その三 二つの世界の共通項と差異項
先を歩く黒髪の少女に追いついて、少年は話しかける。
「お昼ご飯かあ、そういえばずっと寝てて朝ご飯食べてないから、お腹ぺこぺこだよ」
少年をちらと見た少女の顔色はもういつもの様子に戻っていて、彼の言葉に微笑を浮かべた。
「わたしもさっき起きたばかりなので、お腹がすいています。ケイさんと同じですね」
彼女の様子に少年は安心して、
「なにが出るのかな? こっちの世界のご飯は二回目だから、楽しみ半分、怖さ半分ってところだけど」
「ここは修道会ですので、おそらく豆類や麦、野菜などを使用した食事だと思います」
「へえー」
「お肉や、ネマーなどの麺類は出ないかもしれませんが……」
「ネマー?」
「昨夜わたしたちが食べたものです」
言われて、少年は昨日の夜食べたラーメンのような食べ物を思い出す。昨日の今日とはいえ、ここに来たばかりだし、他にもいろいろなことがあったので、食べ物の名前を覚えている余裕などなかった。
「あれかあ……あれはおいしかったね、ラーメンみたいで」
黒髪の少女は少しだけ首をかしげて、
「らあめん? とはなんですか?」
「俺がいた世界の食べ物のことだよ。昨日食べたネマーに似てるんだけど、豚骨とか塩とかしょうゆとか、いろいろな種類があるんだ」
「そうなんですか……あ」
「どうしたの?」
会話のなかで何かに気付いたように、少女は口を開く。
「らあめん、という食べ物は初めて聞きましたが……豚骨や塩、しょうゆというものはこの世界にもあります」
「へえ、そうなんだ」
「それにさっき、わたしは野菜やお肉などと言いましたが、ケイさんはそれがなんなのか理解してましたよね」
「うん、それがどうしたの?」
少年にとってその会話は何気なく交わしたものだった。疑問符を浮かべる少年に、黒髪の少女は言う。
「ケイさんにとってこの世界は異世界になりますが、肉や野菜、塩などといった『概念』的なものの名前は同じということです。ところで、ケイさんの世界にこの街の名前と同じ『ノドル』という街や、この街で使われている『ロッド』という貨幣単位はありましたか?」
「え? どうかな? もしかしたら世界のどこかにはあるかもしれないけど……俺は知らないなあ」
「それでは、この街があるこの国の名前は『ジーン』というのですが、それはありますか?」
「いや、俺が知る限り、そんな名前の国はなかったと思うよ。それにジーンっていったら、俺の世界では『遺伝子』って意味の外国語になるし」
「……。……そうですか……」
「でも、それがどうかしたの?」
「さきほども言いましたが、ケイさんの世界とこの世界では『概念』的な部分は共通しているようです。反面、国や街や貨幣単位などの『固有名詞』的な名前は違うみたいです」
「そう言われれば、そうみたいだね」
「それにケイさんは異世界の民で言語が違うはずなのに、こうやって問題なくわたしと話せていますし……」
「うーん……」
真面目な雰囲気の黒髪の少女につられて、少年も腕を組んで考える素振りをするも、すぐに何でもないことのように、
「別に気にしなくていいんじゃない、それくらい。これはなに、あれはなに、っていちいち聞かなくて済むし」
「それはそうかもしれませんが……」
「それに俺はうれしいよ」
「え……?」
隣を歩く黒髪の少女に笑いかけながら、少年は言った。
「だって、サキさんとこうして話せるんだから。言葉やものの名前が全部違ってたら、こうして普通に話すこともできないからね」
「…………!」
ただこうして話していること、少年はそれをうれしいと言う。彼のその言葉に、黒髪の少女はとっさに顔を背けてしまう。
彼女のその様子に、少年は内心慌てる。
「あ、あれ、俺いま変なこと言った?」
「ケ、ケイさん……」
「は、はい」
聞こえるか聞こえないかというくらいの声で、黒髪の少女は言った。
「わたしも、その、うれしいです……ケイさんとこうして話せて……」
「ほ、本当……?」
「はい……」
「よかったあ」
彼女の言葉に、少年はほっと安堵する。
「わたしもよかったです、本当に……召喚されたのがケイさんで……」
「え?」
「あ、あそこですよ、お昼ご飯を食べる部屋は。さあ、早く行きましょう、イブさんたちが待っています」
視界の向こうに見えた部屋を、黒髪の少女は取り繕うように指さして、心持ち早足になる。その様子は恥ずかしさを隠すようで。
「あ、待ってよ、サキさん」
言いながら、少年は彼女を追いかけた。
ただ話すことさえできるのなら、二つの世界の違う部分と同じ部分のことなど、彼らはもう気に留めていないようだった……。




