その二十 『絶対焼滅』のからくり ―― ハオ VS 『紅蓮』のショウ
「何だテメー」
いきなり割り込んできた青年に赤髪の男は苛立ちを見せる。
青年はそんなこと全く気にしていないというように小さな笑みを浮かべている。彼は周囲に目を向けると、椅子やテーブルなどの陰に隠れている人々に大声を上げた。
「巻き込まれて死にたくないやつは、いますぐ逃げろ!」
その声に多くの者たちが逃げていくが、何人かはまだ物陰に残っていた。
「やれやれ……」
と青年は小さく息をつく。
「素直に逃げろよ。束になって勝てるもんでもねえんだから……」
そんな青年に、白髪の少女が声をかけた。いつの間に移動したのか、彼女は少年や金髪の少女たちのそばに来ていた。
「……ハオ……」
「分かってるって。大勢いる前で手札を晒す気はねえからな。使うのは『一つ』だけだ」
「……相手は使いこなしてるわけじゃない……けど、『絶対』は厄介……」
「それも分かってる。大丈夫だって、いま何回か使ってるのを見て、おおよそは把握したから」
「…………」
青年は白髪の少女へと余裕のある笑みを見せた。
そんな彼らに、苛立ちが頂点に達した赤髪の男が怒号を上げる。
「邪魔なんだよ! ザコは引っ込んでろ!」
そして手に持つ剣を横に振って、業火の波を青年へと飛ばした。だが青年は余裕のある表情で片手を前にかざして、生み出した水の壁によって、先ほどと同じように業火を受け止める。
「虫ケラは焼け死にやがれ!」
消えた水と炎の向こうから赤髪の男が突進してくる。青年は氷の剣を生成すると、赤髪の男へと飛び出して、振り下ろされる業火の剣を氷の剣で受け止めた。……が、高熱によって氷の剣の刀身部分はすぐさま溶けてしまう。
「おっと」
炎に包まれる氷の剣を即座に手から離したあとに消しながら、青年は身をひねり、迫る業火の剣をかわす。
「やっぱそうなるよなー、ま、溶けたんならまた作ればいいだけなんだけどな」
青年は再び氷の剣を生成すると、今度は業火の太刀筋を可能な限り避け、避け切れなさそうなものだけを氷の剣で受け止めて、できたわずかな隙に避けるという戦法に切り替えた。
防戦一方に見える青年に、焦った様子で少年が言う。
「ハオさん……! 俺も……!」
駆け出しそうになっていた彼に、青年は余裕のある顔で答えた。
「いいから、ここは俺に任せとけって。少年はそこで守っててくれ」
いまは青年が注意を引き付けているとはいえ、もしかしたら戦いの飛び火が金髪の少女たちにおよんでしまうかもしれない。少年にはそうならないように、いざというときに炎を消せるように待機していてくれということなのだろう。
「……っ」
その考えを汲み取って、少年はその場にとどまる。
火傷を負ったギルドの主人を治療しながら、青年と赤髪の男の戦いを見ていた金髪の少女が、腑に落ちないというようにつぶやいた。
「なんであいつ避けてばかりなの? さっきみたいに炎を消せるんなら……」
「……あれは消火してるわけじゃない……」
彼女の疑問に答えたのは白髪の少女だった。無感情の瞳で彼らの戦いを眺めながら、白い少女は続ける。
「……チート能力にはいくつかの種類が存在する……相手が使ってるのは『絶対』の力……能力の熟練度ではハオのほうがはるかに上だけど、相手の『絶対焼滅』の特性のせいで、ああしてるだけ……」
彼女の説明に、少年も金髪の少女と同じ疑問をつぶやく。
「え……でも、さっきは水の壁みたいなもので……」
「……だから、あれは水の壁で消火してるわけじゃない……相手が能力で水を燃やして、それに合わせてハオが水の壁を消すことで、疑似的にそう見えてるだけ……」
「水の壁を消す……?」
