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脳筋少女の想いはまだ届かない

最終話なので長めです。


 オーリフは気が付くと宿舎の自分の部屋に居た。


「目が覚めましたか?」


女性の声がする。


遠い昔に聞いたやさしい母の声のように聞こえた。


「オーリフさん、大丈夫ですか?」


手が伸びてきて彼の額に乗った。


「え」


そこにいたのはミキリアだった。


「うん。 大丈夫そうですね。 良かった」


どうやら高熱を出して、丸一日ほど寝ていたらしい。


「何か食べますか?。 スープくらいなら良いらしいですよ」


「あ、うん」


にこりと笑ったミキリアは、今までの子供の顔ではなかった。


少なくともオーリフにはそう見えた。


「では用意してきますね。


ここに置いておきますから、着替えておいてください」


オーリフの枕元に衣服の着替えと身体を拭くための布が置かれた。


「ああ」


じゃあ、と彼女は部屋を出て行った。




「一体、どうなったんだ」


窓を見ると外は暗く、すでに遅い時間であることが分かる。


ここは男子寮の一階のはずだ。


遅い時間に若い女性であるミキリアがいて良い場所ではない。


 何とか着替えを済ませ、ミキリアがスープを持って現れるとオーリフは気遣った。


「ミキリア様、もう大丈夫ですから」


兄弟子の言葉にミキリアは首を振る。


「今更ですよ。 だって、あれからずっと私ここに居たんですもの」


ひえっと声が出た。


冗談じゃない。 彼女の両親に何て言えばいいんだ。


「気にしないんじゃないかな。


タミちゃん(母親)は未開地の遠征に行ってるし、ギドちゃん(父親)はそのせいでボケちゃったらしいし」


そう言いながらミキリアはオーリフの身体を起こして、スープを掬ったスプーンを差し出す。


「はい」


オーリフは確かにお腹を空かせていた。


目の前には温かく、良い匂いのするスープがある。


それを差し出されて、オーリフは思わず口を開けてしまった。


今までで一番の笑顔を見せる少女が目の前にいた。




「えっと、ミキリア様。 今日はもう遅いですから」


食事が終わっても彼女は帰りそうにない。


 現在この宿舎にはオーリフ以外の入居者がいない。


かといって、オーリフが誰かを雇えるわけではない。


彼は収入のほとんどを田舎の家族に仕送りしているからだ。


「だから何かあった時のために誰かが付いている必要があるでしょう?」


そう言われてしまえばオーリフは黙り込むしかない。


この部屋にある長椅子に毛布を持ち込んで、ミキリアは横になる。




 夜中になってもオーリフは目が冴えていた。


病気だったわけではない。


身体に異物を取り込んでしまっただけで、今は体調も悪くない。


「しかし、私が飲んだものはいったい何だったんだろう」


オーリフは毛布から抜け出し、その上に座ってぼんやりしていた。


 ふいに何かの気配を感じる。


「誰だっ」


ミキリアを起こさないよう、小声で問う。


ふふふ


女性の甘ったるい声がした。




 パサリとオーリフの肩に柔らかい栗色の髪の毛がかかった。


「ひっ」


驚いて振りほどこうとするが動けない。


「うふふ、そんなに怖がらないで」


しなだれかかるように白い女性の手が腕に寄り添う。


「や、やめろ」


「まあ、うぶなのねぇ」


その声はまるで聴きなれていない声のはずなのに、何故か懐かしい。


「当り前よ、ずっと一緒にいたんですもの」


白い手が窓を指さす。


そのガラスにはオーリフの側に、肌も露わな、薄い布を纏っただけの艶っぽい女性の姿があった。


「うわっ」


驚いたオーリフが彼女から離れようとして、寝台から落ちた。


バタンっ


「いたた」




「ん、んー」


まずい、ミキリアが起きてしまう。


慌ててオーリフはその女性を隠そうとする。


「早く出て行ってくれ」


しかし女性の身体はふわりと宙に浮き、オーリフの手を逃れた。


「は?」


そしてその女性はミキリアの側へ向かって行く。


「やめろ!、やめてくれっ」


オーリフはその女性の布を掴んで阻止しようとした。


すると、その女性はわざと「きゃああ」と声を上げ、オーリフがひるんだ隙にミキリアの側に座った。


「ん?、なに?」


ミキリアが身体を起こした。


オーリフはもうだめだと真っ青になった。




「あら、ニュンペーさん?」


「うん。 ミキ、久しぶりね」


オーリフは、二人が顔見知りだったことに驚いてポカンと口を開けた。


「どうしたの?、こんなところで」


「んふふ、会いに来たのようー」


そう言ってその女性はミキリアに抱きついた。




「えっとですね。 この女性はニュンペーという妖精族なのです」


色っぽく微笑む女性をミキリアが紹介する。


「何故ここにー」


この妖精はずっと一緒に居たと言った。 それはオーリフに取り憑いていたということだ。


「だからー、ミキに会いに来たの。 この子は私の弟子なのよー」


女性同士なのにニュンペーはミキリアにしなだれかかる。


ミキリアはオーリフに事情を話す。


