その六十四 エピローグ この世界の覇王になる男だ、よろしく! 【第三幕】【終】
地面に倒れた男は白目を剥いたまま、動く気配を見せない。
戦いの様子を見ていた金髪の少女が、
「……倒し……たの……?」
疑問を投げかけるように小さくつぶやく。
それに答える者はなく、返ってくるのは少年の雄叫びだけ。
辺りに轟いていた雄叫びは徐々に小さく、しぼんでいき、そしてその声が聞こえなくなったとき、少年の身体もまた地面へと倒れていった。
「ケイさん!」
黒髪の少女が少年へと駆けていき、彼の身体を抱き起こす。
「ケイさん! 大丈夫ですか!」
「あはは……倒したと思って安心したら力が抜けちゃった……いつっ……」
戦いに集中していたときは忘れていた怪我の痛みが、戦いが終わった途端にぶり返してきた。
火傷した箇所に、痛そうに手を当てる少年を見て、黒髪の少女が金髪の少女へと声を掛ける。
「イブさん、修道士さんと修道長さんの治療が終わったら、ケイさんもお願いします……!」
金髪の少女は目の前で気絶している修道士の男を見る。彼女の回復魔法のおかげで、その修道士の怪我はもうほとんど治っていた。
(こっちは終わった……ケイの様子は気になるけど、戦えてたくらいだからまだ大丈夫だろうし……)
そう考えて、金髪の少女が修道長の怪我を治そうとしたとき……意識を取り戻したらしい修道長が彼女へと口を開く。
「……イブ……」
「気が付いたんですね、修道長」
「戦いは、どうなったのだ……」
「ケイ……彼がジャセイを倒しました」
「…………!」
目を見開いた修道長が、金髪の少女が振り返った先を見やる。そこには黒髪の少女と、彼女に抱き起こされている少年の姿があった。
金髪の少女が修道長に視線を戻して、
「これから修道長を治しますから、それが終わったら……」
彼女が言い切る前に、修道長が口を挟んだ。
「私のことはいいから、少年を治しに行きなさい、イブ。私も自分の怪我を治し終えたら、手伝いに向かうから」
「…………」
少年と黒髪の少女を一度見て、少し考える素振りをしたあと、金髪の少女はうなずいた。
立ち上がって駆けていく金髪の少女と、その向こうにいる黒髪の少女、そして傷だらけで疲労困憊の少年を見つめながら、修道長はつぶやきを漏らす。
「……まさか、本当に倒してしまうとはな……」
戦いの最中でジャセイが解明していたように、少年には対象のチート能力を無効化できる力が備わっているらしい。
自身のチート能力に頼り切っていたジャセイに対して、少年のその力は、まさに天敵だったといえるかもしれない。
だが、そうはいっても……やはり驚いてしまう。
「これから、大変なことになりそうだな……この街だけでなく、『王都』までもが大騒ぎになりそうだ……」
少年と黒髪の少女の身を案じるように、彼らを見つめる目を細める。
「だが、できる限り少年たちに協力しよう……ジャセイから私たちを解放してくれたのだから……」
心を決めて、修道長はそうつぶやいた。
少年の怪我を治しながら、金髪の少女は白目を剥いているジャセイを見て、言う。
「ケイを治したら、ジャセイをどうするか考えないとね」
その言葉に、少年は問い掛けた。
「どうするか、って?」
「殺すかどうかってことよ」
「「…………!」」
少年と黒髪の少女が同時にハッとした表情を浮かべる。
まさか考えてなかったの? とでも言いたげに、金髪の少女は言った。
「だってそうでしょ。こいつのチート能力は『回復』で、だからこそ気絶から目が覚めるのも普通よりも早いはず。殺すなら、いまのうちにしとかないと。致命傷を瞬間再生されないように、ケイの力で無効化しながら……」
「ちょ、ちょっと待って……!」
少年が声を上げる。
「殺すのは、その、ちょっと……」
「殺さないと、こいつのことだから、いずれ仕返しに来るかもしれないし、この街だって危険なままよ」
「…………」
少年は黙り込んでしまう。
金髪の少女は、少年の目をひたと見ながら、
「絶対に倒すって言ってたじゃない」
「あれは、その、戦いに勝って、サキさんやイブさんを守るって意味で……殺すことまでは……」
はあ、と、金髪の少女は息を一つ吐いた。
「……甘いわね、呆れるくらい」
金髪の少女は黒髪の少女に視線を向けて、
「さっきからずっと黙ってるけど、まさかサキも殺すつもりまではなかったってこと」
「そ、それは……」
歯切れ悪く言葉を濁す黒髪の少女に、金髪の少女はもう一度ため息を吐いた。
困ったようにうつむく少年と黒髪の少女に、金髪の少女は口を開く。
「殺さないってのなら、どうするつもりなの? まさかジャセイの手足を縛ったあとで、チート能力で逃げ出したり街のみんなを殺さないように、ずっとケイがこいつの身体に触り続けているつもり」
バカバカしい……!
