その六 【ターゲット】
「な、なんだ⁉」
「とにかく逃げましょう、ケイさん⁉」
迫る荷馬車から逃げるために、慌てて二人は駆け出そうとするが、
「きゃっ……!」
怪我をした足ではうまく走れないのだろう、数歩も進まないうちに少女はその場に転んでしまう。
「サキさん!」
荷馬車が突っ込んで残り数秒もない。少年は少女の手を取って起き上がる手助けをする。
「早く!」
しかし少女はすぐに起き上がることができない。見ると、いまの転倒で擦りむいてしまったのだろう、膝から血がにじみ出ていた。
このままでは二人とも轢き殺されてしまう、そう思った少女が必死に言う。
「わたしは走れません。ケイさんだけでも逃げてください……!」
「そんなこと、できるわけないだろ……!」
ならばどうすればいいか。もはや、この緊急事態に恥ずかしさなど気にしている余裕はない。少年は少女の身体に手を回すと、火事場のバカ力よろしく、その華奢な身体を持ち上げて走り出した。
もともと少年の足はそんなに速くはない。加えて、少女の身体を抱きかかえている現状では、いずれ荷馬車に追いつかれ、轢き殺されてしまうだろう。
それでも走る。息を切らせて走る。生きるために走る。
その懸命さが功を奏したのか、通りの先の曲がり角を少年が曲がったとき、勢いがつきすぎて曲がり切れなかった荷馬車が壁に激突した。
リンゴや洋ナシ、野菜などが散乱する地面に、茶色の毛並みをした馬が痛々しい悲鳴を上げて崩れ落ちる。
立ち止まった少年が、息を荒げて振り返る。
「……助かった……」
そう思ったのも束の間、倒れた荷馬車の向こうから、一人の男が姿を現した。さきほどの飲食店で少女とぶつかった男だった。
迷彩柄のように緑色と黒色の混じった頭髪。闇夜に紛れるような黒のローブと、茶色の皮手袋。この世界における旅の魔導士としては標準的かつ地味な服装だが、ただ一点、履いている靴だけは派手なデザインをしていた。
ずっと履いているのだろう、多少汚れてはいるものの、それはこの世界とは異なる世界、あるいは少年がいた世界のシューズショップに売られているようなデザインをした靴だった。
異世界の靴を履いた男が、上品さを漂わせつつも、訝しさを含んだ表情と声音で言う。
「やはり私の【ターゲット】の効果がなくなっていますね。きみたち、いったい何をしたんですか?」