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脳筋少女のささやかな願い

久しぶりの「エルフの旦那」シリーズでございます。

今回は六話で終わります。

よろしくお願いします。


 ある朝の出来事。


「今、なんて言ったの?。 タミちゃん」


エルフの商人であるギードは、妻で魔法剣士のタミリアに朝食を出しながら訊き返す。


「うん?、だからね、ギドちゃん。 ちょっと聖騎士団の遠征に参加してくるわ。


えっとー、たぶん、今日出発」


いつものように夫が焼いたパンケーキに手を伸ばし、妻は悪気なく話す。


「え?、ちょっと待って。 聞いてないよ、そんな話」


慌てふためく夫に構わず、妻は大口を開けて一枚放り込んでゆっくり味わい、お茶を一口啜った。


「うん、今初めて言った」


理解し難い言葉に、珍しい黒髪のエルフであるギードはこめかみを抑える。




 ここは幻惑の森の中にある館の中。


この辺り一帯は勇者の家系であるサンダナという領主が治める自治領に属している。


以前は商国という名前だったが、現在は「ギード商会」という名前になった商会の拠点である。


旅をしていたギード一家が、ある小さな獣人の村を援助したことから始まった商会だが、元は始まりの町という辺境の町にある小さな土産物店が発祥である。


 ギードは商会の代表であり、その妻であるタミリアは脳筋で有名な魔法剣士だ。


タミリアは普段は夫や、彼の商会の拠点であるこの町の警備を担当している。


 夫婦は結婚してすでに十数年が経ち、子供は三人。


長男であるユイリはエルフ族、その双子の妹であるミキリアは人族。


そして末娘のナティリアは何故か精霊族の女の子だ。


長子である双子はそろそろ成人と認められる十五歳になろうとしていた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ミキリアは八歳の時に自ら親元を離れ、始まりの町と呼ばれる辺境の町の領主館に来た。


