その五十二 待ちなさい!
「ほら、もう一度!」
いまだに体勢を立て直せないでいる少年へと、ジャセイはキックを放つ。
少年は何とかそれをギリギリでかわすと、拳を握りしめてジャセイに反撃するが、男はそれを手のひらで受け止めた。
「ククク、やはりただの拳。あなたの身体は魔法やチートで強化されているわけではない」
少年の拳を握りしめて、ジャセイは彼の身体を引き寄せると、その顔面に渾身のパンチをたたき込む。
「ぐっ!」
のけぞった少年をもう一度殴るためにジャセイはまたも引き寄せようとするが、とっさに少年は足を振り上げた。
「おっと」
ジャセイは少年から手を離してその蹴りをかわすと、後方へと飛び退った。
「危ない危ない」
荒い息を上げながら口元から流れる一筋の血を拭いとる少年を見つつ、ジャセイはこの短時間の攻防で得た情報を瞬間的に整理する。
「ふむ……私のチートは効かないが、パンチやキックは通用する。なるほどなるほど。これから分かることは、あなたは物理攻撃以外を無効化する、ということですかね」
「…………!」
少年はジャセイのことをただ単に、暴力的に悪いことをしているやつだと思っていた。しかし違った。この男は敵対する相手の能力を分析している。
いまはまだ少年の持つ『チートレイザー』の本質には気付いていないが、このまま戦いを長引かせれば、いずれ気付かれてしまうかもしれない。
そうなれば少年がジャセイに対して有していたアドバンテージはなくなり、形勢は一気に不利になるだろう。
「く、うおおお!」
だから少年は飛び出した。やつがチートレイザーの力に気付く前に戦いを終わらせるために。
しかしジャセイは少年の拳を身をひねって避けると、がら空きになった少年の身体を思い切り蹴り飛ばす。
「ぐっ……!」
地面を転がった少年はすぐさま立ち上がるが、彼が見たのは余裕を取り戻した表情で両手を前に伸ばすジャセイの姿だった。
「ククク、肉弾戦は疲れるのであまりしたくはないのですよ。だから……まずはあなたには本当に『物理攻撃しか通用しない』のか確かめることにしましょう」
ジャセイの片手に紅色の球体、もう片方に紫の球体が浮かび上がった。
「私が身に着けている装飾品は魔法具でしてね、私のチートがあればこんなものは使わないと思っていましたが分からないものですね。それはともかく、紫のほうはチートで作った猛毒ですが、紅いほうはこの魔法具で作った破壊魔法です。はてさて、あなたはこの両方を無効化できるのですかねえ」
あざ笑うように口元をゆがませながら、ジャセイが二つの球体を撃ち出した。
少年の力では、猛毒のほうは無効化できるが、破壊魔法のほうは無効化できない。だから受けていいのは猛毒のほうで、破壊魔法のほうは避けなければいけないのだが……。
『避ける』という、その行為自体が、少年の力の本質を裏付けてしまうようなものなのだ。
なぜなら少年はそれまでジャセイが放ってきた即死級のチート攻撃をものともしなかったのだから。
「くっ……!」
だが避けるしかない。避けなければ、チートレイザーに気付かれるとかそういうの以前に、自分が死んでしまうか、良くても大ダメージを受けてしまうのだから。
少年は地面を蹴って二つの球体を辛うじて避ける。猛毒のほうも避けたのは、そうすることで、『無効化できるはずなのに何故そうしなかったのか』と、少しでも相手の思考に疑問を抱かせて、時間を稼ぐためだった。
だが……。
「クククク、本当に避けていいんですか」
「……!」
ジャセイの口振りに、少年はあることに気付いた。いま避けたばかりの二つの球体に振り返る。それらの攻撃の射線上には、気を失って地面に倒れたままの金髪の少女がいた。
「しまっ……!」
慌てて少年は全速力で駆け出して、突き進んでいく二つの球体の前へとギリギリで割り込んで、両手を広げてそれらの攻撃を正面から受け止める。
「がっ…………!」
間一髪、間に合った。背後に倒れる金髪の少女の身体に攻撃はかすりもしていない。
その代わり、猛毒は無効化したとはいえ、破壊の紅球によって少年の身体はズタボロになってしまっていた。
死なずに済んだのは、ひとえに破壊の紅球の威力が、ジャセイのチート攻撃ほどではなかったからに過ぎない。それでも生身の少年にとっては非常に強力なことに違いはないが。
荒い息を吐き、いまにも地面に膝をつきそうな少年へと、ジャセイが笑いをこらえるような声を掛ける。
「これではっきりしましたね。あなたの力は『私のチートは無効化できる』が、『それ以外の攻撃は無効化できない』。いやはや何とまあ、にわかには信じられませんが、そんな力が存在するとはね」
ジャセイが手のひらを少年へとかざした。
「だがそれも、もはや消え失せる。そこに倒れている女と一緒に死ね」
その手に紅色の光がまとわれたとき、横合いからジャセイへと大声が掛けられた。
「待ちなさい!」
少年やジャセイ、全身を恐怖に震わせて戦いを見ていた修道長と修道士の男……その場にいた全員が声のほうを見る。
そこにいたのは黒髪の少女――サトリのサキだった。




