その二 死闘のあと、昼のひととき
カーテンの隙間から差し込んでいる陽光が、部屋のなかをほんのりと照らし出している。
ここは修道会の来客用の部屋であり、泊るところのなかった少年と黒髪の少女は、ジャセイを倒したあとに、修道長の厚意でここに泊めてもらったのだった。もちろんそれには金髪の少女の勧めもあった。
ちなみにジャセイを氷漬けにした青年や白髪の少女も宿泊場所を決めていなかったらしく、少年たちと同じようにここに泊まることになった。とはいえ金髪の少女は彼らのことをまだ信用したわけではないらしく、怪しんでいたが……。
その部屋にはベッドがあり、そのそばに水差しとコップの置かれた木製の小テーブルがあり、あとは外套などをかけておく小さなクローゼットがあるくらいだった。
悪夢から目覚めた少年が自分の両手を見つめていたとき、部屋のドアがこんこんとノックされた。
びくりと、少年はドアのほうに視線を向けた。これは悪夢の続きで、いまにもあのドアの向こうから血まみれの男が飛び出してくるのではないか……そんな幻想が頭をかすめる。
だが、そんな恐怖をかき消すようにドアの向こうから聞こえてきたのは、黒髪の少女の声だった。
「サキです。ケイさん、起きてますか?」
普段通りといったような、聞き慣れたその声に少年はほっと安堵する。
(やっぱりあれはただの夢だったんだ……)
そう思いながら、ドアの向こうの少女へと返答した。
「うん、起きてるよ」
「そろそろお昼の時間だそうです。せっかくだからみんなで食べようって、イブさんが」
「みんなって?」
「わたしとケイさんとイブさんと修道長さんと、それとハオさんとアスさんです」
今日の未明にジャセイの打倒と無力化に関わった六人だ。
「あ、うん、分かった。いま着替えるから待ってて」
「来客用の着替えはクローゼットに入っているそうです」
「うん、ここに来たときにイブさんから教えてもらったよ」
少年はベッドから出て、寝間着として着ていたシャツを脱ぐと、クローゼットのなかにあったタオルでとりあえず寝汗を拭いた。
そしてクローゼットから綿のような素材でできた新しいシャツとズボンを取り出すと、手早くそれらを着る。シャツだけだとちょっと肌寒かったので、上に着られるものがないかクローゼットのなかを見回したとき、隅っこのほうに見覚えのあるものが目に映った。
ジャセイとの戦いで破れてしまった、元の世界の学生服だった。そばには世界樹の森で出会った剣士から受け取った外套もあり、やはりそれも破れている。
「……ソナーさんから借りた服、破れちゃったな……」
ぼそりとつぶやく。そして、
「…………」
無言のまま、少しの間、それらを見つめる。
学生服の上着と外套はいわずもがなだが、ズボンのほうも度重なる戦闘や森のなかを駆け抜けたことでところどころすり切れていた。
いままで自分が着ていた服。
自分が元の世界で着ていた服。
こことは別の世界からやってきたことを証明する服。
「……もう何日も経ってると思ったけど、まだ昨日来たばかりなんだよな……」
この世界にやってきたのが昨日の夜で、いまはその翌日の昼だ。この世界の一日の長さがどれくらいなのか分からないが……体感的には元の世界と同じくらいに感じられるが、あとで確認しておく必要があるだろう。
それはそれとして……長すぎるくらいに感じていたのに、気が付いてみればあっという間しか経過していない。
そんな短い時間のうちに、何回死にかけたのだろうか。
「よく生きてたよな、俺……」
いつ死んでもおかしくなくて。
いま生きているのが自分でも信じられないくらいだった。
そんな気持ちで破れた服を見つめていると、ドアの向こうで黒髪の少女が声をかけてきた。
「ケイさん?」
「あ……。もうちょっと待ってて」
ドアの向こうに返答して、クローゼットのなかにあった上着を急いで羽織ると、少年はドアを開けて部屋の外へと出た。
「お待たせ」
「いえ……。おはようございます、とは言っても、もうお昼ですけど」
「それじゃあ、こんにちは、って言ったほうがいいのかな」
「そうかもしれませんね」
にこりと黒髪の少女が微笑む。
心なしか、彼女の顔がほんのりと紅くなっていることに少年は気付いた。
「あれ? 顔紅くない?」
そこで、黒髪の少女が負っていた怪我と感染症のことを思い出して、
「も、もしかして、病気がまだ治ってないんじゃ……ここに来たときに修道長さんに回復魔法をかけてもらったけど、それが不充分だったんじゃ……」
金髪の少女が調合した薬のおかげで、黒髪の少女の病気はある程度は治っていた。しかしそれでも金髪の少女が言うには、
『あの薬は回復魔法が使えないとき用のもの。回復魔法でちゃんと治療してもらえるんなら、そうしたほうがいいに決まってるんだから』
ということで、ここに来たときに修道長に治してもらっていたのだ。
慌てた様子で間近に顔を寄せてくる少年に、黒髪の少女も慌てて返答する。
「あ、いえ、病気はちゃんと治ってますから、あ、安心してください」
「じゃあどうして……」
「こ、これはその、違うんです……」
「違う?」
意味が分からず首をかしげる少年に、黒髪の少女は焦ったように手をぱたぱたと振った。
「き、聞くつもりはなかったんですが、その、ドアの前で待っていると自然と聞こえてきてしまうもので……不可抗力なんです……!」
「? どういうこと?」
「だから……その……」
恥ずかしそうに少しだけ顔をうつむかせて黒髪の少女はぼそりと、
「……ケイさんが着替えるときの衣擦れの音が聞こえてきてしまって……」
「はい?」
彼女がつぶやく声が小さすぎて聞こえなかったのか、少年はきょとんとした顔をする。そんな少年に、黒髪の少女は紅いままの顔を上げて、
「と、とにかくわたしのことなら大丈夫ですから! そ、それよりも、早くイブさんたちのところに向かいましょう! 早くしないとお昼ご飯が冷めてしまいますから!」
「え、うん、そうだね」
背を向けて通路を歩き出す黒髪の少女のあとを、少年はついていくのだった。




