その六十二 特定しました!
「やれやれ、私を倒すなどと、まだそんな妄言を吐くのですか」
肩をすくめるジャセイへと、少年はいまできる全速力で駆け出した。
少年は大火傷を負っていて、それでなくても、すでにかなりの体力を消耗してしまっている。長期戦に持ち込まれては不利になる一方で、必然的に短期決戦に勝機を懸けるしかない。
だから走った。
素手で戦うしかない少年の攻撃方法では近付くしか方法がないから。
愚直にもまっすぐに駆けてくる少年へと、ジャセイは口元をゆがめて手をかざす。
「愚かですね。私がきみを近付かせると思っているのですか」
その手に紅い光がまとわれていく。
ジャセイが身に付ける魔法具によって生成された、破壊の紅球。浄化魔法の攻撃転化によって作り出されたものなので生物にしか通用しないが、それでも少年の力では無効化することができず、次に直撃すればもう立っていることもできないかもしれない。
その紅球が少年へと撃ち出されようとしたとき、ジャセイの視界を細長い空白のメッセージウインドウが覆った。
「な……ッ⁉」
それは黒髪の少女の呪いの力。
黒煙のなかに隠れている少女が、少年の戦いをサポートするために作り出したものだ。
「く、邪魔だ、どけ……ッ!」
視界を遮るメッセージウインドウを、ジャセイが振り払おうとするが、その手はメッセージウインドウの向こう側を突き抜けるだけで、消すことも移動させることもできなかった。
この呪いの力に物理的な干渉能力はない。出現させたからといって、情報を知ることはできても、攻撃や防御をすることはできない。
だが。
視界を遮ることはできる。
攻撃や防御の邪魔をすることはできるのだ。
「ならば……ッ!」
ジャセイはその場から一歩横に移動する。
振り払うことができないのなら、自分が動けばいい。そう判断したのだが……メッセージウインドウはジャセイのその動きに合わせて移動し、執拗に男の視界を遮ってくる。
「こ、の……邪魔だアア……ッ!」
メッセージウインドウのしつこさにジャセイが苛立ちを募らせた声を上げたとき、
「うおおお!」
間近に迫る少年の声が響いた。
少年はもうすぐそこまで来ているらしい。
視界を塞がれてはいるが、そんなことに構っている余裕はなかった。ジャセイは紅い光をまとわせた手を少年の声が聞こえてきた方向にかざすと、破壊の球体を撃ち出した。
「おおおお!」
しかし。その一瞬後に、ジャセイの顔面に衝撃が走る。
撃ち出した紅球はかわされて、逆に少年から渾身のパンチを受けたのだ。
「ク、ソ、ガキがアア!」
何も見えないなか、ジャセイは自身の周囲に、さきほどよりも一回りも二回りも小さな紅球を、やたらめったらに撃ち出していく。
小さな球体攻撃は力を溜める必要がないから、複数個を一度に撃ち出すことができる分、命中してもダメージ量は小さい。
とはいえ、その数の多さに少年はひるんで、
「く……」
慌ててそれらの小さな紅球をかわしていく。疲労が蓄積し、火傷を負っているいまの少年では、このような小さな攻撃ですら油断はできないから。……が、あまりにも数が多すぎて、それらのうちの数発は避け切れずに命中してしまう。
少年が小さな紅球の群れに気を取られている間に、ジャセイは数歩後ろへと跳んで距離を取った。メッセージウインドウも同様についてきて、依然視界は塞がれたままだ。
(クソが! 何も見えねえ!)
小さな紅球のいくつかは命中して、少年は痛む声を上げてはいるが、それでもまだ地面に倒れる音は聞こえてこない。小さな紅球では決定的なダメージになっていないということだ。
少年がジャセイへと駆ける音が響く。すべての紅球をやり過ごして、接近するために再び駆け出したのだ。
その音はジャセイの正面から聞こえてくる。だが、さきほどと同じように無闇に撃っても避けられて、また顔面にパンチを受けるだけだろう。
(チッ、仕方ない)
ジャセイが少年に両手をかざし、その片方の手に破壊の紅球が生成されていく。
ジャセイの視界は塞がったままで、照準を合わせることは困難だろう。少年は駆けながらジャセイの射線から横にずれるが……ジャセイは少年の動きに合わせて手を動かした。
「な……⁉」
目を見開く少年へと破壊の紅球が撃ち出される。少年は横に移動して回避しようとするも、完全には避け切れずに片腕を紅球に飲み込まれてしまう。
「ぐう……!」
片腕のところどころに裂傷ができ、それらから血が流れていく。拳を握る力も込められない。もうこの腕は戦いの役に立たないだろう。とはいえ、足を撃たれなかっただけ、まだマシかもしれない。
「どうして……目を隠してるのに……」
片腕をだらりと下げる少年に、男が口元をゆがめる。
「言ったでしょう。私は生物の身体を組み替えられると」
「……!」
その言葉に少年は気付いた。ジャセイがかざしている両手のうち、紅球を作っていなかったほうの手のひらに、ぎょろりと動く眼球が埋まっているのを。
「見た目が気持ち悪くなるから、こういうことはあまりしたくないのですがね。キサマたちを殺すためだから、仕方ありません」
肉体のキメラ化。
少年がそれを解除するためには、ジャセイのもとまで近付いて触れるしかない。……だが、近付こうとすれば、攻撃を受けてしまうだろう。
「サキさん……!」
少年の声と同時に、状況を把握した黒髪の少女が、ジャセイのその手のひらにメッセージウインドウを出現させる。
新たな視界を作られたのなら、また隠せばいい。そう判断したのだが。
「無駄無駄!」
ジャセイの周囲にいくつもの眼球が出現する。それらは服の隙間から細長い管によってジャセイの身体につながっていて、さながら空中に浮かんでいるようだった。
男のその姿は、もはや人間ではないかのようだ。
「くそ……!」
それでも、少年は男へと駆け出していく。やつを倒すためには、とにかく近付かなければならないのだから。
少年の攻撃をサポートするために、男の周囲に数多のメッセージウインドウが出現し、キメラ化した眼球の視界を塞いでいく。
「無駄だと言ってるでしょう!」
だが、ジャセイは視界が塞がれていくたびに新たな眼球を作り出していき……男の周囲はメッセージウインドウの森に囲まれていった。
それでも、依然、眼球は増え続け、ウインドウの森の奥から紅い輝きがきらめく。その紅い輝きが駆ける少年へとまっすぐに撃ち出された。
そのとき。
「ケイさん! 特定しました! 腕につけたブレスレットです!」
黒髪の少女の声が響く。
少年は迫りくる紅球を辛うじて回避すると。
【名称:『バイオレッド・ブレスレット』
効力:浄化魔法を扱える。また浄化魔法の攻撃転化により、生物にダメージを与えられる。
備考:魔法具。】
「うおおお!」
空白のウインドウの森にいるジャセイの、ただ一枠だけ魔法具の文章が表示されている片腕につけられた、紅い宝石のついたブレスレットをつかんで、その紐を思い切り引きちぎった。




