったけど、サトリの呪いのことはサキに任せるしかないの。あたしたちにはなにもできないのよ」
「……うん……」
少年は力なくうなずく。彼女の言った通り、いまの自分には何もできない……そのことは少年自身、重々承知していた……しかし……。
だからこそ、少年は考えようとする。自分にできる何かしらを……自分にできることは何なのかを……。
彼の思いを知ってか知らずか、今度は一緒に歩いていた青年が口を開く。
「つーかよ、服が破けたんなら新しい服を買えばいいんじゃねえか。気に入ってる服なのか?」
少年は手に提げていた紙袋に目を落とす。そのなかには学生服と、仮面の剣士から受け取った外套が入っていて……そのどちらもジャセイとの戦いで破けてしまったものだ。
「学生服のほうは別にいいんですけど……外套のほうはできれば直したくて……」
「ふーん」
「それより、俺の用件のほうは後回しにしても良かったのに……」
つぶやいた少年に金髪の少女が言う。
「服屋のほうが近いんだから、そっちから済ませたほうが効率がいいのよ」
そんな彼女を横目で見ながら青年が口を開いた。
「つーかさ、なんでついてきてんの? 黒髪ちゃんの看病とか、修道会の仕事とか、色々忙しいだろうに」
「つーかつーかうるさいわね。ケイはまだこの街のことよく知らないし、げんに昨日の夜、道に迷ったみたいだから、道案内であたしが来てんのよ。サキはまだ休む必要があるし、修道長は修道会の仕事があって忙しいからね」
「ああー」
と青年が納得したような声を出し、
「ははは……」
と少年も苦笑する。
昨夜、道に迷った少年を助けたのが青年なので、二人とも彼女の言うことはもっともだと思ったのだ。
だがふとした疑問が出てきたのか、青年が言った。
「でもよ、だったら俺たちに任せてくれて良かったんだぜ。俺たちも最近この街に来たばかりだけど、ギルドや服屋の場所くらいは分かるしな」
「修道会と学院を間違えたやつがよく言うわね」
「あれは仕方ないだろ、暗かったんだから。昼間なら間違えなかったぜ……たぶんな」
「はいはい」
言いながら、金髪の少女が青年に鋭い視線を投げる。
「…………。……この際だから言っておくけどね、あたしはまだあんたのこと信用してるわけじゃないから」
「…………」
彼女の鋭い視線に、青年も無言で応じた。
「いまだってそう。あんたとケイを二人きりにしたらなにするか分からないからね。それを見張るために、こうやってついてきてんの」
「…………」
青年は肩をすくめて、そばにいる白髪の少女をちらりと見る。
「そんならアスのことも信じてないってわけだな、『アスちゃん』とかって呼んでたわりに」
「…………あげ足取らないでくれる」
「でもそうなんだろ?」
「…………」
鋭い視線と、それを受け流すようなひょうひょうとした態度。醸し出される険悪な雰囲気に少年はうろたえて、
「あ、あの……」
と声を出したとき、
「……見えてきた。服屋……」
彼らのやり取りなど全く気にしていないというような態度で、道の先に見えている衣服の絵が描かれた看板を掲げた建物を、白髪の少女が指さした。
カランコロン。店のドアを開けると、上部についていた鈴が鳴った。
「いらっしゃい」
服屋の奥の受付台にいた恰幅のいい男が声をかけてくる。その男は最初、見知らぬ青年や少年の姿を見て、内心訝しんでいたが、彼らのなかに金髪の少女の姿を見つけると、
「おや、イブちゃんじゃないか」
「ちゃんはやめてくださいって言ってますよね。見習いとはいえ、これでも修道士なんですから」
「はっはっは、相変わらずつれないねえ」
恥ずかしがる様子も見せずに平然としている金髪の少女に、男は笑い声を上げた。
そんな二人を見て、少年が彼女に聞く。
「知り合いなの?」
「ええ。修道会で着る服の仕立てや補修を頼んでるの」
恰幅のいい男は気安そうに、
「イブちゃんのことなら小さいころから知ってるさ。なんせイブちゃんのお父さんがこの街にいたときからの……おっと……」
つい口が滑ったというように男が口に手をあてた。
少年と青年が、
「……?」
と疑問符を浮かべるが、それらを無視して金髪の少女が言う。
「……だからちゃん付けはやめてください。それより、今日は友人の服を直してもらいに来たんです。ほら、ケイ」
「え、うん……あの、これなんですけど……」
少年が受付台の上に紙袋を置いて、男がその中身を手に取る。一目見た瞬間、男は瞳を丸くした。
「こりゃずいぶん手ひどく破いたもんだな。まるでどてっ腹を大砲で貫かれたみたいじゃないか……! いったい何をしたらこうなるんだい?」
男の問い掛けに少年は、
「えっと、その……」
と、とっさの言い訳を考える。しかし彼が何か言う前に、金髪の少女が代わりに答えた。
「よく分かったわね。その通りよ。お腹を貫かれたの」
「は……?」
澄ました顔で言う彼女の言葉に、男は呆気に取られてしまう。驚いたのは少年も同じことで、慌てた様子で、けれど男には聞こえないように小さな声で、
(ちょ、ちょっとイブさん、いま言っちゃっていいの……⁉)
(いいからあたしに任せなさい)
金髪の少女はもう一度男に向いて、
「ま、相手は大砲じゃなくて魔獣みたいだけどね。彼、旅をしてるんだけど、街の外をうろついてた魔獣に出くわしたみたいで、死にそうになってたところをあたしが通りかかって助けたの。傷自体はわりとすぐに治ったんだけど、そのあと眠り続けちゃっててね」
「ああ……なるほど、そういうことか。そういや世界樹の近くに魔獣がいるとか、そんなうわさを聞いたことがあるなあ」
「で、今日破けた服を直してもらいにきたってわけ」
「ってことは、そっちにいるにーちゃんとお嬢ちゃんは、彼のパーティー仲間ってことだな」
俺のこと? とでも言うように青年が自分のことを指でさす。
金髪の少女は青年のことを一瞥してから、
「この女の敵は回復魔法が使えないからね」
平気な顔で言う金髪の少女の言葉を聞いて、青年はそばにいる白髪の少女を見ながら肩をすくめるのだった。




