その六十三 上がる雄叫び
炎魔法によって大怪我を止血した際、黒炎に巻かれるなかで少年は黒髪の少女に言っていた。
『サキさん、サトリの力であいつの視界を見えないようにしてほしいんだ。それと、もしかしたら修道長さんはまだ生きてるかもしれないから、戦いに巻き込まれない場所までなんとか避難させておいてほしい』
うなずく黒髪の少女に、少年はなおも続ける。
『あと、ジャセイは魔法具で紅色の球体を撃ち出しているみたいなんだ。だから、その魔法具をサトリの力で特定してほしい。そうすれば……』
少年が言おうとしていることに、黒髪の少女は気付いたようだ。少年の言葉を引き継ぐように言う。
『その魔法具をなんとかして取り上げれば、ジャセイはチート能力しか使えなくなる……そうすれば、ジャセイの攻撃はケイさんのチートレイザーで無力化できるようになる……そういうことですね』
『うん』
少年はうなずいた。
『俺がその魔法具をあいつから離れた場所に放り投げるから、サキさんにはそれを回収してほしい。もしその魔法具が完全に壊れてなくて、まだ使えるみたいだったら……』
『ジャセイがわたしたちを攻撃しようとしてきたときに、それを使って守る……ということですね』
『うん……ごめん。こんなにたくさん、サキさんにお願いすることになって……』
少年は申し訳なさそうに言う。
そんな彼を元気づけるように、黒髪の少女は口を開いた。
『ケイさん、わたしのことなら気にしないでください。むしろ、サトリの呪いしかないわたしが、微力とはいえ戦いの役に立てるんです。そのことが、わたしはとてもうれしいんです』
『サキさん……』
『それに、一番危険なのは、ジャセイと直接戦うケイさん自身です。こんなときにこんなこと言うのは間違っているかもしれませんが……絶対に、無理はしないでください……もしケイさんが死んでしまったら、わたし……』
もしケイさんがジャセイに殺されそうになったら、わたし自身を身代わりにしてでも……。
黒髪の少女はそう思う。思うだけで、口には出さない。言えば、少年はそれを止めようとするだろうから。
『大丈夫。俺はあいつに勝ってみせるから』
黒髪の少女を励ますように、少年は言った。
そして彼はジャセイの眼前へと姿を現し……現在に至る。
引きちぎったブレスレットを、そのままの勢いで少年は離れた場所に放り投げる。それらの様子を異形の眼球で視認したジャセイが怒鳴り声を上げた。
「キ、サマああ!」
周囲を取り囲んでいた異形の眼球群が、まるで大量の鞭のように少年へと迫っていく。……が、それらが命中する前に、少年はジャセイの顔面を殴り飛ばした。
「ぐぶ……!」
ジャセイの身体が少しばかりのけぞり、周囲を取り巻いていた大量の眼球が塵のように消えていく。
そのジャセイへと、少年は二度目の拳を振りかぶる。
「クソガキがああ!」
怒声を上げながら、ジャセイが少年に紫色の球体を撃ち出した。
少年の拳は球体の中心部を貫き、その攻撃を完全に打ち消しながら、ジャセイの顔面へとたたき込まれる。
「があっ!」
治す余裕がないのか、それとも怒りと痛みで我を忘れているのか、ジャセイは口から血を流しながら、それでもまだ立ち続けて両手を横に伸ばした。
「これなら、どうだアッ!」
ジャセイを中心として大量の紫色の球体が周囲に撃ち出されていく。
この量と範囲では、すべてを少年が無効化することはできず、そのいくつかは黒髪の少女たちを死に至らしめるだろう……ジャセイはそう思いついて繰り出したのだが。
その周囲の一隅で、出現した紅い球体によって紫色の球体が相殺されていく。そこには倒れる修道長や、修道士を治療している金髪の少女、そして彼らを守るように、手を前に向けながら立つ黒髪の少女がいた。
その黒髪の少女の手には、さきほど少年が放り投げたブレスレットが握られている。そのブレスレットはまだ完全に壊れているわけではなく、次の紫色の球体を返り討ちにするために、淡い紅色の光を放っていた。
「ケイさん! いまのわたしは魔法具を使いながらでは、サトリの呪いが暴走しないように抑え込むので精いっぱいで、意識的にサトリの呪いを扱えません!」
黒髪の少女のその言葉の通り、ジャセイの視界を遮っていたメッセージウインドウが消失していた。
視界を取り戻したジャセイが、ブレスレットを持つ黒髪の少女を見て、現状および彼らの作戦を瞬時に悟る。
「クソがあッ! 私の魔法具をッ!」
黒髪の少女たちがいるほうへと手を向けて、紅色の球体を一つ一つ撃ち出していては防ぎ切れないほどの、大量の紫色の球体をジャセイが撃ち放つ……が。
その球体群の前へと、即座に少年が割り込んで、数多の攻撃を完全に消滅させながら、三度目の拳を握り込み、振りかぶり、
ジャセイの顔面にたたき込んだ。
「ぐ、は……ッ!」
続けて四度目のパンチ。
五度目。
六度目。
間断なく立て続けに繰り出される拳に、ジャセイの身体はのけぞり、ふらつき、足取りが覚束なくなっていく。
いまにも地面に倒れそうな男へ、少年が幾度目かの拳をたたき込もうとしたとき、男は足に力を込めて踏ん張ると、のけぞっていた身体を思い切り前方に持ち直して、その勢いのまま少年の握り拳へと額を衝突させた。
男のヘッドバットを受けて、
「ぐ……っ!」
と、少年は一瞬ひるんでしまう。殴り続けてきた反動も相まって、拳に激痛が走り、パンチの連撃が一瞬停止する。
その一瞬の隙を、男は見逃さなかった。
「死ねエエエエッ!」
淡い緑色をまとった腕を少年へと振り下ろす。
いま男のその腕は、『バイオ』と名付けられたチート能力によって、筋力が大幅に強化されている。さきほど少年の身体を貫いたときのように、今度は彼の頭部を粉々に打ち砕くために。
「うおおおおッ!」
少年もまた咆哮を上げる。
全身全霊の力を込めた一撃を放つための、咆哮。
ジャセイの拳が少年の頭に直撃しようとする、その寸前。
少年が振り抜いた上段蹴りが男の側頭部を打ち抜いた。
「…………ッ⁉」
声にならない声を上げて、白目を剥いた男の身体が、錐もみ回転をしたあとに地面へと落ちていく。
地面に倒れる男を見て、
「おおおお…………っ!!!!」
手を握りしめた少年が雄叫びを上げた。




