その九 疾駆
路地を出て、夜の街を駆けながら、少年は後ろを見やる。寸分の狂いもなく、空中を滑るナイフは少年の背中を目指してくる。道の角を曲がれば、それに沿って、ナイフの軌道も曲がる。走り続けて息が切れているが、止まることは許されない。止まったその瞬間に、少年はナイフの餌食となってしまう。
「くそっ、なんだよこれっ、どこまでも追ってくるとか、チートかよっ! どうやって逃げればいいんだよ!」
少年のその文句に、彼に抱えられていた少女がはっとした表情を浮かべた。少年へと語りかける。
「聞いてください、ケイさん。この世界では異世界から召喚された者に対して、特殊な能力を付与することができるんです。付与した者の魔力および全ての魔法の才能と引き換えに与えられるその力は、とてつもなく強大で、この世界に住む人たちは畏怖の念を込めて、その力を【チート】と呼んでいます」
「それって……」
「いまあなたが言った言葉です。知っていたんですね」
「いや、知っていたわけじゃ……」
「おそらく、いまわたしたちを襲っているあの男も、異世界から召喚された者なのでしょう。それなら……」
少女の手が血がにじみ出る少年の肩に触れる。すると、その部分に、小さな窓のような奇妙な枠と、いくつかのメッセージが現れた。数時間ほど前、炎を出す男を倒したあとで、少年が目撃したものと同じようなものだ。
【・能力者:ミョウジン
・能力名:ターゲット
・効果:触れた対象に、投擲した物体が『必ず』命中する。ただし何らかの事由により対象物に命中する前に投擲物が他の物体に命中した場合、『絶対命中』の効果はキャンセルされる。
・派生技:『マーキング』:複数の触れた対象に『ターゲット』の効果を適用・持続させる。現状、最大4か所までマーキング可能。
・備考:《チート能力》】
「さっきも見たけど、なに、このメッセージ……?」
「あなたの肩の傷口に残されていた、あの男、ミョウジンの能力の残滓を文章化したものです。やはりチート能力の使い手でしたか……」
「でも、それが分かったからって、この状況が変わるわけじゃ……」
「いいえ、大いに変わります」
少年の肩近くに浮かんでいたメッセージウインドウが次の文章を送り出した。
【・能力者:ケイ
・能力名:チートレイザー
・効果:あらゆるチート能力の無効化。
・備考:現状、効果を適用させるには手で触れる必要がある。】
「これは……?」
「これはあなたに付与された能力です。この力を使えば、いまの状況を打破できるかもしれません」