その六十 治すのは俺じゃない
金髪の少女の集中が途切れてしまったのか、炎の壁や火球を撃ち出していた魔法陣が消えていく。
すぐさま黒髪の少女たちのもとへと駆け寄っていく金髪の少女を見て、ジャセイが言う。
「目が覚めたのですか。あのまま気絶していれば楽に死ねたでしょうに」
それに対して、
「あいにく、あんたなんかに殺される気はみじんもないの」
金髪の少女も強い目を向けて応じた。
あるいは彼女の言葉は、殺されてしまうかもしれないという恐怖を少しでも押さえつけるための強がりかもしれない。
金髪の少女は地面に膝をつくと、少年と修道士の男の傷の具合を確認する。
「…………っ!」
絶句する金髪の少女の様子に、黒髪の少女にも悪い予感が去来する。
「イブさん、治せますよね……? イブさんなら、きっと……」
「…………」
金髪の少女は答えない。離れたところで戦いを見ていた修道長に顔を向けて、
「修道長! 二人とも瀕死の重傷です! あたしじゃ治すのに時間が掛かりすぎます! その間にジャセイに皆殺しにされます! 修道長の力が必要です!」
金髪の少女が呼び掛ける。
間髪入れずに、ジャセイもまた修道長に言った。
「修道長、分かっているでしょうね。彼らを助けるということは、私に反逆するということ。そして、それがもたらす結果を」
「…………!」
修道長は一度ジャセイを見返して……視線を下に落とした。
金髪の少女が再度呼び掛ける。
「修道長!」
しかし、
「……すまない……」
「「……っ⁉」」
初老の男の返答に、金髪の少女と黒髪の少女は目を見開いた。
「うう……」
激痛に少年がうめき声を上げる。黒髪の少女は我に返ると金髪の少女を見て、
「イブさん……!」
その呼び掛けに、金髪の少女も我に返る。血の海に倒れる二人を見比べながら、
「あたしじゃ、二人を同時には治せないし、時間も掛かる……とてもジャセイの次の攻撃には間に合わない……!」
「…………。時間を稼げば、いいんですよね……」
金髪の少女が黒髪の少女を見た。
「……おとりになるつもりなのね……」
「はい。それで二人が助かるのなら……」
金髪の少女の表情に陰が差す。
「いいえ。二人ともは無理」
「え……?」
「言ったでしょ、あたしじゃ時間が掛かるって。どっちかを治してる間に、どっちかが死ぬ。助けられるのは、一人だけよ」
「っ! そんな……っ!」
ジャセイが黒髪の少女たちへと手をかざした。そこに紅い光がまとわれていく。
「全員仲良く死になさい」
黒髪の少女が辛そうに強く目をつぶった。
ケイはサキにとって確かに大事な存在になっている。だが……だからといって、彼を助けるために、他の誰かの命を犠牲にするなど……。
第一、そんなこと、ケイ自身が生涯悔やんでしまうだろう。自分が生きるために、他人を見殺しにしたとして。
「そんな……そんな……」
「サキ。あんたにとって、ケイは大事なんじゃないの」
「……! しかし……そうしたら、この修道士のかたは……このかたにだって大切な人が……わたしはどちらかを選ぶことなんて……」
「…………」
金髪の少女は倒れている二人を見つめたあと、ぎゅっと目を閉じる。思い悩み、葛藤するように眉根を寄せて……数瞬の後、強さを宿した瞳を開けた。
「……あたしは、選ぶわよ……!」
「……!」
黒髪の少女がハッとする。その言葉通り、金髪の少女の瞳には揺るぎない決意が宿っていた。
「さっき、生垣の裏であたしが目を覚ましたときに、サキからケイのチート能力について聞いたし、実際にケイがこいつを獣人から人間に戻すのも見た」
金髪の少女の手が、少年の重傷部分にかざされる。
「ジャセイを倒せる可能性があるのは、ケイなの。わずかでも倒せる可能性があるのなら、たとえそれが非情な選択でも、あたしはそっちを選ぶ……! 選ばなきゃ、全員が死ぬんだから……!」
その選択が本当に正しいのかどうか、金髪の少女には分からない。ただ少なくとも分かることは、少年を治さなければジャセイを倒せず、黒髪の少女を殺されて、サトリの力を奪ったジャセイによって皆殺しにされるということだ。
その手に柔らかな治癒の光が輝き始めようとしたとき……不意に、少年が彼女の手を取った。
「待って、イブさん」
「ケイさん!」
「ケイ……意識を取り戻したのね」
少年は金髪の少女を見つめて、言った。
「治すのは俺じゃない。そっちの男の人だ」




