その五十四 お願いします、ケイさん
紅の球体が眼前まで迫り、自らの運命を受け入れるように黒髪の少女が目を閉じる。
すべてを終わらせる一撃が少女の身体を飲み込もうとしたとき、全速力で駆け寄った少年が彼女の身体を地面に押し倒して、間一髪のところで破壊の球体が頭上を走っていく。
何事が起きたのかと目を開けた少女が目の前の少年を見て、驚きと困惑の入り混じった声を出した。
「ケイさん……どうして……?」
「ダメだ……!」
懸命さをにじませた顔で、いまにも泣きそうな声で少年は言う。
「こんなところで死んじゃ、死のうとしちゃダメだ……!」
「それは……やはりサトリの呪いを継承させてはいけないということですか……?」
「そんなの、きみが大切だからに決まってるだろ……!」
少年の言葉に少女は目を見開いた。
「サキさんが俺とイブさんを大切だって言ったように、俺にとっても、サキさんのことが大切だから……死なせたくないんだ……!」
「しかし……わたしたちはまだ会って数時間しか……」
「きみが言ってたことと同じだよ。そのたった数時間で、俺にとってきみは大事な存在になったんだ」
「……! ケイさん……」
そのとき、そんな二人にジャセイがパチパチパチと拍手をした。
「互いに守り合う、素晴らしい姿ですね。それなら二人一緒に死んでください」
ジャセイが両手をかざして、いくつもの紅い球体を二人へと撃ち出した。
少年はすぐさま立ち上がると、手を引いて黒髪の少女も立ち上がらせる。そして彼女を連れて走り出し、それらの攻撃を何とか避けていく。
逃げ続ける二人に苛立ちを募らせたジャセイが言った。
「それ以上逃げるのなら、あの金髪の女を殺しますよ」
「「!」」
少年と少女は立ち止まり、そのすぐそばを紅い球体がすれ違っていく。
「やめろ!」
叫ぶ少年に、ジャセイはニヤリと笑った。
「あの金髪の女を死なせたくなければ、あなたたちが死ぬことですね」
「ま、待ってください! 死ぬのはわたしだけでいいはずです……!」
なおも自分を犠牲にしようとする黒髪の少女に、少年は声を上げる。
「サキさん……!」
「さっき言ってくれたこと、うれしかったです……でも、ごめんなさい……イブさんを助けるためなんです……ケイさん……」
「……っ」
いま少年がいる場所から金髪の少女が倒れているところまではだいぶ距離がある。
さきほど黒髪の少女を守ったときのように全速力で向かっても、ジャセイの攻撃のほうが速いだろう。
ジャセイが黒髪の少女に言った。
「……。隣のやつを巻き添えにしたくなければ、こちらまで来なさい。少年のほうも、もし不審な動きを見せれば、即座にあの金髪の女を殺しますよ」
ジャセイの指示に、少女が少年から手を離す。少年はそれをただ見ていることしかできない。
(どうする……ここからじゃあ、イブさんともジャセイとも距離がある……イブさんを助けに行こうとしても、ジャセイを殴りに行って気絶させようとしても、どっちにしても時間が掛かる……そうする前にイブさんが殺される……!)
自分の無力を憤るように、少年は拳を握りしめた。
(どちらかを守ろうとすれば、どちらかが死ぬ……俺には二人を守ることはできないのか……!)
黒髪の少女がジャセイへと歩き出しかけたとき、少女と少年のすぐそばに淡く光る窓枠……メッセージウインドウが出現した。
【ガキが、手間取らせやがって。約束など知るか。こいつらを殺したら、あの金髪の女も殺してやる】
「……!」
と、黒髪の少女がウインドウの内容に驚き、少年もまたそれに気付く。
「これは……!」
「……ジャセイの攻撃に残っていた思念を、サトリが文章化したんです……!」
「……あいつはサキさんとの約束を守るつもりなんかなかった……!」
「…………」
少年がジャセイを鋭い目で見て、叫んだ。
「おまえはサキさんを殺してサトリを手に入れたら、俺もイブさんも殺すつもり、そうだろう!」
「ほう……」
メッセージウインドウに気付いたのはジャセイも同じだった。距離的にジャセイがいる場所からは読めないが、少年の言葉からおおよそ察しはつく。
「チッ、『サトリ』め。だが気付いたところで、おまえらに何ができる。サトリがこっちに来なければ、あの金髪の女を殺すだけだ!」
ジャセイの手が金髪の少女へと向く。ジャセイの本心が分かったとしても、状況はほとんど変わっていない。
少年にだけ聞こえる声で、黒髪の少女が言った。
「ケイさん。わたしがジャセイに近付いたら、イブさんのところまで走って、彼女を連れて逃げてください」
「え……?」
「わたしが殺されてしまう前に、二人が逃げ延びられるようになんとか少しでも時間を稼ぎますので」
「そんな……そんなこと……俺には……」
「お願いします、ケイさん」
少年に背を向けて、黒髪の少女が一歩を踏み出した。




