猪企画 アニバーサリィ。
遠い遠いどこかの世界。余剰一間。タンスの上にこけしが置いてあるような部屋の中央。ちゃぶ台の上で4人の男が鍋をつついている。そこに正座したままの女が1人居た。
「オイシイ……オイシイ……」
「ねぇ……?」
「オイシイ……オイシイ……」
「これなに?」
楽しそうに鍋をつつく男4人に対し、女は訝しげに問う。
「鍋です! らんらんランチ!」
男の1人は見れば分かるだろと言わんばかりに答えた。
「……わかった。あのね、そうじゃないの。えーっと、なんでこの“鍋”は喋るの?」
「オイシイ……オイシイ……」
女は箸で鍋を弾く。
チーン。
音に首を上げた男……鍋奉行が面倒臭そうに言う。
「美味しいって言う料理が食べたいんでしょ?」
それを聞いた女は目を瞑ってうめいた。
そして、話し始める。
「ああ、それね。うーんとね。私が食べたいのは、食べた人が『美味しい』と言う料理であって、料理自体が『オイシイ』と呟く様な料理じゃない」
女は机をぱんぱんと叩いて主張する。
「ありまさんが誕生日と言うから作ったのにー」
「らんらんランチ」
しかし、鍋奉行と男達の反応は鈍い。
「誕生日を祝ってくれるのは嬉しいけど、……これはちょっと食べられないね」
ありまと呼ばれた女性は答える。
「オイシイ……オイシイ……」
静寂の中に不気味な音声が響き渡る。
「……で、これは何処から持ってきたの?」
「先輩がアトラトルで仕留めた猪を煮た。あとの具材はスーパーで買った」
鍋奉行は答える。
先輩と呼ばれた男はそれに答えるように腕をパンパンと叩いた。それを見た女は再び目を瞑り、溜め息を吐いた。
「……で、喋る機能は誰が……?」
「職人さんが一晩で作ってくれました」
鍋奉行は答える。
職人さんと呼ばれた男は、それに答えるように箸を持った手を上げる。
しかし、どこか申し訳なさそうだった。
もぐもぐもぐもぐ。
男達の食事は止まらない。
時折、溢した汁を拭いたり、鼻を噛む音が聞こえる。
鍋の中心には自動開閉する猪の口。中に覗く耐熱スピーカー。
周囲には豆腐白滝長ネギと具材が煮え立っている。
男達の手にはポン酢の入った椀。
ありまと呼ばれた女は、諦めたように箸に手を伸ばす。
そして、一口。牡丹肉を口の中に運んだ。
すると、男達は不揃いな声で「おめでとう」と言った。