第1話 なんか、気になったし。
似たような話、設定はいっぱいあると思いますのでよろしくお願いします。
新型肺炎とかよくわかんないけど、長時間勤務で不健康なIT関係のうちの会社も
何人か感染して陽性反応が出たのでほとんどはテレワークになった。
それでも社内にあるサーバーやPCなどは実物をメンテしないとダメな物もあるの
で、俺はほとんど泊まり込みで退屈な作業を続けていた。
しばらく太陽を浴びてないし、寝袋では気力や体力もあまり回復しないせいか、
呼び出し音が聞こえるけど、起きられずに夢の世界に戻ってしまう。
なんか……外人っぽいきれいな女性が……俺に呼びかけてる?
「おねがい…この…世界を救って……」
必死に祈っているようだな。よく見ればげっそりと痩せてるよ。
「あなただけなのです…おねがい…返事を」
あ……目線が合ってしまった。必死で頼まれると断れないから泊まり込みになっ
てたりするし、この人死にそうだから、
「良いですよ? 何をしたら」と返事をしたら、女性の見開いた目から溢れる感情
の波紋が広がって俺にまで達すると、ひたいの奥あたりにめまいが生じて意識を失
った。
目が覚めると天井が白く無機質な感じではなく、広大で暗い空間は宇宙か?
体がふわふわとしないので無重力の宇宙空間では無いようだ。呼吸もふつうに出
来るし。
あれ? 夢で呼びかけてきた女子っぽいアイコンが目の前にあったので、タッチ
すると謎な文字列の中に「日本語」って見えたので再度タッチするとずらーっとア
ラートメッセージをタイトルに付けたウインドウが現れ、ざっと読んでいくとこれ
は…うかつに復旧させると収拾が付かなくなりそうなので、現在の状態を保存して
おくイメージバックアップを行った。
近くにあったウインドウのスクリプトを読んでみると自動バックアップやメンテ
ナンスの改良を行っている途中で担当者が戻らず、未完成のまま実行されていない
よ~トホホ。
スクリーンキーボードを立ち上げて、マメに書いてあったコメント行を読みつつ
状態を把握して編集し、こんなモンだろうというのが出来たのでテスト環境で実行
させるといくつかエラーがあったので修正し、問題なしという評価が出たので現在
の空間に向けて実行すると莫大なリソースがガベージコレクションによって回収、
断片化したり、障害によって衝突、停止してしまっていた各種のタスクが進行して
刺激的な色合いだったアラートも消え失せたので、ほっとした。
そういえば、あの女子はどうしたんだろう?と意識を向けると対象の女子が見え
たので、そこに移動しようと思った。
年月を経た木の香りがあって、古風なベッドに俺は寝ていた。
ARグラスを着けているように現在時刻といくつかの半透明ウインドウが見えて、
仮想現実空間の実験か?と思っていると、
「聖者様、お目覚めになりましたか?私の二昼夜及ぶ呼びかけに応えていただき、
ありがとうございます」
聖者?言葉が理解できているのは日本語を選択したからか。それにしても刺激的
な色合いで各種警告が大量に出ているので自動実行ボタンを指先でクリックしたり
画面のサジェストに従って調整していくとまばゆく周囲が光って、ベッド脇に座っ
ていた女性の顔色が良くなり室内の不潔な感じが無くなっていく。
おそらく、大元から環境調整されるはずがちゃんとした管理者が居なくて放置さ
れてしまい、ローカル環境の人たちはかろうじて生きてるんだろうな。
とりあえず、ベッドから起き上がって彼女に向かい合ってステータス表示を見る
と名前はクロエっていうのか。20歳で農業をしているようだ。
「えと、クロエさん? 起きたら、ここに居たのだけれど?」
「わっ! まぶしっ!……私など、クロエで良いですよ。
また、奇跡を起こしてくれたのですね。……ここ1週間ほど何も食べて無くて、
体の具合も悪くて部屋の掃除も出来なかったのですよ。
