その五十七 戦うんだ……!
身体をよろめかせたジャセイへと少年は立て続けに蹴りを繰り出す。
「グフッ!」
不意を突いたということも相まって、少年のその攻撃は通り、ジャセイは体勢を崩した。この好機を逃すまいとして少年は拳を振り上げて、三度目の攻撃をしようとするが、
「クソガキがあッ!」
即座にジャセイが手をかざして少年へと破壊の紅球を撃ち出す。
「くっ……」
至近距離で発射されたそれを辛うじて避けると、少年はいまもなお空間に現れ続けているメッセージウインドウの海のなかに溶け込んだ。
「隠れても無駄だ!」
文章の海は視界を遮ることこそできるものの、物理的な障壁にはなっていない。
ジャセイは二発三発と続けざまに紅球を撃ち出し、それらはウインドウの向こう側へと消えていく。
すぐにでも少年の絶叫が聞こえると予想していたジャセイだったが、その響きは返ってこない。
(チッ、避けたか)
ウインドウの海に隠れている少年へとジャセイは言った。
「フフフ、サトリの力で目くらましとは考えましたね。だがそんなことをしても、私の怒りを買うだけでした。後悔しなさい!」
ジャセイが腕を横に伸ばし、かざした手から紅色の球体を横側に撃ち放つ。それはさきほどまで金髪の少女が横たわっていた辺りのウインドウの海へと消えていった。
一発だけでは、少年を殺し損ねたときのように、仕留め損なうかもしれない。金髪の少女を確実に殺すために、数発連射した。
ウインドウの海の向こうから、いくつもの紅い煌めきがほとばしった。
「ククク。私に逆らうからですよ。恨むなら自分たちの浅はかさを恨むんですね」
有言実行。警告はしていた。遅かれ早かれ全員殺すつもりではあったが。
(さて、それじゃあこの大量の窓枠をどうやって消すか……ふむ、サトリを殺せば消えるのだとしたら、これはいよいよアレを使うか……アレなら視界が覆われていても関係ない)
そう思っていたジャセイの意に反して、周囲にあふれていたメッセージウインドウの海が急速に消滅していく。まるで引き潮によってそれまで見えなかった海岸が現れるように。
そして、さっきまでそこに倒れていたはずなのに、金髪の少女まで跡形もなく消えてしまっていることに、ジャセイは気付いた。
(私の攻撃で死体も残らず消えたか……。いや……! 私のチートならともかく、あれは魔法具で作った攻撃だ、死体を完全に消し去るには威力が足りないはず……!)
またジャセイが使った浄化魔法の攻撃転化では、生物は殺せても、その生物が身に付けている物品は破壊できない。金髪の少女の衣服まで完全に消えているのはおかしいのだ。
とっさにジャセイは周囲を見回した。
(いない……! クソがッ、そういうことか……!)
金髪の少女だけではなく、黒髪の少女もまた、その場から消えていた。
ジャセイの目の前に立っているのは、一人の少年だけ。少年もまた金髪の少女がいた場所を見て、ホッと安堵の息をついていた。
「良かった……間に合った……」
「この、クソガキが……あの窓枠で視界を覆っている間に、キサマが私の注意を引き付けて、あの女どもを逃がしたのか……! それがキサマの策か!」
「…………」
呪いの制御を解いたら、気絶している金髪の少女を抱えてどこかに隠れてほしい……少年は黒髪の少女にそう言っていた。
修道長と修道士の男へと振り返って、ジャセイが怒鳴り声を上げる。
「探せ! 金髪の女を抱えながら遠くまで逃げられるわけがない! 早くしなければこの街の人間ごと滅ぼすぞ!」
「……⁉ そ、それだけはお待ちを……どうか……!」
修道長が答え、周囲を捜索するために慌てて駆け出そうとしたとき、
「待ってください!」
少年が修道長と修道士の男に呼び掛けた。
「その男を信じちゃダメです! そいつは約束を守るようなやつじゃない! どんなに言うことを聞いても、最後には殺されます!」
「…………!」
修道長が目を見開く。修道長もそのことには気付いているのだ。
「サキさんの呪いを解放したときに、ジャセイとあなたの心を知ることができました。あなたはこの街の人たちを守るためにジャセイの言うことを聞いていた。だけど、ジャセイはサキさんを殺してサトリを自分のものにしたら、約束を守る気なんてなかった。あなたたちを利用しているだけだ」
少年がサトリの呪いを解放させた本当の目的は、ジャセイに従っている修道長の真意を知ることだった。
修道長が口ごもる。
「そ、それは……しかし、私には……ジャセイさまの言うことを聞くしか……」
「だったら……!」
少年が大声を上げた。
「戦うんだ……!」