「 小さい頃にドラゴンの領域を両親と共に旅をしまして」


旅で出会ったニュンペーたちやパーン、ドラゴンやクー・シーたちの話をした。


そして、このニュンペーは踊りの名手で、ミキリアは彼女に踊りを教わったのだ。


「今では幻惑の森にある町の収穫祭りでしか披露しませんが」


少し照れたように笑う。


「へえ、それは見たいな」


「え?」


ミキリアは思いがけない言葉に驚く。


オーリフが自分のことに興味を持つとは思っていなかったのだ。


「なら次の祭りにでも見にいらっしゃいな」


「ええ、是非」


ニュンペーの言葉に何故か今までになく素直な返事が出る。


オーリフも自分の言葉に驚いていた。




 翌朝、すっきりとしたオーリフは師匠であるハクレイの館へ向かう。


領主館で倒れてしまったのだ。


その時のお詫びを兼ね、その後どうなったのかを聞きたかった。


「おはようございます、師匠」


「ああ、オーリフか」


挨拶を交わしていると、気配を察知したサガンがやって来た。


オーリフも共に師匠の部屋の来客用の椅子に座るように促される。


「ふむ、どうやら無事だったようだな」


サガンはオーリフの顔色を見てニヤリと笑った。


「あの薬はいったい何だったのですか?」


「ふふ、気がついたのか。 あれは妖精を強制的に引き剥がす薬だ」


「えええ」


ギードがヨデヴァスに渡したのは勇者の『特効薬』などではなかったのだ。


いくらボケていてもそんな危険な薬を渡すわけはない。


「ごくたまに、間違って妖精が人の身体に入り込むことがある。


普通はすぐに抜けるものだが自分の意志で留まる妖精もいるんだ」


人に悪影響が出る場合、それを強制的に引き剥がす薬だ。


そういえば、オーリフはギード から『妖精付き』だと言われていたことを思い出す。


その薬をヨデヴァスに渡したのは偶然だったのかも知れないが。




「妖精にも色々いる。 良いか悪いかは本人によるからな」


他人から見てどんなに悪い妖精だろうと、本人にとってはそうでもなかったりする。


「おそらく、君たち親子が旅の途中で拾ったのだろう」


そんな妖精に心当たりはないかと聞かれ、オーリフは夕べの話をした。


ハクレイとサガンは顔を見合わせ、ふっと笑う。


「なるほどな。 ニュンペーか」


ギードがいれば詳しく説明してくれるだろうが、と前置きをしてサガンが語りだす。


「ニュンペーは旅人の男性を誘い生気を吸う。


本来ならその土地から離れないのだが、あのニュンペーはミキリアに会いたがっていた。


人族の男性に憑いていればいつか会えると思っていたのかも知れないな」


「変わったやつだ」と同じ妖精であるサガンは呆れていたが、その横でハクレイは「お前もな」という顔をしていた。




 ギードはそれを知っていて、すぐにはニュンペーを引き離さなかった。


「おそらく弱っていたんだろう。


だが当時、お前はまだ子供で大した生気も無かったからな」


ニュンペーも困って仕方なくオーリフの魔力に頼り始めたのだろう。


「え?、では 私はいずれはあれに殺されたのですか?」


サガンは手を振って否定した。


「ニュンペーはそこまでバカじゃない。 死ぬまで生気を吸うなんてことはしないよ」


ギードがオーリフに「いつか死ぬ」と言ったのは直接的な死ではなく、体力低下による事故や病気の発症が起こるからだ。


あの頃、オーリフは子供から大人になり始めていた。


ギードは彼の成長の妨げにならないように、ハクレイに魔力の底上げを依頼したのだ。




「すべては人族がどう付き合うかで変わるのさ」


サガンはそう言ってオーリフをじっと見た。


「お前は少なくともニュンペーを助けた。


あいつはミキリアに会うことも出来たし、感謝していると思うよ」


そして立ち上がると、オーリフの肩を叩いた。


「次の祭りには招待してやる。 ニュンペーたちの踊りを見に来るといいよ」


そう言ってサガンは部屋を出て行った。




 オーリフは翌年、ギード商会の本拠地である町の収穫祭りに招待された。


そして祭りの中でミキリアが獣人の若い女性たちと一緒に踊っている姿を見る。


白い肌に藍色の真っすぐな髪が揺れていた。


他の女性たちより上手だなと、オーリフは感心する。


「あの子はかわいいでしょう?。 でもまだ子供だから、ね?」


変わり者のニュンペーがオーリフの側に来て囁く。


 意地悪そうなその声に、オーリフは違和感を抱いた。


「あのー、もしかしたら取り憑いていた時、私の思考を誘導していませんでしたか?」


おかしなことがあった。


今思えば、何故、自分が金持ちや若い女性に嫌悪感を持っていたのか不思議だった。


薬でニュンペーが離れた後、オーリフは自分の考え方が少し変わったと感じている。


「うふふふ、あの子は私たちの宝なのよ。 そう簡単にあげられないわぁ」


妖艶な笑顔を見せてはいるが、実は性悪な妖精なのだと知った。


そうしてオーリフは、自分とミキリアとの間には大きな障害があることに気付いたのだった。



        ~完~


お付き合いいただき、ありがとうございました。

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