さっきもめまいがして大きな地震があったら、心地よい天気になりましたし」
さかんにお礼を言って、頭を下げているな。
ああ、そうか。適当に操作したが警告メッセージは死にそうとか病気とかそうい
う意味だったんだ。大地震とかは複数の環境タスクが起動したからかな。
「それは良かった。とりあえず、あなたが助かったと言う事で問題解決ですよね。
自分は元の世界に帰らないとサーバーとか困った事になるんだけど、帰してくれ
ないかな?」
「母の遺品に聖者を呼び出す祈祷方法が書いてある本があって呼び出せましたが、
帰す方法は書いてなかったのです。ほんとうです! 知らないんです!」
歯車アイコンを開けてみるとシステムに『元の世界に戻る』って項目があって、
『奇跡数 65536/50』と言う数字と実行ボタンが灰色になっているところを見ると
さっきみたいな奇跡を起こして65536まで貯めないと帰れないようだ。トホホ。
「そうか、仕方ないな。他に困っている事は?」
「なぜか作物がちゃんと育たなくて、収穫も少ないのです。魔物が畑を荒らすし」
「ちょっと、畑を見てみようか?」「こちらです!」
すっかり元気になったクロエは金色の髪の毛が緩やかなウェーブして、浅く日焼
けした肌が健康的でわりとグラマラスだな。農業をやっているだけあって手足がし
っかりしていて、ワンピースにエプロンを着けていて革のグローブ、手編みの革靴
を履いている。
彼女の後について小屋を出ると山の雲がたなびく青空の下、広大な畑があった。
「ここなんですけど、見ての通り荒れていて芋もあまり取れないのです」
「そうか。ちょっと調べてみよう」「お願いします!」
農業に詳しくないが日当たりも良く、風通しも良い。
でも、荒くれた感じがあるので畑を選択して、調査してみると確かに魔物クラス
のモグラやネズミの類いが地下などに勝手に発生するようにスクリプトが組まれて
いて実験でもしていたのか判らないがこの処理を続けているために土壌の栄養が過
剰に使われ、植物の根なども損傷して状態が良くないようだ。
とりあえず、対象のスクリプトを停止させて、その分のリソースを畑に戻すよう
にした。
地中に魔物の糞尿などがあちこちに残っていたので肥料化処理を掛けて、畑全体
に行き渡らせて、多分、ジャガイモ系だと思う芋のサイズを大きくし、地表の萎れ
ている葉っぱや茎を再生し、芋の貧弱な栄養分をバランス良く調整した。
モグラやネズミの肉はソーセージに変換して道ばたの青草の上に積み上げた。
「また光りました!!…地震ー?!…変な臭いがすぅっと消えたし、えーっ?!
萎れて枯れかけてた葉が青々としてます! それに、これはなあに?」
ああ、ソーセージとかこの世界にはないのかもな。
「そろそろ収穫できそうだったのに芋がダメになりかけていたから、治したよ。
あと、畑を荒らしていたモグラやネズミはソーセージにしておいた。
この山積みの細長いは食べ物だよ?」
そう言って俺が食べてみせると彼女も早速食べてみて、おいしーとかビックリ
していた。
クロエはさっそく畑に入って、手近な芋を引っこ抜こうとしたらなかなか抜け
なくて、引っ張り上げたらラグビーボールほどの芋が出てきたのでやり過ぎたか
と後悔したが、彼女は感激したようで、
「聖者さまっ!! こんなに大きな芋は初めてです。なんかおいしそうだし!」
「ははっ、それは良かったな」「はい!」
彼女は納屋まで走って行って、荷車を持ってきたので一緒に芋の収穫を手伝っ
たら荷車が壊れそうなほどの収穫となり、大きな納屋がいっぱいになった。
すっかり日が暮れて、久しぶりに肉体労働したせいか気分が良かったものの自
分と彼女に筋肉痛と疲労警告が見えたので回復処理をしたら確かに怠かった感じ
や筋肉痛が消えたので便利な世界だなと実感する。
