その十二 重なる呼吸
火事場の馬鹿力とはこのことか。地面に置かれていた木箱を踏み台にして跳び上がり、少年は横のレンガ壁から前の壁へと移る。彼の背中に迫っていた幾本のナイフも忠実にその軌道をたどっていく。
そして前の壁を蹴って、少年はいま再び地面へと降り立った。
「なっ……!」と、少年たちを追っていた男が驚愕の声を上げる。
少女が叫んだ。
「走って!」
飛び滑るナイフが背中を刺し貫く前に、少年はいま一度走り出す。路地の出入り口をふさぐ男へと。
迫ってくる少年たちを見て、驚いていた男は我に返った。懐から取り出したナイフを構える。
「それで逃れたつもりですか! 挟み撃ちにしてあげます!」
目前へと駆けてくる少年たちに、男はナイフを突き出した。
再び少女が叫ぶ。
「その木箱を……」
言い終わらぬうちに、指示する内容を察した少年が、道の隅に置かれた木箱を踏み台にして、いま一度横壁を蹴って跳び上がり、男の肩の上を飛び越えて、その背後へと着地する。
「なっ!」
再度驚愕の声を上げた男に、少年へと迫っていた何本ものナイフが襲い掛かる。
「しま……っ⁉」
慌てて男は言った。
「ターゲット、『解除』!」
瞬間、幾本ものナイフが音を立てて地面へと落下する。ほっと、男が息をついた、その刹那。
「攻撃してください!」
「うおおおお‼」
少女と少年の声が同時に響いた。この瞬間、二人の息と意志は完全にシンクロしていた。男が振り返ろうとする前に、少年はその背中を思い切り蹴り飛ばす。
「があっ⁉」
蹴り飛ばされた男の身体が路地を突っ切り、そこに置かれていた木箱や樽を巻き添えにして、奥の壁へと激突する。
ガラガラと樽や木箱が崩れる音が響く中、四肢を投げ出して倒れる男の身体は、ぴくりとも動かなかった。気絶したのだ。
「「……やった……」」
二人は同時に声を漏らした。