その四 見つめる者
いきなりの怪音に少女の顔がきょとんとなり、少年の顔がボッと赤面する。
「……いまのは……」
真剣な表情で問おうとする少女に、
「い、いや、違うんだ、これは……」
恥ずかしさを隠すために手を振りながら言葉を継ぐ少年のお腹が、またも鳴り響く。
「……お腹がすいていたのですね……」
「……はい……」
思い至ったように言う少女に、少年は膝に手を置いてうなだれながら答えた。
「これは失礼いたしました。ここには食料もなさそうですし、確かここから少し歩いたところに夜でも営業している飲食店があったはずです。そこに向かいましょう」
「……なんか、すみません……」
「? なんで謝るんですか?」
「いや、なんか恥ずかしくて……」
少女は首を横に振る。
「謝るのはわたしの方です。あなたを勝手に召喚したのですから。召喚されていなければ、もっと早くあなたはご飯を食べられていたはずです」
「いや、まあ、それはそうかもしれないけど……」
少女の言うことはもちろん正論で、少年に非がないことは明らかなのだが、それでも女の子の前でお腹を鳴らすというのは、彼にとってはとても恥ずかしいことなのだった。とにかく、と少年は照れを隠すために立ち上がる。
「早くそのお店に行こうよ」
差し出した少年の手を取りながら、少女も立ち上がる。……あ、と何かに気付いたように少年が言った。
「そういえば俺、こっちのお金持ってないんだけど」
「それなら安心してください。わたしが払いますので」
「……ありがとう。なんか、ごめんね」
少しだけ肩を落とす少年に、少女が声を掛ける。
「先ほども言いましたが、あなたを勝手に召喚したのはわたしで……」
「う、うん、分かってる、分かってるから」
同じことを繰り返し言おうとする少女を、少年は制止する。少女の言い分はもっともなのだが、少年の中にある男としてのほんのわずかなプライドが、やっぱりなんだかなあと思ってしまうのだ。
しかし仕方のないことなのだから、落ち込んでばかりもいられない。
「それじゃあ、行こうか。肩貸すよ」
「……いえ、血も止まりましたし、痛みもだいぶやわらいだので、もう大丈夫です」
「あ……そう……? それは良かった」
「心遣い、ありがとうございます」
少女は周囲を見回して、おそらく以前この建物に住んでいた人物が着ていたものだろう、ホコリまみれの黒いローブを拾い上げる。ホコリを払ってから、少年へと差し出す。
「いまは暖かい季節なのですが、それでも夜は冷えます。これでも着てください」
「…………」
受け取って、少年はそのローブを見下ろす。とりあえず受け取ってしまったが、まだホコリが多少ついているし、ネズミがかじったのかところどころ穴が開いているし、正直なところ着る気になれなかった。
やっぱり俺なら大丈夫だから……そう言って断ろうとするが、見ると、少女は床に落ちていたもう一着の黒いローブを拾い上げてホコリを払うと、何のためらいもなく、それを素早く身に着けていた。あまつさえ、フードすらかぶってしまう。
これは……身に着けるしかない流れだ……。でなければ少年が風邪を引いてしまわないようにと、気を使ってくれた少女の心を傷付けてしまうかもしれない。ええい、俺も男だ、ホコリまみれでところどころ穴の開いた服くらい、どうってことないさ……!
そして数分後、少女と、ちょっとだけ落ち込んだ様子の少年は、通りの先にある居酒屋のような店の中のカウンター席に座っていた。二人の前にはネマーと呼ばれる、少年の世界におけるラーメンによく似た食べ物が置かれていた。
箸を持ち、フードをかぶりながら食べる少女を見て、少年も細長い麺を口に運ぶ。しょうゆラーメンのような味わいで、率直に言っておいしかった。食べ終わり、支払いを済ませて、店から出ようとしたとき、ちょうど同じタイミングで入店しようとした男の肩と少女がぶつかってしまう。
「……きゃ……」
その弾みでかぶっていたフードが外れて、少女は床に尻もちをついた。
「あ、すみません」
と男が言い、床に尻もちをついた少女へと手を伸ばそうとした、そのとき、露わになった少女の顔を見た男の表情が凍りついた。
少女もまた、表情の変化した男の様子と、自分がかぶっていたフードが外れていることに気が付く。
「大丈夫?」と声を掛ける少年に、
「大丈夫です。さ、行きましょう」
口早に言い、フードをかぶりながら素早く立ち上がると、少女は足早に店の外へと出ていく。
「あ、ちょっと待ってよ」
いきなりどうしたんだろう……? そう不思議に思いながら、少年もまた少女を追って、店から外へと出た。
通りを並んで歩くその二人の背中を、男の細い目が見つめ続けていた。
……その口元に、ほのかな笑みを浮かべながら……。




