その四 影の薄い修道女
食事部屋のドアを開けたとき、黒髪の少女と少年の目に入ってきたのは、ドアの前の床に正座させられている青年と、その前に立つ金髪の少女の姿だった。金髪の少女は瞳を鋭くさせながら腰に手をあてていて、道端のゴミでも見るように青年を見下ろしていた。
そんな彼女に、弱り果てたように青年が何か言っている。
「だから誤解だって。俺は手に入れたばかりのジャセイってやつのチート能力を試していただけなんだって」
「信じられないわね。そんなこと言って、修道女を襲おうとしてたんでしょ!」
「だから違うんだって、信じてくれよ」
ドアの近くの壁には修道長が困ったような顔で彼ら二人の様子を見ていて、部屋のなかに配置されている数メートルほどのテーブルには白髪の少女が座っていた。白髪の少女は彼らのやり取りには興味がないのか、窓の外に目を向けて空を眺めているようだった。
部屋のなかの剣呑な雰囲気に驚いて、黒髪の少女が金髪の少女に尋ねる。
「イブさん、いったいどうしたんですか?」
「どうしたもこうしたも、お昼ご飯にするからこいつとアスちゃんを呼びに行こうと思ったら、窓の外で変な光と音がしたの。で、驚いてそっちのほうに急いで行ってみたら、こいつが修道女寮のそばで修道女を襲おうとしてたのよ」
「「ええっ⁉」」
黒髪の少女と少年がびっくりした声を出した。その声に、青年が否定の言葉を上げる。
「違うって! 倒れた俺のところにそのシスターさんがやってきてくれて、俺が起きようとしたときに足が滑ってシスターさんを押し倒すようにしちまっただけで……あれは事故なんだ!」
その言い訳に、金髪の少女が声を荒げた。
「はあ⁉ そもそもどうしてそんなところに倒れてたのよ! 修道女がやってくるのを待ち伏せしてたんでしょ!」
「だからチート能力を試してただけだって言ってるだろ! 回復の攻撃転化ってやつをとりあえずそこら辺の木にぶつけてみたら、その木の破片が俺のところに飛んできやがって、それを避けようとしたときにつまづいて転んだんだよ!」
「ウソばっかり! 木なんて倒れてなかったわよ!」
「小さな紅い球体で攻撃したんだよ! 勝手に木を倒して、近くの建物にそれがぶつかって壊しちゃいけないと思って……アス! ずっと窓の外ばっか見てないでアスからも説明してくれよ!」
名前を呼ばれた白髪の少女が興味なさそうに青年たちのほうに向いて、
「…………わたしのこと、絶対に幸せにしてやるって、言ったのに……」
「「「「なっ⁉」」」」
青年、金髪の少女、黒髪の少女、少年の四人が驚きの声を漏らす。修道長も声には出していなかったが口を開けて驚いていた。
白髪の少女はそれだけ言うとまた窓のほうに目を向けてしまう。
信じられないという顔で金髪の少女が声を上げた。
「あ、あんた、この子にまでそんなことを……⁉」
「ち、違う! あれはそういう意味で言ったんじゃなくて!」
「言ってんじゃない!」
顎に手をあてて、妙に納得したように少年も口を開く。
「そういえば、アスさんのこと『俺のパートナー』だって……なるほど、そういうことだったのか……」
「少年まで⁉ それも違うから! それは一緒に旅をする相棒って意味で! 深い意味はないんだ!」
暴露された驚愕の事実に黒髪の少女がしどろもどろになりながら、
「あ、あの、その、愛の形はひとそれぞれですから、二人が相思相愛なら、わ、わたしは応援します……! でも結婚はアスさんがもう少し大きくなってからですからね……!」
「だから違うんだああーー!!」
青年は頭を抱えて絶叫した。
絶叫が終わるとともに、力尽きたように青年が床に突っ伏す。金髪の少女は険しい顔で、少年は何ともいえない顔で、黒髪の少女はおろおろとした顔で……三者三様の表情で青年のことを見下ろしていたとき、見かねたように修道長がため息を一つしてから口を挟んだ。
「三人とも、おそらく彼は、無自覚のうちにひとを誤解させてしまう発言をしてしまうのだと思う」
「じいさん……!」
ようやく現れた助け舟に、青年が希望の眼差しで修道長に顔を向ける。
けれど金髪の少女は納得がいっていないというように、
「しかし修道長、そっちのほうはそうだとしても、修道女を襲っていた件は覆りませんよ。あたしはこの目で見たんですから。修道長だって見ましたよね」
「そちらに関しては、当人から話を聞けばよいだろう」
「当人って……だからこうしてこいつを締め上げて……」
「もう一人いるだろう」
「もう一人って……あ……」
修道長の言葉で思い出したように、金髪の少女が修道長の隣に目を向ける。そこには修道服を着た一人の女性が佇んでいた。
「「え……⁉」」
そのとき初めて気が付いたように、黒髪の少女と少年が驚きの声を漏らす。
黒髪の少女は慌てて上着についていたフードをかぶって顔を隠した。
少年もまた心のなかで、
(全然気が付かなかった……!)
