その八 投擲
「や、やっぱり……! ど、どうしよう、早く病院に……」
いや、そもそもこの世界に病院などというものが存在するのかすら、少年には分からない。とにかく、手当てができる人に診せなければ。
「俺、誰か呼んでくる……」
その場を離れようとする少年の手を、少女が取った。
「ダメです……それは……」
「え、ど、どうして……」
「それはあとで説明します。とにかくいまは……」
少女が言い終わらないうちに、路地の先から一本のナイフが飛び込んできた。慌てて少女が少年の手を引いて、二人は地面へと倒れ込む。その頭上をナイフが通り過ぎる……そのはずなのに、唐突にナイフは進路を変えて、少女の頭めがけて垂直落下した。
「⁉」
予想外のナイフの動きに、少女は回避も防御も間に合わない。ナイフが少女の頭に突き立とうとした瞬間、とっさに少年が腕を伸ばし、その手のひらにナイフが突き刺さる。
「ケイさん!」
「ぐう……!」
少年は痛みにうめきを漏らす。路地の先から男の声が響いた。
「直接マーキングしても無効化されるなら、他のマーキングをターゲットにするだけです。この街のいたるところは、すでにマーキング済みですから」
そして複数のナイフが空中を滑空してくる。このままここに倒れていては、あれらの餌食になるだけだ。少年と少女は急いで起き上がり駆け出そうとするが、少女は怪我している足がもつれて倒れ込んでしまう。
「サキさん!」
倒れた少女へといくつものナイフが迫る。さっきと違って数が多く、腕一本ではすべてを防ぐことはできないだろう。しかし考えている余裕はなかった。半ば反射的に、少年は少女の上にかぶさり、その背中に何本ものナイフが刺さる。
「があっ!」
「ケイさん!」
鋭い痛みが走る。だが倒れるわけにはいかない。少年はすぐさま、少女の身体を腕に抱えながら立ち上がると、次なる投擲がやってくる前に、その場を駆けだした。
「逃げても無駄ですよ」
路地の向こうから、三度目のナイフが駆ける少年の背中へと投擲された。