その十 分析、行き止まり
少女の瞳が駆ける少年の足元に向いた。
「あの男がわたしたちの居場所が分かったのは、おそらくあなたの肩の傷から流れ落ちた血をたどったからでしょう。……いまあなたに向かっているナイフは何本でしたか」
「え……」
数まで数えていなかったので、少年はもう一度背後を見やった。空中を飛んでくるナイフの数は3本だ。ついでに、その後ろからは男の駆ける音も響いている。
「3本。でもそれがいったい……」
「あの男のマーキングは4か所まで可能です。……ということは、残る一本は一応念のために残しているということでしょう」
マーキングという言葉に、少年はさっきの男が言ったことを思い出す。
「でもおかしくない? あいつはこの街の色々な場所にマーキングしてるって言ってた。チート能力ってやつがどういうものかよく分からないけど、『場所』に目印をつけてるなら、俺たちめがけて真っすぐ飛んでくるなんて、ありえるの?」
「それは……」
さきほど倒れた少女の頭めがけて垂直落下したナイフは、地面のその場所にマーキングしてあったのだろう。しかしこのナイフ群は、明らかに少年目指して向かってきている。
もしかしたら、あの男のチート能力にはまだ続きがあるのか。そう思った少女はもう一度少年の肩の傷口に触れる。
【・能力者:ミョウジン
・能力名:ターゲット
―― 】
しかしそこに表示されたのは、先ほどとまったく同じ文面だった。少女が持つこの力の前に、ウソや騙りは通用しない。だからこそ忌み嫌われる【呪い】なのだ。
「いま、もう一度あの男のチート能力を確かめてみましたが……やはり先ほどと同じです。あの男の能力に、現状、これ以上の力はありません」
「でも、だったらなんで……」
走り続けて疲れ果てている少年に代わって、少女は考える。いまの自分は、文字通り、彼のお荷物になっている。ならば、せめて考えることが、自分のやるべきことだ。
ナイフは『場所』に向かっているわけではない。しかし男は少年の肩をナイフで刺したとはいえ、直接触ったわけではない。つまり『少年』がマーキングされているわけではない……? そこまで考えて、そうか、と少女は声をこぼした。
「分かりました。あの男がマーキングしているのは、あなたの背中に刺さっている『ナイフ』そのものです」
「ええっ⁉」
「なるほど……仮に元々マーキングしていたものが攻撃によって壊れてしまったとしても、投擲したものを新たにマーキングし続けていれば、延々と追撃し続けられる。確かにやっかいな能力ですね……」
「感心してる場合じゃないよ……! それならどうするの、刺さってるこのナイフ取るしかないんじゃ……」
「それはできません。そんなことをすれば、血が噴き出して、出血多量であなたが死んでしまいます。せめてあなたが触ることができれば、チートレイザーで無効化できるのですが」
「触れないって……! ゴム人間じゃないんだから、背中まで手なんか伸びないよ……!」
いやそもそも、少女を抱えながら駆けているいま、どちらにしろ触ることはできないだろう。触るためには少女をいったん降ろす必要があり、そのあとで背中に手を回すとなると、そうしている時間に飛んでくるナイフで刺されてしまう。
「だめだ……っ! もうどうしようもないよ……っ!」
絶望する少年に追い打ちをかけるように、駆けていた路地の先の道が途絶えた。行き止まりだ。