その十一 信じて、信じる
路地の奥はレンガ造りの壁になっていて、周囲には乱雑に樽や木箱が置かれている。
少年は後ろを向いた。ナイフの群れが寸分の狂いもなく彼の背中へと向かってくる。前を向く。行き止まりだ。何度目を瞬いて確かめても、壁。四方に視線を巡らしても、壁しかない。
逃げ道はもう、どこにも存在しない。
「だめだ……! 殺される……!」
ぎゅっと瞳を閉じて、少年はあきらめる。もうどうしようもない。
このまま走り続けても意味がない。疲れたし、息が切れたし、もう逃げることもできないし……止まりたい。休みたい。どうせ殺されるのなら、それくらい、いいだろ。
動かし続けていた両の足を少年が止めようとしたとき、少女の声が耳に聞こえてきた。
「このまま走り続けてください……! 絶対に止まってはいけません……!」
少年は瞳を開けて、腕に抱えている少女の顔を見る。
「……でも、壁しかないよ……このままじゃぶつかるか、あのナイフに刺されるかして……」
「わたしを信じてください……! そしてわたしの言う通りに行動してください……お願いします……!」
彼女の瞳は、その表情は、あきらめていなかった。
毅然とした様子の少女の顔を見つめて……あきらめていた少年の心はいま一度励まされる。どうせ止まったって、走り続けたって、死ぬ未来しかないのなら、少女のことを信じよう。どうせ死ぬにしても、あきらめるよりは、その方がまだマシだ。
少年はうなずいた。
「……分かった。信じるよ、サキさんのこと」
少年の背後から、勝利を確信した男の声が響いた。
「行き止まりです! もう逃げ場はありませんよ。素直に殺されなさい!」
それを無視して、少年は走り続ける。ただ、少女と、彼女の言葉だけを信じて。
壁が迫ってくる。行き止まりの壁まで残りわずかとなったとき、少女が叫んだ。
「いまです! あの木箱を踏み台にして、横の壁から前の壁へと跳び移ってください!」
「えっ⁉」
それはすなわち、三角跳びをしろということだ。
少年は三角跳びなどしたことがないし、元いた世界における彼の学校での体育の成績は、はっきりいってあまりいいとは言えない。加えて、いまは少女を抱きかかえている。彼女が指示したことは、無茶な注文というものだ。
だが、やるしかない。ぶっつけ本番だとしても、生き残るためには、そうするしかない。少年は覚悟を決めて、足にさらにいっそうの力を込めた。
「うおおおお‼」