その領主シャルネの夫であるイヴォンという元傭兵隊長のダークエルフの弟子となったのである。


イヴォンは、元々はミキリアの母親であるタミリアの剣術の師匠であった。


現在は結婚して引退。


妻である領主の傍で、妻と一人娘の専属護衛をしながら数名の弟子に戦闘術を教えていた。




 そうして、ミキリアがこの町に来てもう六年目。


次の春から開校する予定の魔法学校の建物の中にいる。


教員用の部屋の一つで、彼女は黒に近い茶色の髪の人族の青年に両親の話をしていた。


「それで?」


ミキリアの目の前にいる青年は、この国でも高名な魔術師ハクレイの弟子。


国の依頼でこの魔法学校の教員になる予定の一人だ。


ミキリアも来年の成人を機に、この魔法学校で講師をする予定になっていた。


 見かけはおとなしそうなミキリアだが、戦闘術はすでに師匠から認められている。


父親はエルフ、母親が魔法剣士である彼女は魔術師としての才能もあるため、戦闘術と平行して魔術の勉強もしていた。


ミキリアとこの青年は同じ魔術師ハクレイの下で修行している兄妹弟子だ。


魔術と武術の才能、そして何より努力する才能を持っている少女。


正直、兄弟子である青年はミキリアをうらやましいと思っていた。




「君のご両親は離婚でもなさるのかな?」


青年はしきりに書類に何かを書きながら忙しいのだと訴えているが、ミキリアには通じていない。


「オーリフさん、ちゃんと聞いてる?。 私はそれを心配してるのよ」


兄弟子のオーリフは大きくため息を吐く。


二十一歳になった彼にすれば、まだ十四歳のミキリアは子供である。


はっきり言って今は子供の相手をしている暇はない。


「ミキリア様、ご両親は金の指輪をしていらっしゃいましたでしょう?。


あれは死ぬまで外すことは出来ない婚姻の証です。


お二人は別れることなどありませんよ」


あー、そうだったなあとミキリアは頷く。




 ミキリアは両親の仲の良い姿を幼い頃から見ていた。


子供たちが呆れるほど二人は人目をはばかることなく盛り上がる。


甘い雰囲気が漂うと、ミキリアたちのほうが気を使ってそっと席を外すくらいだ。


「そうよね。 あの二人が別れるなんて考えられないわ」


納得したらしい藍色の髪の少女にオーリフはほっとする。


これでやっと自分の部屋から出て行ってくれる。


そう思った。




 静かになった部屋でオーリフが書類から顔を上げると、ミキリアはまだそこにいた。


「あの、まだ何か?」


不機嫌な顔で少女を見ると、彼女は少し困った顔をした。


「んー、だって、オーリフさん、ずっと働きっぱなしだから。


私でも何か手伝えないかなと思って」


少し頬を染めて目を逸らす。


「いえ、大丈夫です。 お気になさらず」


彼女は、将来は母親と同じ魔法剣士になることが期待されている。


そんな少女に事務仕事など手伝わせるわけにはいかないだろう。


オーリフは立ち上がり、扉を開けてミキリアに出るように促す。


「……またね、オーリフさん」


「ええ、またハクレイ師匠の館でお会いしましょう」


二人は未だ修行中の身なのである。




 建物を出たミキリアは、魔法学校の隣の闘技場の前を通り過ぎて宿舎に向かった。


そこは工事期間中に作業員たちが寝泊まりしていた宿舎を改装したものだ。


生徒と教員も含め、男女で別れた二棟がある。


ミキリアはすでに女性棟に一室をもらっていた。


 魔法学校の校舎のほうは、当時の作業用倉庫を改装したものだった。


いくつかある小部屋は魔法結界が施され、多少の魔法の暴走などに対応出来る。


ここには、教員用の部屋以外は机に向かって本を開く場所はない。


勉強は各自が宿舎の自室で行い、学校ではより実践的な試行を行う場所となっていた。


「机上の空論は必要ない。 実践あるのみ、ってか」


実際、ハクレイ師匠の塾でも弟子たちは自分で研究、自習することが当たり前で、師匠はその出来を確認するだけだ。


ハクレイは弟子には無茶な手伝いをさせるが、それは自身の魔法を理解出来る者だけに見せ、身をもって教えているのだ。


自由な発想、個性的な魔法。 それを生み出すこの国の在り方が良くわかる場所だった。




 宿舎の廊下を歩いていると、窓の外からひょっこりと暗赤色の髪の少年が現れる。


二つ年下で、ミキリア以上に脳筋のヨデヴァスだ。


彼は王族に次ぐ権力を持つ大富豪の勇者の家系であり、現在はミキリアの両親が住んでいる自治領の領主の跡継ぎに決まっている。


しかし幼馴染の気安さでいつも通りの会話を多少交わしただけで別れた。


 自室に入ったミキリアはため息を吐く。


「またやっちゃったかな」


部屋着に着替えてごろりと寝台に横になる。


濃い茶色の髪に暗い色の瞳をした兄弟子オーリフ。


出会った頃よりはたくましく成った青年の姿を思い出す。


自分が幼かった頃に比べて、最近は顔をしかめられることは減ったが、逆にあまり構ってもらえなくなっている。


ミキリアは自分でもよく分からない。


ただ、ただ彼の側にいたかった。




 自分で決めたとはいえ、八歳で家族から離れ、ミキリアは一人になった。


確かに生活面では領主館に住んでいたので、何不自由なく暮らしていた。


世話好きな大人たちが多い中で、一番年齢が近かったのはオーリフだった。


「ミキリア様」


オーリフは彼女をそう呼んだ。


ハクレイ師匠の息子であるフウレンなら分かるがミキリアは妹弟子だ。


「ミキでいいのに」


だけどオーリフはかたくなにそれをしなかった。


とにかく彼は一歩引いていて、ミキリアたちとは一線を画している。




 二年前のある日、魔術の勉強に訪れたハクレイの館で、ミキリアはオーリフの行動に気付いた。


「本日のおやつです」


いつもお茶やお菓子が出てくる。


相手が子供だから。 そう言ってしまえばそれだけだ。


しかし、オーリフは子供一人一人に対して微妙に違う対応をした。


「師匠からの本日の課題です。 ミキリア様はこれをお使いください」


フウレンは甘やかさず、ヨデヴァスにはほぼ無言で、ミキリアに対しては、さり気なく女性として扱ってくれる。


 それは彼女には父親の姿を思い起こさせた。


妻の知らないうちにすべてを整え、黙って送り出す黒髪のエルフの姿を。


「ありがとう、オーリフさん」


そしていつの間にか、ミキリアは彼を見るだけで安心するようになったのである。



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