その六十一 絶対に!
「……! なに言ってるの……⁉ あんたを治さなくちゃジャセイに……!」
「聞いて、イブさん」
声を上げる金髪の少女に、激痛に息を荒げながらも少年が言葉を紡いでいく。
「さっきの炎って、イブさんが出したんでしょ。魔法とかで」
「そうだけど……」
「なにかの本で読んだことがあるんだ。止血するための方法に、傷口を焼く方法があるって」
「……っ! あんた、まさか……!」
少年が言ったことに、金髪の少女は声を上げる。
「あんた、自分でなに言ってるか分かってるの……! それは怪我を治すわけじゃない、血を止めるだけなのよ……!」
「分かってる」
「それにこんな大怪我にそんなことすれば大火傷を負うし、最悪激痛でショック死するかもしれない……!」
え……⁉ と、黒髪の少女が驚愕の声を漏らす。
しかし少年は、
「それも分かってる」
と、うなずいただけだった。
「いま身体が動かせるようになればいいんだ。そうすればジャセイと戦える。いま、やつと戦わなくちゃいけないんだ……!」
傷はこの戦いが終わったあとで治せばいい。
なんなら、ジャセイを倒しさえすれば、自分は死んでもいい……!
この思いを言えば、黒髪の少女は必死になって止めるだろうし、金髪の少女も傷口を焼くなどという危険を冒さないだろう。
だから、口に出すことはしなかった。
口に出してこそ言わなかったが、少年は命を懸ける覚悟を決めていた。
握っている金髪の少女の手に、少年が弱々しくも力を込める。
「その止血なら、すぐにできる。俺が戦っている間に、そっちの男の人の傷を治してほしいんだ」
「…………。本当に本気なの。もしあんたが気絶したり死んだりすれば……」
すべてが終わるだろう。
決断しかねている金髪の少女に、自信を宿した瞳で少年は言った。
「俺は気絶しない。死んだりもしない。だから、大丈夫。心配しないで」
それは根拠のない自信。
少年が口で言っただけの、ただの理想。
「…………」
金髪の少女は黙ったまま、少年の顔を見つめる。彼女が返事をする前に……ジャセイが彼らにあざ笑うように言った。
「さあ、これで終わりです!」
少年たちにかざしたその手には形成し終わった紅い球体が浮かんでいた。
金髪の少女たちが目を見開き、その紅球がジャセイの手から放たれたとき……少女たちを守るように修道長が飛び込んで、破壊の一撃をその身に受けた。
「ぐは……!」
「修道長!」
それまで見ていただけの初老の男の乱入に、ジャセイはピクリと眉を動かす。
「どういうことですか、修道長。あなたは自分のやっていることがお分かりになっているのですかね」
頬や額が裂かれ、そこから血を流す修道長が、息を荒げながらもジャセイに視線を向けた。
「……それは私の言葉です、ジャセイさま……どうして彼を狼の姿に変えたのですか……?」
フン、そんなことか……そのような態度でジャセイは答える。
「そのほうが鼻が利いてサトリを探しやすくなるからですよ」
「ならば……なぜ彼を少年もろとも殺そうとしたのですか……彼は街の皆のために、あなたに協力した……あなたに逆らう気など微塵もなかったというのに……」
ジャセイは鼻で笑った。愚問だというように。
「そんなの、厄介な力を持つ少年を殺す絶好のチャンスだったからに決まってるじゃないですか。あの修道士の男がやつの視界を遮ってくれていたのですからね」
「…………そう、ですか……」
「さあ、分かったのなら、そこをどきなさい。いま私の前に立ちふさがったのは、その質問をするための事故だったということにしてあげますから……」
もう一度、かざした手に紅い光をまとわせていくジャセイ。
しかし修道長はそこをどこうとせず、ジャセイの前に立ちふさがったまま。
「どういうつもりですか、修道長」
「……申し訳ありませんが、ジャセイさま、あなたの言うことはもう聞けそうにありません……」
修道長が両手を広げる。背後にいる金髪の少女たちを守るように。
「私たち街の者に対するあなたの心持ちについては、気付いていました。ですが、私や街の皆があなたの命令に従順にしていれば、もしかしたら慈悲の心を抱いて、見逃してくれるのではないか……そんな、一縷の望みを託していたのです」
初老の男の瞳に、静かな強さの光がたたえられていく。
「ですが、いまの問答ではっきりしました。あなたが私たちに慈悲の心を持つことはない、と。ならば、私の取るべき行動は……」
戦うんだ……! 少し前に少年が言っていた言葉が、修道長の脳裏によぎる。
「皆で協力して、あなたに立ち向かい、倒すことです……ジャセイ」
修道長が後ろを見て、そこにいる者たちに目を向けた。
「すまない、イブ、それに名も知らぬ少年にサトリよ。こんな簡単なことに気付かなかった私を、死の恐怖に身がすくんでしまったことを……そして街の皆を危険にさらしてしまうことを、許してくれ……」
初老の男の姿が、徐々に大きくなっていく紅い光に包まれていく。
「修道長……!」
声を上げる金髪の少女に、少年が言った。
「イブさん、修道長さんが俺たちを守ってくれているいまのうちに、この傷を焼くんだ……! 修道長さんの気持ちをムダにしないために……!」
「……っ……!」
少年の傷口にかざしていた金髪の少女の手に、小さな紅い魔法陣が展開される。
「ぐ、う、おおおお……ッ!」
高熱によって身体を焼く激痛に、少年が絶叫の声を響かせた。
破壊の紅球の直撃を受けて、修道長の身体が崩れ落ちる。
華美な装飾品を身にまとった男が、殺すべき相手のいる場所に視線を向けると、そこには視界を埋め尽くす黒い煙と、肉を焼いたような焦げたにおいが漂っていた。
(金髪の女の炎魔法で何か焼いたのか……?)
何故そんなことをしたのか、男は考え、瞬時に悟る。
「この煙に紛れて逃げるつもりですか。無駄なことを。すぐに出てこなければ、街の人間を皆殺しにしますよ」
徐々に晴れていく黒煙から現れたのは、破れた服の合間から大火傷を覗かせながらも、立ち上がっている少年の姿だった。
強い意志を持って、少年が言い放つ。
「さっきも言っただろ。おまえは俺が倒す……絶対に!」




