その十一 仮面の剣士
「う、うわっ⁉」
白狼を見て、少年は驚きと恐怖の入り混じった声を上げる。
思わず逃げようと背中を振り向きかけて、そこで思いとどまった。いま自分は何のためにここにいる。黒髪の少女を助けるためではないのか。あの白狼の足元にあるであろう薬草を手に入れるためではないのか。
(そ、そうだ……逃げちゃダメだ……!)
かと言って、武器も持たず戦闘訓練もしていない少年に、白狼を倒せるとは思えない。
そして白狼も、森の中、自分のテリトリーの中に入ってきた闖入者に対して、様子をうかがうように、少年のことを見つめ続けていた。
どちらも動かない。しばしの膠着状態。少年の頬を冷汗が流れる。と、そのとき、膠着状態を破って、白狼が一声吠えた。
同時に、白狼が地面を蹴って、少年へと牙を向ける。
とっさに少年は横に飛んで、その襲撃を避けて、地面を転がる。それも束の間、白狼は向きを変えると、少年へと二度目の襲撃をおこなった。
地面に横たわる少年はすぐに起き上がることができない。まさに白狼の牙が少年の身体に食い刺さろうとしたとき、白狼へと一本の短剣が飛び掛かった。
飛んでくる短剣に気付いて、白狼が瞬時に身をひるがえし、それをかわす。目標を失った短剣は何もない空中を通り過ぎ、一本の木の幹へと突き刺さる。
短剣が飛んできた方向から、ガサゴソと、草を分ける音とともに一人の人物が姿を現した。
身長は少年と同じくらい、髪の色は銀色。腰には一振りの長剣を差し、両の太ももにそれぞれ一本ずつ合計二本の短剣の鞘が付けられている。いま放ったのはその内の一本だろう。旅をしている剣士のような風貌のその人物は……顔に目元を覆う仮面を身に着けていた。
突如現れた乱入者に、白狼が威嚇のうなりを出す。
仮面の剣士が、静かに腰の長剣を引き抜き、白狼へと構えた。
殺気は感じない。戦意も感じない。あまりにも静かな、悠然とした、あるいは超然とした構え。しかし戦闘訓練を積んだことがなく、たった二度ばかり戦っただけの少年でも、分かった。
仮面の剣士がまとう雰囲気――オーラとも呼べるそれは、数多の死線を潜り抜けてきたであろう猛者であることを、如実にあらわしていた。
(これは……この人が、勝つ……!)
少年が感じ取ったものと同じものを、白狼も瞬時に悟ったのだろう。
白狼はすこしずつ、しかし確かにじりじりと後退し、そして森の茂みの中へと姿を消した。茂みの向こうから、猛然と駆ける足音が遠ざかっていく。
脅威が消え去ったことを確かめて、仮面の剣士は手にしていた長剣を鞘に納めた。少年へと向いて、声を掛ける。
「……怪我はないか……少年……」
いままさに死闘を演じようとしていたものとは思えないほどに、落ち着いた、そして中性的な声だった。




