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お前、消えるのか? 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こーちゃんって、テーブルマナーとか詳しい方? 僕はからっきしだね。並んでいるフォークとかナイフって、外側から使うんだっけ、内側から使うんだっけ? そんなレベルなんだよ。

 今度、親戚との付き合いで高級レストランに行くことになって。あまり無様なところ見せられないし、親に尋ねるのもなんとなくシャクでさ。こうしてこーちゃんとかに聞けたらいいな、とか思ってね。ちょっと嫌だった?

 これらも育ちによっては、生まれた時から施されて、身に着けていくんだよねえ。言葉と同じでさ。僕たちは物心つくまでに、どれだけのことを学び取っているんだろう。指導した親たちでさえ、ひょっとしたらもう覚えていないかもしれない。あまりに自然なことだから。

 この作法について、僕も昔、おかしなものを目の当たりにした経験があるんだ。こーちゃん、その時の話に興味ない?


 僕が4つか、5つくらいの時だったと思う。僕は家の近くの公園で遊ぶのが好きでさ、幼稚園が終わった後はそこで過ごす時間が気に入っていた。

 車通りが少ないし、自分一人で歩き回る練習もかねて、親はついてきてくれない。僕はひとりで公園までの数百メートルを歩いたよ。

 途中、大きめの月極駐車場にぶつかる。ここを横切るとかなりのショートカットになるから、大人でもここを通り抜ける人は多かった。僕もご多分に漏れず、公園に向かう時はここを使うのが、文字通りの常道となっている。

 

 その日はほとんど車が停まっていなかった。少し前は10台ほど姿を見かけたのだけど、珍しいなと思ったね。

 僕が通りかかった時、敷地のちょうど中ほどを、手をつないだ親子がゆっくり歩いていくところだった。母親らしき女性とその子供は、えんじ色に染まった上下に身を包んでいてさ。色さえ違えば、入園式の時の母と僕にそっくりの、パリッと整った服装だった。

 どこかに出かけた帰りかな? そう漠然と考えながら続いて駐車場に入る僕の横を、背広姿のサラリーマンが追い越していく。かっ、かっとアスファルトで固められた地面の上を、革靴がこする音が響く。カバンをわきに抱えた男性で、大きい歩幅でぐんぐん僕との差を開け、前方の親子連れの横も通り過ぎた。

 

 その時だ。ほんの一瞬だけど、サラリーマンの姿がふっと消えたんだ。「あれ?」と思ったら、もう元に戻っている。けれど、先へ進んでいくとまたちょっとだけ消えて、すぐ現れて……を繰り返すんだ。

 寿命が尽きかけている蛍光灯のように、大きく点滅をしているように思えたよ。そして男性は、自分に起きている異状に気がついていないようで、そのまま足を早めて駐車場を出ると、アパートの影に隠れていってしまった。

 僕は足を止めて、何度もその姿を確かめるのに対し、前を行く親子は気づいていないのか、その歩みを緩めようとしなかった。それどころか母親は、空いている手で子供の頭を帽子越しに、ゆったりとなでていたんだ。

 

 この点滅するサラリーマンのこと、幼稚園に行った時、友達に話したよ。そしたら、そのうちの何人かが、似たようなものを目にしたっていうんだ。

 これは何も、サラリーマンに限った話じゃない。学生服を着たお兄さんお姉さんだったり、僕たちと変わりない年頃の子たちだったりした。そのいずれも、まばたきと勘違いするような、姿の明滅が起こる。そしてそれが起こるのは決まって、その点滅した人たちが、誰かを追い越した時に見られる現象なんだ。

 相手がどこかしらの角を曲がったり、自分の進む道が違ったりして、その人がどうなるかを見届けた人はまだいない。考えられることとすれば点滅が止み、元の通りの姿を取り戻すのか。それとも逆に、完全に消えてしまうのか。

 なぜ、こんなことが起こるのか。消えた人はどうなるのか。その日の遊ぶ時間中、僕たちの話題はこれで持ちきりだったよ。

 

 それから1カ月後。僕はようやく、再びの現象に出くわすことになった。

 現場はまたも、公園への近道である月極駐車場。そこであのえんじ色の親子がまた歩いていたんだ。「もしかすると」と、僕は今回、意識的に足を止めた。その僕の横を、今回は高校生くらいの男の子が、駆け足で通り過ぎていく。

 好都合だ。この急ぎようなら、間違いなくあの親子の横も通過するはず。ほどなく、案の定、男子学生は二人の横を駆け抜けた。

 点滅は、追い越した瞬間から、すぐに始まる。僕は両目のまぶたをしっかり指で押さえて、まばたきしないようにする。ちょっと目は痛むけど、これが見間違いじゃないことをはっきりさせなきゃって、思ったんだ。

 お兄さんの点滅は、いつぞや見たサラリーマンのそれより、ずっと頻繁。小刻みといった方がいいかもしれない。それこそ僕のように意識して目を見開いていなければ、気にも留めないと思う。

 だがそれもわずかな間。遠ざかるお兄さんの身体は、時間と共にその点滅を遅くする。はっきりと消えたり、現れたりしているのが判別できる速さだ。

「ここからどうなる?」と見守る僕。放っておけばお兄さんが駐車場を抜け、どちらかに曲がって視認できなくなるまで、数秒といったところ。その先を見るには距離を詰めないと。

 走りかける僕の前で不意に、あの男子学生に追い越された親子。その母親の方が、固めたげんこつで帽子越しに子供を叩いたんだ。


「バカ! 食べる時には口をちゃんと閉じなさいって、何度言わせるの! 汚いじゃない!」


 僕はとっさに、考えが及ばなかった。なぜあの母親はこんなところで、食事に関する注意ごとを告げるのだろうかと。

 しゃくりあげる声が、子供から聞こえてくる。でもそのすぐ後に、「ごっくん」と嚥下する音が響いたかと思うと、駐車場を出かけていたお兄さんの身体が、ふっと消えた。

 僕はまばたきを解禁。渇きかけた眼球に涙を張りつつ、何度もお兄さんのいた位置を見やるが、そこにお兄さんは帰ってこない。


「またお手本を見せるから、ちゃんと学びなさい」


 母親がそう告げると、二人はぴたりとその場で立ち止まったんだ。



 ――今、これ以上先へ進んじゃいけない。


 僕は直感し、走り出すのを止める。二人はこちらを振り返ることなく、その場で立ち尽くしていたよ。どんなきっかけで振り返るか分からず、僕はできる限り音を立てないよう、ゆっくり後ずさりし出したのさ。

 その僕の横を、今度は黄色い声を挙げながら、3人の女子高生が通っていく。僕のことも前に立つ親子のことも眼中にないとばかりに、おしゃべりに夢中だ。正直、何を話していたかも覚えていないような、他愛ない話題だったと思う。そして彼女らは親子を追い抜いたとたん、黙りこくってしまう。


 今度は一瞬だ。点滅など一回もしない。テレビの映像を切り替えたかのように、3人の姿はぱっと消えてしまった。

 鳥肌がぞぞぞ、と立つ。母親は女子高生たちが消える瞬間、頭を大きく動かしたんだ。それはまるで、パン食い競争で目の前に吊るされたパンをくわえこまんとするかのよう。「ごっくり」と、子供の嚥下と同じくらいの大きい音を立てる。


「いい? 何度も口の中を開けて噛むのはよくないことなの。もっときれいに、丁寧に食べなきゃ、他のみんなの前へ出られないのよ」


 親子がまた歩き出す。僕は彼女らの姿が完全に見えなくなるまで、そこに立ち尽くしていたよ。

 


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