井戸の水をくみ上げて俺とクロエは泥だらけになった手足や顔を洗った。
石造りの井戸の底を覗いてみると少ないように思えたので近くの大きめな水脈
とこの井戸の水脈を繋げておいた。これでこの井戸も枯れる事がないだろう。
小屋に入ると座っててくださいというので、テーブルのイスに座ってぼーっと
クロエが夕飯の準備をしているのを眺めている。
どうも、自分に対するステータス調整は奇跡数を消費してしまうようで初めは
50だった奇跡数が250くらいまで貯まったのが今は、100になってる。
経験によってスキルが解放されるのか「ヒール1」が使えるようになった。
これは奇跡1を消費して、スキルを使わなければ奇跡10を消費する回復が1で済
むようになるらしい。
気がつくとテーブルには鍋が置かれ、大きめの皿に具だくさんのスープがあり
芋とさっき作ったソーセージが何本か入っていて、おいしそうだ。
「賢者様が作ってくれたソーセージ?で今日は、とても栄養がありそうです。
さあ、めしあがれ!」
テーブルの向かいに座った、にこやかなクロエから木のスプーンやフォークを
もらい、
「じゃ、いただきます」「いただきます!」
このところ、まともな飯を食ってなかっただけに夢中で食べてしまい、充実感
を覚え、ほっこりと体が温まった。
得られた栄養を見てみると栄養素をいじったジャガイモはマルチビタミンサプ
リ並に各種ビタミンが含まれているので他の野菜が要らないほどだな。
原料がモグラやネズミのソーセージは分解された段階で悪臭や毒物などが除か
れて、ちゃんと消化吸収できるたんぱく質、アミノ酸や脂肪などをもった食肉に
なるんだな。
「聖者様ってなんて名前なのですか? 差し支えなかったら教えてください」
そういえば名乗ってなかったっけ。まあ、思いついたライゼンいやライデンで
良いか。
「まあ、ライデンって呼んでくれ。あまり深い意味は無いが」
「はい、ライデン様! 今日はほんと何から何まで本当に助かりました。
ずっと、こっちにいてもらえたら……いえ、こんなとこ、退屈ですよね」
非モテのままアラサーになろうかという俺にはクロエは魅力的すぎて、この子
と暮らせるなら…なんて思ってしまう。惹かれる匂いがして、純粋に好意を向け
られているのを感じると誤解してしまうじゃないか。
「まだ、来たばかりだから。それより、お父さんやお母さんは?」
クロエの表情が暗くなり、なんとなく察してしまう。
「お父さんは、一昨年、夜に畑の見回りをしていたら魔物に襲われて。
お母さんは今年の冬が厳しくて春を待たずに…亡くなりました」
「それは、辛かったね。もっと早く俺を呼んでくれれば、なんとかなったかも」
「……いえ、ライデン様も元の世界で必要とされていたと思いますので…だから、
来てくれた時はほんとうにうれしかったです…」
こんなところで一人でがんばっていたんだ。思い出した悲しみに震える彼女を
見ていられなくなって席を立ち、背中から抱きしめると震えが止まった。
「……ふぅ。お恥ずかしいところを見せてしまいました。ライデン様……」
俺を見上げる濡れた瞳にドキドキしてしまい、ばっと離れ、
「ま、まあ、これからよろしくな、クロエ」「はい!」
心地よい夜風が窓から入ってきて雰囲気が変わり、その辺で採れるという野草
茶を淹れてくれたので二人で飲み、爽やかな風味で気持ちが和んだ。
恐縮していたが、クロエと二人で洗い物を済ませ、ふと沈黙が訪れた。
「……あの、ライデン様。そろそろよろしいですか?」
そう言って席を立ち、俺の手を引くのであらぬ期待をしてしまったが、となり
の寝室に案内され、二つある並んでいるベッドの窓際の方にどうぞって感じで、
「おやすみなさい、ライデン様。」「おやすみークロエ」
という感じで充実した一日が心地よい眠気を招き、朝までぐっすりと寝た。
一応、続きを考えてあります。