その十 俺にできることなら
自分に注がれるその場の視線を何とも思っていないように、金髪の少女は強気な様子を崩さないまま椅子に座っている。
そんなわずかに流れる沈黙を破って、青年が彼女に挑むように尋ねた。
「立派な演説は結構だけどな、それはそれとして、これからどうするつもりだ。現実問題、黒髪ちゃんの呪いは進行してるわけなんだし」
「それは……」
金髪の少女が何か言う前に、黒髪の少女が口を挟んだ。
「わたしが抑えます」
その場の視線が黒髪の少女に向けられる。
「たしかに呪いは強くなってしまいましたが、それでもまだ制御できないほどではありません。いままでだってできたんですから、これからもできるはずです……いえ、制御してみせます」
それは黒髪の少女の決意。
少年や金髪の少女など、周囲の人々に迷惑をかけないために黒髪の少女ができる、精一杯の行動に他ならない。
彼女のその気持ちを汲み取って、金髪の少女はうなずく。
「……そうね。いまはそれしか方法がないわけだし……本当はサキだけにこんな負担をかけさせたくはないんだけどね……」
「……ま、黒髪ちゃんがそう言うなら、黒髪ちゃんに任せるか……」
納得したように青年も応じる。
ただ一人、少年だけは納得がいかない。
「俺は、違うと思う……サキさんだけに、こんな……」
「ケイ」
少年が言おうとした言葉の先を、金髪の少女は遮った。少年が彼女に向くと、彼女は毅然とした目で静かにかすかに首を横に振る。
「あんたが言いたいことはみんな分かってる。でもね、いまはこうするしかないの」
「…………」
ここで少年が何を言ったところで、状況は好転しない。むしろ黒髪の少女を困らせてしまうだけかもしれない。
黙り込む少年に、黒髪の少女が微笑んだ。
「心配しないでください。絶対に制御してみせますから」
「…………っ」
儚げに笑う彼女のその顔は、ほんの少し前に見せた、魔法が使えなくなったことを告白したときの表情とほとんど同じもので……だからこそ、少年は何も言うことができなくなってしまう。
黒髪の少女には彼女なりの思いがあり、自分にそれを邪魔する権利も資格もない……そう思って……。
少年が何も反論しないのを見て、納得したのだろうと判断した青年が以前のようなおちゃらけた雰囲気をまとって口を開く。
「んじゃ、これからどうする? 昼メシの続きでも食うか?」
金髪の少女が小さなため息をついた。
「食い意地の張ったやつね。あたしは遠慮しとくわ。もう結構お腹いっぱいだし」
「あ……わたしも大丈夫です。イブさんに修道長さん、ごちそうさまでした」
黒髪の少女の言葉に金髪の少女が応じる。
「お粗末さま。ケイはどうする?」
「え……?」
少年は何か考えごとをしていたらしい。顔を向ける彼に金髪の少女が再度言う。
「だから、お昼ご飯の続き、食べるの? あたしとサキはもういいってなったんだけど」
「え……あ、いや、俺ももうお腹いっぱいかな」
「……そう」
――なにを考えていたのかしら?
少年が何を考えていたのか、金髪の少女は少しだけ気になったが、彼が何も言わない以上、問い詰めようとはしなかった。
それは黒髪の少女も同じだったようで。
「…………」
無言のまま黒髪の少女は少年を見つめる。
そんな彼らの思惑などには気が付いていないように、青年が残念そうな声を出す。
「なんだよー、おまえら食わないのかよー。アスはどうだ?」
「…………」
相変わらず白髪の少女は何も答えない。ともすれば青年のことを完全に無視しているようにも見えるが、その無反応がいつものことなのだろう、特に青年は気にすることもなく、
「アスもか。……じいさんは……」
青年が目を向けると、修道長は静かに首を横に振った。
金髪の少女が青年に言う。
「そんなにお腹が減ってるのなら、一人で食べてればいいじゃない。別に止めはしないわよ」
「ええー」
困惑の感情を含んだ感嘆詞をつぶやいた青年は、さっきまでの意見をひるがえして、
「いや、一人きりで食ってもなあ……腹八分目って言うし、俺もやっぱ終わりにしとくわ」
「ふーん」
昼ご飯はもう終わりにしよう……そのように意見がまとまって、修道長が口を開いた。
「ならば、イブ、さっきの部屋に戻って食事の後片付けを頼めるか」
「はい、分かりました」
「手伝いが必要なら誰か呼ぶが……ユウナさんとか」
「あ、いえ、一人で大丈夫です」
苦手な人と二人きりで気まずい思いはしたくない……と、慌てたように金髪の少女は返事をする。
二人の会話に黒髪の少女が口を挟んだ。
「あの、それならわたしが手伝います……!」
身を乗り出すようにする彼女に、金髪の少女は柔らかい口調で言った。
「ありがと。でもいま言ったけど、あたし一人で大丈夫だから。第一、サキはもう少し休んでいなさい。片付けている最中にまた倒れられたら困るんだから」
「……あ、そう、ですよね……」
呪いを行使した反動の疲労はまだ多少残っていて、金髪の少女に言われたことは少なからず的を射ていたから、黒髪の少女は素直に引き下がる。
――いままた倒れでもしたら……ケイさんやイブさんを余計に心配させてしまう。
みんなを心配させないために、いま自分がするべきことは、休むことなのだ。黒髪の少女はそう思い直したから。
二人の少女の会話が終わったあと、修道長が今度は少年に声をかける。
「ケイさん、頼みたいことがあるのだが、いいですかな」
「……? 俺に、ですか?」
修道長がうなずいた。
「あなたが倒したジャセイだが、実はこの修道会に大量の奴隷を作っているのです。彼らはジャセイのチート能力で作られた『ガン』と呼ばれるものを埋め込まれていまして、それによって彼らは命を脅かされています」
「「なっ……!」」
少年だけでなく、黒髪の少女も驚きの声を漏らす。
声は出していなかったが青年も目を見開いていて……しかし金髪の少女だけは、
「…………」
と、無言で修道長のことを見つめていた。
彼らの反応を受け止めて、少しだけ顔を伏せながら修道長が続ける。
「ケイさんには、あなたが持つチート能力を無効化する能力で、その『ガン』を消し去ってほしいのです。お恥ずかしい話ですが、私やいまこの修道会にいる修道士では、ジャセイが残した負の遺産を取り除くことはできません」
「……分かりました。俺にできることなら、ぜひやらせてください……!」
死にそうになっている人がいるのなら、助けたい。その思いを抱いている少年に、修道長の頼みを断る理由など、あるはずもない。
彼の返事を聞いて、
「ありがとう、ございます……!」
心からの感謝の意を表すように、修道長は深く頭を下げた。




