【第二幕】 【異世界【ラウンド】】 その一 街へ
【第二幕】
【異世界【ラウンド】】
少女が口走った言葉の意味が分からず、少年が呆気にとられていると、地面近くに浮かび上がっていた光る四角い枠が音もなく静かに消えていった。
その枠の痕跡を目で追い続けてでもいるように、少女は枠が消えたその場所を見つめていたが、少しして、ハッと気づいたように少年へと顔を向ける。
「紅蓮のショウがいつ目覚めるか分かりません。早くこの場から離れましょう」
「紅蓮のショウ?」
「あなたに殴られて気絶しているその男のことです」
紅蓮のショウっていうのか、俺が殴ったこの男の人は。そう思って少年は地面に伸びている男を見る。一刻も早くこの場から離れるために少女は立ち上がろうとするが、
「いたっ……」
足首に痛みが走って、その場にうずくまってしまう。
「ど、どうしたの?」
慌てて振り返った少年が見たのは、足首を押さえる少女と、その手のひらの隙間から滲みだす血だった。
「怪我してたの?」
「……大丈夫です、これくらい。ちょっと切っただけですから……」
心配そうに声を掛ける少年に、少女は気丈に答える。とはいえ血はいまだに止まりそうになく、少女の顔も痛みをこらえているようだった。
何か自分にできることはないか、そう考えて、少年はズボンのポケットからハンカチを取り出した。そのハンカチを少女の足首にしっかりと縛って巻き付ける。
少年がいた世界ではどこにでも売ってるようなただのハンカチ。しかし少女がいるこの世界では、このようなしっかりと縫製されワンポイントの刺繍が施されている布製品など、中流階級以上の者でしか手にできない。
少女がすまなそうな声で言う。
「……すみません……わたしなんかのために汚してしまって……」
「いいっていいって。俺にできることっていったら、こうやって血を止めることくらいなんだから」
「……ありがとう、ございます……」
頭を下げる少女に、少年は笑顔を向ける。そして少しだけ真面目な顔になると、
「それより、確かにきみの言う通り、早くここから離れた方が良さそうだね。とはいっても、俺、全然このあたりのこと知らないっていうか、見たこともない場所なんだけど。っていうか、いまだに俺に何が起きたのか全然分からないんだけどさ」
「それについては、道々説明します。ここから少し離れた場所に街があるので、まずはそこに向かいましょう。異世界の民であるあなたを、わたしの都合で野宿させるわけにはいきませんから」
「異世界……?」
少年の頭に疑問符が浮かぶ。少女の言っている意味は分からないが、とりあえず、少年自身、野宿はできる限り避けたいところだった。少年は立ち上がり、少女へと手を差しだす。
「肩貸すよ。その足じゃあんまり歩けないだろうし」
「ありがとうございます」
少年の手を握って立ち上がり、肩を借りて歩き出す。少女が言った。
「優しいんですね。見ず知らずのわたしのためなんかに、こんなことまでしてくれて」
「そんなこと言われると照れるけどね。怪我した女の子を放っておけないだけだよ」
男の子なら、女の子が困っているときは助けるべきだ……ふと、昔知り合いに言われた言葉を思い出す。その知り合いはもういないのだけど……少しだけ表情に陰を差した少年には気付かずに、少女がぼそりと、ほっと安堵したようにつぶやいた。
「……召喚されたのがあなたで、本当に良かった……」
「え? いま何か言った?」
「いえ、何でもありません。それより急ぎましょう、ケイさん」
「あ、そうだね」
そして、二人は暗い夜の森の中を、街を目指して歩き始めた。
そのとき少年はふと不思議に思った。
(あれ? そういえば俺、名前言ったっけ……?)