金髪の少女はそう言いたそうだった。
少年がジャセイに触れ続けていれば、確かにチート能力は使えない。だがそれは同時に、少年の行動や生活にも制限が掛かることになる。
まさかジャセイを常に連れて歩くわけにもいかないだろう。
困った様子で、アドバイスを求めるように少年が口を開く。
「なんとかできないかな。ジャセイを生かしたまま、チート能力だけ使わせない方法とか……」
「あんたねえ……そんな都合のいい方法があるわけ……」
金髪の少女が否定しようとしたとき、唐突に横合いから彼らに声を掛ける者がいた。
「あるぜ!」
大声に近いくらいの、よく通るその声のほうを少年たちが振り向くと、そこには二人の人物がいた。
かたや、ひょうひょうとした風体の青年。
かたや、その青年の陰に隠れるように佇む白髪蒼眼の少女。
声を発したのは青年のほうらしく、そして少年はその青年に見覚えがあった。
「あ、あなたは……」
「よう、また会ったな、少年」
突然現れた彼らに、訝しむ視線を投げ掛ける金髪の少女。
黒髪の少女はというと、
「ケイさんの知り合いですか?」
少年に問い掛けた。
「うん。知り合いっていっても、さっき会ったばかりだけど。薬草を持ち帰るときに道に迷ったんだけど、そのときに助けてくれたんだ」
「そうなんですか」
「女の子のほうは初めて会うけど……」
少年と黒髪の少女が再び彼らに視線を向けると、青年は少年たちのほうへと歩きながら、
「いやあ、実は俺たちもそのジャセイってやつに用があってさあ、ずっと探し回ってたんだよ。大変だったんだぜ、修道会の建物かと思ったら学院だったり、やっとこさ修道会を見つけたと思ったらジャセイはいねえし、どこに行ったのかとあちこち探してたら、こっちのほうでなんかすげえ音が聞こえてきたり、いろいろな光が見えたり。で、急いで来てみたら、また学院かよ! これなら最初からここで待ってりゃ良かったじゃねえか! って、思わずツッコんじまったよ。っていうかすげえな、倒しちまうとか。俺でも少しは苦労すると思ってたやつなのに」
青年はしゃべり散らす。その青年とは対照的に、白髪の少女は終始無言のまま、彼のかたわらについてきている。
警戒心を解かないまま、金髪の少女は言った。
「あんたたちがジャセイの味方じゃないってのはなんとなく分かったけど、で? どうやってジャセイを無力化するの」
「やれやれ、気の強い女の子だこと。この元気の一割でもアスにあればねえ」
言いながら、青年はそばにいる白髪の少女に目を向けるが、白髪の少女はそれを完全に無視した。
ムッとした様子で金髪の少女が語気を強める。
「答えなさいよ。本当にあんた、ジャセイを無力化できんの」
「怒んなって、せっかく可愛い顔してんだから。じゃあ、いまからそいつを無力化するけど、本当にそいつがジャセイなんだよな」
青年の問いに、少年たちが同時にうなずく。
青年は気絶しているジャセイのそばに屈むと、その身体に手を触れた。
「俺のチート能力は『チートギャザラー』っていってな、触ったやつのチート能力をコピーして、自由に使えるようになるんだ。で、いまコピーしている能力のなかに、水分を操れるものがあるんだが……」
青年の手が水色に淡く輝き、次の瞬間、触れていたジャセイの全身が氷に包まれた。
「「「……⁉」」」
驚く少年たち三人に、青年が言う。
「いわゆるコールドスリープってやつだな。これなら気絶させたまま、ずっと無力化できる。一応、殺してはいないぜ。もし今後、チート能力を完全に消滅させられるような、何かしらが見つかったら、そのときに解凍すりゃいい。これならいいだろ」
青年が少年にウインクする。
少年は、
「…………」
無言のまま、凍りつく男を見つめていた。
殺してはいない。死んだわけじゃない。
ジャセイが改心するのが一番なのだろうが、戦っているときの言動や行動、サトリの力によって知った心の声から、ジャセイが改心する可能性は低いといわざるを得ないだろう。
ジャセイが周囲に危害を振りまかないように無力化しつつ、なおかつ生かし続けるためには、現状ではこの方法しかないのだろう。
少年はなんとか、そういうふうに自分を納得させる。
金髪の少女はというと、
(ひとまずはなんとかなった、ってところかしら……でも)
少年をちらりと見て、
(ケイには、凍ったジャセイに触らないように言っとかないとね)
この氷が青年のチート能力の一部なら、やはり少年には無効化できるのだから。
黒髪の少女はというと。
ほっと安堵の息をつくと同時に、青年と白髪の少女に気付かれないように、ひそかに彼らを覗き見ていた。
(この人たちは、わたしの呪いのことを知っているのでしょうか……)
はたして敵なのか。味方なのか。
ひょうひょうとした言動や、少年を助けたこと、ジャセイの無力化に協力してくれたことなどから、悪い人間のようには見えない。
だが……。
現状は、様子を見るのが得策だろう。
(もしものときは……わたしが命を差し出して、みんなを……)
みんなを守るためのその決心だけは、いまでも揺らいではいなかった。
青年が立ち上がり、少年たち三人に振り返って口を開く。
「そういや、自己紹介がまだだったな。俺の隣にいる白い髪のこいつが、俺のパートナーのアス」
アスと呼ばれた白髪の少女は会釈もせず、無表情のまま佇んでいる。
その様子が日常茶飯事なのか、彼女のまったくの無反応を気にすることなく、青年は自分の胸を親指で示しながら、
「そんでもって俺はハオ。この世界の覇王になる男だ、よろしく!」
よく通る声でそう言い放った。
【第三幕】
【終】




