その四十八 誰かが死にそうになってるのなら、俺は助けたい
場面は黒髪の少女と少年へと移る。
ジャセイから逃げるために駆けていた二人だが、魔法実験室から多少離れた場所で、黒髪の少女は足がもつれて転んでしまった。
「大丈夫、サキさん!」
「は、はい……それより早く逃げましょう……」
急いで立ち上がろうとした黒髪の少女だが、小さなうめき声を上げて、その場にうずくまってしまう。
とっさに何かを察して、少年は彼女の足に目を向けた。
「感染症……。やっぱりまだちゃんと治ってないんだね……」
金髪の少女が調合した薬を服用したのはついさっきだ。本来なら安静にしていなければいけないはずで、走れるほどに回復するのには時間が掛かるだろう。
額から脂汗を流しながら、それでも黒髪の少女は立ち上がる。
「たしかにまだ痛みはあります……けど、そんなこと言っている場合でないことは分かってます。早くこの場から離れないと……」
少女が少年の手を引いてもう一度走り出そうとしたが……少年はそれを拒んで、その場に踏みとどまった。
「ケイさん……?」
振り返った少女に、少年は言う。
「……やっぱり……俺、行くよ、イブさんを助けに……!」
「ケイさん、しかしそれは……」
困惑の表情を浮かべる少女を、少年はまっすぐに見つめた。
「サキさんの言いたいことは分かってる。サキさんが殺されないようにするために、いま逃げてるんだって。サキさんが死んじゃったら、サトリの呪いのせいでなにかが起こるんでしょ」
「それは……」
少女は言葉を濁すが、いままでの黒髪の少女と金髪の少女とのやり取りから、呪いに関する問題が発生するのは明白だった。
「でもそれって、サキさんが逃げなくちゃいけない理由ではあるけど、俺が逃げる理由にはならないと思うんだ……!」
「そ、それは……」
少年の言うことはもっともだった。
しかしだからといって、黒髪の少女にも使命がある。
「そ、そんなことありません……ケイさんはこんなところで殺されてはいけないんです。だってケイさんは……」
「サキさんがこの世界に呼び出したから、俺を元の世界に帰すのが自分のしなければいけないことだから……だよね」
「……!」
半ば黒髪の少女の口癖になっていたセリフを、少年は先んじて言ってのける。
それこそが、黒髪の少女が自分自身に課した責務だった。
「そ、そうです……だからケイさんもわたしと一緒に逃げ……」
「でもそれってさ、俺が元の世界に帰りたくないって言えば、やらなくてもいいことだよね」
「……⁉」
元の世界に帰りたくない。
『だから』。
逃げる理由なんかないし、イブさんを助けに行く。
少年の理屈を、黒髪の少女は瞬時に悟った。
「ウ、ウソです……! ケイさんはわたしが無理矢理この世界に呼び出したんです。元の世界に帰りたくない、なんてことは、ないはずです……! ジャセイに立ち向かうためにそんなウソを……」
「俺さ、死ぬところだったんだ。サキさんに呼び出されて、この世界にやってくる直前に」
「え……」
告げた少年の言葉に驚く様子を見せる少女に、彼は続ける。
「学校の帰りでさ、駅のホームで電車が来るのを待ってたんだ。帰りのラッシュ時間の真っ最中で人がいっぱいいたせいだと思うんだけど、後ろの人に押されちゃって、俺、やってきた電車の目の前に飛び込んじゃったんだよね」
自嘲気味に少年は頭をかいた。
「それで、『あ、これは死んだな』って思った次の瞬間に、この世界に来てて、サキさんと出会ったんだ。最初のうちは生きてることが信じられなかったし、もしかしてここはあの世なんじゃとかって思ってたんだ。まあ、駅とか電車とか、そんなこと言ってもサキさんにはなんのことだか分からないと思うけど」
「…………」
つまるところ、少年が死に直面したその瞬間に、黒髪の少女はそれを助けたということだ。
「本当なら、俺は一度死んでたはずなんだ。だからなのかな、誰かが死にそうになってるのなら、俺は助けたい」
真面目な顔で言ったあと、照れ隠しのように少年は付け足した。
「まあ、サキさんが俺を助けてくれたってのは分かってるし、せっかく助けてもらったこの命を無駄にしちゃいけないってのも分かってるつもりなんだけどね」
「…………」
もう一度黒髪の少女を見つめる少年を、彼女もまた見つめ返す。
少女は少しだけ沈黙したあと、彼の話に触発されたのか、閉じていた口を開いて、言った。
「あなたを引き止めるために、告白します。この呪いを解くまで、わたしが死んではいけない理由を……わたしにかけられた呪いの真相を……。聞いてください、ケイさん」
そして黒髪の少女は話し始めた。




