八極拳の六大開と八大招、結局これって何?
八極拳の六大開と八大招、結局これって何?
必殺技の様なイメージを持っているなら間違い。
当然に型を習ってそのまま使える技ではない。
六大開は、
『六大開門式』と言う意味であり、
開門法ー即ち相手の城門をこじ開けて、相手の城内に入り込む事を意味する。
八大招は、
八つの招く方法論と言う意味で、
相手を自分の城の中に招き入れてしまうと言う事を意味する。
当然ながら、其処には落とし穴や数々のダンジョントラップが待っているわけである。
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六大開は、
どうやって相手の手足の防御をこじ開けるかの方法論を、
八大招は、
『どうやって相手の攻撃を自分の意図した場所に誘導するか』
の方法論を、
それぞれ六つ、八つのパターンに分類しており、
それが故の、この段階以降は、
八極拳のどの型にも、六大開と八大
招の方法論を当てはめることができる、
つまり型のどの技でも六大開・八大招として使える、という意味である。
言えることは、
この段階までに、
相当に高度な相手との技のやり取りが出来るように習熟していないとダメであるから。
先にこれらを欲しがっても無駄ということになる。
(使えはしない事を念頭に置いて、予め覚えておくと言うことは可能であり、予め教えておくろ老師もいる。)
なお、
小ハ極(ハ極小架)は、元々八大招として個々の型としてあったのを連続して繋げた物だと言う説がある。
日本武術の術歌として、
『奥義とは、己がまつ毛の如くにて、近くにありても気付かなりけり』
とあるが、意図的にそういう事をやっている可能性が大である。
塚原卜伝の『奥伝一之太刀』は実は小太刀術のことだあるそうだが、
卜伝流の初伝の型は、
『小太刀相手に勝つ技』
で構成されており、
初伝でいきなり奥伝を破る方法を教えている事になる。
やはり意図的である。