そう思いながら、まるで影のなかから現れたような女性のことを見つめていた。
その女性は端正な顔立ちをしていながらも無表情で、ずっと見ているというのに、陽炎のように輪郭がぼやけてきて、いつしか煙のように消えていってしまう……そんな錯覚が湧き上がってくるようだった。
同じ無表情でも、白髪の少女とその女性とは雰囲気が異なっていた。白髪の少女は『空白』とか『無』のようなイメージであるのに対し、その女性は『陰影』や『闇夜』といったイメージが浮かび上がってくる。
その女性の髪は濃紺色で肩まで届く長さがあり、瞳の色もまた濃紺色だった。話を向けられたのに黙ったままのその女性に、金髪の少女が声をかける。
「すいません、いるの忘れてました。相変わらず影が薄いですね、ユウナさん」
「…………よく言われます……」
「そうですか……」
感情がこもっていないような口調で言う女性に、金髪の少女もそれだけ返答して黙り込んでしまう。
少しの間そのまま女性のことを見つめていた金髪の少女は、黒髪の少女と少年に近付くと、二人にだけ聞こえる声で、
「あたし、このひと苦手なのよね。ケイ、あんた代わりに聞いてよ」
「ええっ、俺……⁉ 俺、その事件のことよく知らないし、というか、このひとに会うのだって初めてなんだけど……」
「この男に襲われてましたよね、って聞けばいいだけだから。簡単じゃない」
「それならイブさんが聞けばいいんじゃ……」
「言ったでしょ、あたしこのひと苦手なの」
「じゃ、じゃあサキさんが……」
黒髪の少女がびくりとする。
「あ、わたしは、その……」
金髪の少女が少年のわき腹を肘で小突いた。
「ばか、サトリの呪いのこと忘れたの? サキだってバレたらどうすんのよ」
「あ……」と少年が声を漏らす。
ひそひそとやり取りを繰り広げる彼らに、ユウナと呼ばれた女性が口を開いた。
「…………その心配ならいりませんよ……サトリの呪いに興味ありませんし、別に心のなかを覗かれても構いませんから、私……覗かれて困るような秘密などありませんしね……」
その場の視線が女性に集中する。自分に注がれる視線など意に介していないように、女性は続けた。
「…………むしろサトリで覗いたほうが早いのではないですか……私がその男性に襲われたかどうか、すぐに分かりますよ……」
なおも顔を隠すように、黒髪の少女はかぶったままのフードに手をあてながら、
「そ、それは、その……」
黒髪の少女が困った様子を見せたとき、
「……ハオが言ったことは全部本当……そのアホはその女を襲ったわけじゃない……」
横合いから声が挟まれる。声の主は、それまでずっと空を見ていて、ことの成り行きに興味がなさそうだった白髪の少女だった。
黒髪の少女たちが彼女に視線を向けるなか、
「アス……! おまえは俺を見捨てないって、信じていたぞ……!」
青年が天使を見るような目で白髪の少女を見る。
「……ハオを助けたわけじゃない……」
青年の熱烈な視線を完全に無視して、白髪の少女は黒髪の少女と目を合わせた。一瞬だけ見つめ合ったその視線は、まるで全てを見通しているかのようで、
「…………っ」
黒髪の少女は思わず顔をそらしてしまう。
白髪の少女の証言を受けて、修道長が隣の女性に尋ねる。
「あの子はああ言っているが、本当にそうなのかね」
「…………。……はい、その通りです……彼が倒れていたので助け起こそうとしたら、彼が足を滑らせて、あのような状況になりました……」
うなずきながら女性は答えつつも、
「……彼がわざとそうしていなければ……の話ですが……」
「お願いだから余計なこと言わないでお姉さん!」
最後に女性が付け足した爆弾に、青年は懇願の大声を上げた。




