その一 重く閉ざされる扉
【第三幕】
【修道会】
地面に倒れた少年はかろうじて意識があるというだけで、起き上がろうとしても、手足を動かそうとしても、指一本動かすことができなかった。
「ケイさん‼ ケイさん‼」
すぐ近くにいるはずなのに、少女の声がどこか遠くから聞こえてくるような気さえする。せっかくナイフの男を倒したというのに、自分はここで死んでしまうのか。
少年の身体を揺すっていた少女が何かに気付いて、自分の両手を持ち上げて、見る。その手のひらいっぱいに、どす黒い血がへばりついていた。
「これは……ッ⁉」
そこで合点する。出血多量、および必死の身のこなしによる極度の疲労。少年の身体は活動するための、生きるための力を限界まで消費してしまっているのだ。
このままでは間違いなく少年は死んでしまう。少女は彼の身体を起こし、自分の肩に彼の腕を回した。そして怪我した足を引きずりながら、ときおり痛みに眉をひそませながらも、歩き出す。
「待っててください、ケイさん。いま、治してくれる方の元へ向かいますから。それまで、死なないでください……!」
少年は根っからのお人好しなのだろう。いまにも自分が死にそうな状況なのに、ぼんやりとした調子で、心配そうな口調で、少女に言った。
「……え……でも、人を呼ぶのはダメだって……さっき……」
「わたし一人であれば、確かにそれはしてはいけません。しかしいまは……ケイさんの命がかかってるんです。絶対にあなたを死なせるわけにはいかないんです……!」
それが少年を召喚した、自分の責務なのだから。
石造りの道に黒々とした血の跡を残しながら、少女たちは街の中に建てられていた大きな建物へとたどり着く。レンガ造りのしっかりとした壁、窓にはステンドグラスがはめ込まれていて、月の光を浴びて静かに色鮮やかにきらめいていた。
宵闇の中、荘厳な雰囲気を醸し出すその建物の扉を、少女は思い切りたたく。
「助けてください! 彼の傷を治してください!」
しかし扉は開く気配を見せない。わらにもすがるような気持ちで、少女がもう一度扉をたたこうとしたとき、ゆっくりと扉が開いた。隙間から、白色の修道服を身にまとい、手に小さなランプをぶら下げた初老の男性の顔が覗き込む。
「どなたですか……? こんな遅い時刻に……」
「助けてください。彼が死にそうなんです。治してください、お願いします……!」
少女に肩を借りて、血の気が引いて蒼白な表情の少年に、初老の男性が気が付く。
「おお……! これはいけない! 相当危険な状態のようだ、早く回復魔法を……」
そこで男性は初めて、少女の顔に気が付いた。その瞬間、それまでの様子を一変させて、よそよそしい態度と早口で言う。
「あ、いや、治したいのはやまやまなのですが、あいにくいまは、この傷を治せるほどの熟練の回復魔法の使い手が不在でしてな。申し訳ありませんが、他をあたってくれませぬか……」
「そんな……! 他といっても、この街には修道会はここしか……」
「ギルドならば、回復魔法が使える者もおりましょう……とにかく、いまは無理なのですよ。それでは、失礼いたします……」
なおも言い募ろうとする少女を無視して、その建物――修道会の扉は重く閉ざされた。