その四十九 この呪いは『継承』されるんです
「この呪いは『継承』されるんです」
「『継承』?」
少女はうなずく。
「はい。このサトリの呪いは、呪いを持つ者が死んだ場合、その血統を宿す一族の誰かに継承されます。わたしは母からこの呪いを継承しました」
「ってことは……」
「しかしいまはわたし以外に、この血統を宿した者はもういません。わたしの家族は全員死んでしまいました。わたしだけが生き残っているんです」
「それなら、サキさんが心配する必要はないんじゃ……」
少女は首を横に振った。
「いいえ。母から聞きました。この呪いはわたしたちの血統が絶えた場合、呪われた者に一番近い者に、呪いが『継承』される、と。この呪いはこの世界のすべての人間が滅びない限り、消えることはない、と」
「…………」
息を飲む少年に、少女は続ける。
「わたしが死んで、この呪いが誰かに継承されてしまったら、その人はわたしやわたしの一族と同じ苦しみを味わうことになってしまいます。あるいは継承されるのが悪い人であれば、どんな情報も知ることができるこの呪いを悪用してしまうでしょう」
秘密や弱みを握り、服従させること。
金目のものの隠し場所を突き止めて、強盗をすること。
相手が次に何をするか、何を考えているかを知り、争いに勝利すること。
などなど。
人の心を読めるというのは、悪事をおこなう際に圧倒的に有利なのだ。
「いままでわたしを狙ってきた人たちは、みんなこの呪いを自分に継承させるために、わたしを殺そうとしてきたんです。そして呪いを継承した人もまた、別の誰かに命を狙われ続けることになります」
少年とは手をつないでいないもう片方の手を、少女は自分の胸に置く。まるで自分が生きていることや、呪いの存在を確かめるように。
「このサトリの呪いをなんとかして解くか、あるいはこの世界から人がいなくならない限り、この呪縛の連鎖はなくならないんです」
「そんな……そんなことって……」
黒髪の少女からもたらされた呪いの真相に、少年は二の句が継げない。
この呪いを継承したものは一様に恐れられ、呪いを悪用しようとする者たちに命を狙われ続ける。
このサトリの呪いは常に災禍の火種となるのだ。
そのとき、魔法実験室のほうから苦痛のうめき声が聞こえてきた。
「⁉ いまのは……⁉」
声が聞こえてきたほうへと少年は振り返る。いまの声は金髪の少女の声だった。
再び黒髪の少女へと向くと、彼女もまた驚きと不安に満ちた顔をしていた。
少年は言う。
「俺、行かなくちゃ。イブさんを助けないと……!」
「……っ⁉ わ、わたし……は……」
わたしもイブさんを助けたい……!
少年と同じ思いを抱いているのにもかかわらず、
でも……まだわたしは死ぬわけには……。
呪いを継承させてはならないという使命感に阻まれて、少女は続く言葉を発することができない。
黒髪の少女のその一瞬の躊躇の間に、少年は彼女から手を離してしまった。
「サキさんは逃げるか、どこかに隠れてて。あいつに見つからないように」
「まっ……」
待って……!
そう言おうとする前に、少年は少女へと笑いかけた。
「大丈夫。俺にはチートを無効化するっていう力があるんだから。あいつがどんなに強いチート能力を持ってたって、負けるわけがないんだから。そうでしょ」
「……っ」
少年は背を向けると、魔法実験室のほうへと、金髪の少女を助けるために駆けだした。
「……っ……!」
遠ざかっていくその背中に、黒髪の少女は手を伸ばす。だがそれは彼には届くことなく、空をつかむばかりだった。
少年に宿った『チートレイザー』は確かに、あらゆるチート能力を無効化することができる。
たとえ相手が生物を問答無用で殺戮できようが、不死身に近い回復力を持っていようが、それがチート能力である限り、少年の力の前には関係ない。
少年が負けることはない。負けないのなら、残るのは勝利、どんなに悪くても引き分けだ。
ならば少年の言う通り、自分はここから離れるか隠れるべきだろう。戦いの邪魔にならないように。万が一にでもジャセイに見つかって殺されないように。
頭では分かっている。頭では分かっていた。それがいま自分のすべきことだと。
しかし少女はその場から動けず、小さくなる背中を見続けることしかできなかった。
ざわ。
不安とも恐怖とも分からない、言い知れない一抹の感情が胸のうちに芽生えるのを覚えながら。