少年が持つ常識では、炎は水によって消えるものだと思っている。理解が追い付いていない少年を置き去りにするように、白髪の少女は続ける。
「……相手の最初の攻撃のとき、火球は進んでいる途中で曲がった……加えて、炎の剣を握っている相手の手は燃えていない……これらから、相手は『絶対焼滅』の力をある程度操作していることが分かる……」
そこまで聞いたとき、金髪の少女はハッとした顔を浮かべて、焼けてしまったギルドの入り口を見て、それから、いま自分が治療しているギルドの主人の周囲を見る。
「そういえば……! あいつのチート能力が触れたものを『絶対に燃やす』のなら、最初にギルドの入り口を焼いたときや、この男を焼いたときに、ギルドの建物そのものを全部焼いてるはず……! なのに……!」
そのときの炎はギルド全体に燃え広がってはいない。
白髪の少女は淡々と言う。
「……最初の火球のときは、標的が『彼』だったから……二回目の火球では、標的がそこの『男』だったから……だから、それらの標的以外は普通に焼く程度で消えた……」
いまは青年が標的になっているからだろう、剣戟によってあちこちにわずかな火が飛んでいるというのに、それらは小さな煙を出す程度で済んでいる。
「……炎の衝撃波を出したときは、『炎の剣の生成』と『それを持つ自分の身体は焼かない』という二つの操作を同時にしているから、水の壁を燃やすだけで消えた……おそらくいま純粋な『絶対焼滅』の力が宿っているのは、相手が『直接』持っているあの炎の剣……」
それらの説明を聞いて、頭のなかで一つ一つの事柄を整理するように、金髪の少女がつぶやく。
「……つまり、紅蓮のショウは、自分の『絶対焼滅』のチート能力を、ある程度は操作してるけど、まだ完全には使いこなしていない……さっきアスちゃんがあいつに言ってたみたいに……」
しかし、少年にはまだ分からないことがあった。
「でも……どうしてハオさんは水の壁を消してるの? いまアスさんが言った通りなら、べつに水の壁を消さなくても、炎は勝手に消えるはずじゃあ……」
「……それはあなたたちや、周りに人がたくさんいたから……」
『え……?』
少年と金髪の少女は同時に声を漏らす。
そのとき、それまでギルド内の物陰に残っていた何人かが、手に手に武器を持って赤髪の男へと一斉に飛び出していった。
「いまだ、やれえ!」
「みんなで攻撃すりゃ、あんなやつ倒せんだよお!」
長剣や短剣や槍など、なかには手をかざして魔法陣を出している者もいる。迫りくる彼らを見て、赤髪の男は眉をピクリと動かした。
「アア……?」
青年もまた驚いたように声を上げる。
「おいバカ! やめろ!」
赤髪の男が彼らに向けて剣を横に振った。撃ち出された業火の波が彼らの眼前に迫るなか、青年がすぐさま両者の間に水の壁を出現させて、その業火を防ぐ……だが彼らはギルド内の四方に分散していて、その水の壁では守り切れずに、魔法陣を出していた女に炎が向かっていく。
「ひ……っ⁉」
悲鳴を漏らした女の前に、青年が急いで割り込んで、水の壁を出現させて、迫りくる炎をギリギリのところで防いだ。
「死にたくなかったら早く逃げろ!」
首だけ女に向けて青年が叫ぶ。彼女は悲鳴を上げて逃げ出し、それが引き金となって、周囲に残っていた者たちも一斉にその場から逃げ出した。
それとほとんど同時に、張っていた水の壁の向こうから業火の剣が飛び出して、青年の腹部を突き刺した。
「ぐ……ふ……っ」
業火の剣が引き抜かれる。血が流れるよりも先に、身体に残った炎が、傷ごと血を燃やしていく。思わず青年は膝をついた。
水の壁が消える。その向こうから姿を現した赤髪の男が、くずおれる青年を見て、獲物を狩るハンターのような、ニヤリとした禍々しい笑みを浮かべた。